上洛の旅
行く先々で、船はまるで各駅停車の電車のように、各地の港に停泊をした。
私に気を使ったのかとも考えたが、そんなことは無いようだ。
むしろ、船で一気に目的地まで向かうつもりが、そもそも無かったようだ。
どうも、陸地の場所を分かるように、それに沿って運航するのが多いらしい。
下手に沖へ出る必要は確かに無い。
天気の機嫌が悪くなれば、さっさと近くの港に逃げ込めばいい。
私達は、越中、能登を抜け、加賀を無視して越前に入る。
ありがたいことに、寄港したところでは宿が用意されていた。
越中の椎名家は、父上の頃より家臣のような間柄となっている。
越中の守護代の家柄ではあるものの、争いがあった際に父上が上手く介入したらしく、家臣として組み込んだようなのだ。
そうなると恨みを買いそうなものなのだが、今のところそのような様子は無い。
蔵田殿が取りしきる海上交易の旨味をそれなりに甘受出来ている事も要因の一つなんだろうか。
それは、能登を治める畠山家も同様なのだろう。
こちらは、家臣では無いが。
越前では、朝倉家が治める国なのだが、とても平穏なゆったりとした国のように思えた。
かの名高い戦上手の朝倉宗滴殿がいるからこそ、国許がゆっくりとしているのだろうか?
だとしたら、宗滴殿が亡くなりでもすれば、危険な事になりかねないかもしれないわね。
かなりの高齢という話だし。
他家の事だから、そこまで気にする必要は無いだろうけど。
しかし、朝秀は上手く各地を治める大名と渡りをつけているようだ。
その分、支出も多かった訳だけど、それでも定められた予算内でやりくりしたようだ。
まあ、その予算をひねり出す為に相当の苦労もあったわけで、その辺の事は思い出したくないわね。
それでも、折角やる気になっているのなら、何とかサポートしてあげたくもなるじゃない。
己の野心に従順だろうと何だろうと、仕事に励む男というのは、やはり格好よく写る。
そうして、いよいよ敦賀までたどり着くと、移動を徒歩に変える。
馬に乗っての移動も検討されたが、人数分の馬を用意するのもなかなかに手間がかかる。
そのための徒歩での移動だ。
まあ、憲政様は馬での移動となったが。
名ばかりとはいえ、関東管領の役職にある人間が徒歩での移動はどうなのだということになったのだ。
そんなことを言えば、官位を貰った私も同じような事が言えるのだけど。
いや、でも徒歩の旅も悪いものではない。
ちょうど良く越後の守護代なのだ。
それこそ、ちりめん問屋の主人と言いたくなる衝動にかられそうになるが、それは抑えておいた。
まだ、あんなに年老いてはいないものね。
そういうことは、もっと高齢になってからでも遅くは無いだろう。
「しかし、なかなか遠いなぁ。」
「それは仕方ないでしょ?」
「そういうこと。そうぐちぐち言うな。」
「別に愚痴った訳じゃないよ。道中も結構楽しいし。だいたい、お虎兄ちゃんとか、重兄と旅をするなんて考えてもみなかったからなぁ。」
「そうねぇ。こうして旅に出るなんて、昔は考えもしなかったものね。」
貞興の言葉で、昔を思い出す。
寺に小坊主として預けられ、なんやかんやあって武士として還俗し、気づけば越後の守護代なんてものになってしまった。
結果的にではあるけど、関東に出兵するはめにもなったし、信濃に攻め寄せた武田とも戦った。
そして、今は上洛の為の旅の途上なわけだ。
途中途中で色々と下らない事をしたが、それでも走りっぱなしの人生を送っている。
これを波瀾万丈と言わずしてなんと言うのだろう。
「まぁ、京までもうすぐです、貞興殿。途上で大きな湖があったでしょう?」
「おお!あれは大きかった!」
「あの湖を越えたから、京は目と鼻の先と言っても良いくらいのところまで来ていると言ってもいいです。」
「そうなんだ。ありがとう、朝秀殿。」
気を利かして、朝秀が貞興に今がだいたいどの辺りになるのかを説明する。
ゴールが見えれば、案外頑張れるものだと思うから、朝秀の判断は正しい。
私も横で話を聞いているから、多少の励みになったし。
しかし、その貞興に対して、繁長がちょっかいをかける。
「何だ?貞興はそんなことも知らなんだのか?」
「うるせぇ、繁長!お前だって「これが本当に湖?」とか言ってたじゃねーか!」
「へんっ!見たこと無かったから仕方ないだろ!それより、その存在を知らなかったお前の方が驚きだわ!」
「はっ!普段役にたたないような事を覚えてどうするんだよ!」
「そんなことだと、将来はただの一兵卒で終わりそうだよな!」
「なんだと!もっペン言ってみろ!」
だんだんと二人はヒートアップしていく。
普段仲の良い二人なのだが。
やはり、かなり疲れがたまってきているんだろう。
「二人とも、景虎様の前で何をしておる?これほど元気が余っておるようなら、まだまだ鍛練も出来そうだのう。京にいる間は良いかと思ったが、鍛練の時間は作らねばならんらしいのう。」
「んげっ!」
「いや、泰重殿。それは・・・」
「ふむ、それがよいのう。それこそ有事の際に備えるように鍛練をすることこそが武士として大成する一番の近道であろうしのう。どうですかな、景虎様?」
「うーん、お手柔らかにね。疲れて動けなくなるほどでは困るから。」
「なるほど。留意しておきます。よかったのう、二人とも?景虎様からはお許しが出たぞ?」
「「うぅぇぇぇ。」」
貞興と繁長の二人が変な声を出したところで、私達は声を上げて笑う。
何事かと憲政様がこちらを伺うようにしているが、それは気にしない。
さて、もうすぐ京の都ね。
兄上にも久々に会えるし、楽しみになってきたわね。
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