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春の訪れ

ある日の事。

田園の誓いと称した飲み会を終了し、ある程度たった頃。

ある人物が、私の元にやって来た。

ある人物と言っても、別に変な人が来た訳では無い。

妙と結の二人が揃ってやって来たのだ。

珍しさは皆無と言っていい。

何せ、毎日顔を合わせているのだから。

いや、食事時とかではなく、政務に励むべき時間にやって来たのは少し珍しいか。

私の前に座る二人を、観察するように見る。

妙は、いつも通りの凛とした、それでいて淑やかさも兼ね備えたような佇まいでいる。

問題は結の方だ。

いつもは、朗らかな柔らかい笑みを浮かべているというのに、今日に限って言えば、どことなく表情が硬い。

何時もの彼女はどこに行ってしまったのかと、疑問視してもおかしくない。

見ただけで様子が変だと分かるくらいなのだから、私に何らかの相談あっての事なんだろう。

私に解決出来る事ならいいんだけど。

そう思いながら、結が口を開くのをじっと待つ。

急かす必要なんてものは、どこにもない。

特に、目の前の二人に加え、もう一人の娘については。


とはいえ、何か話出してくれなくては困ってしまう。

もじもじしている仕草はとても可愛らしく見えるが、何も話が進まない。

いや、まだ始まってもいないわね。

私が困ったような表情をしたように見えたのだろう。

軽い咳払いをして、妙が口火を切る。


「お虎様、相談があります。」

「うん。それでどうしたのよ?」

「実は結の事なんですが。」

「うん。それは二人を見ていたら分かるわよ。それで、どうかした?何か欲しいものでもあるのかしら?」


私がそう言っただけで、結の顔が真っ赤に染まる。

よもや、欲しいものでもという言葉に反応したのだろうか?

まぁ、あまりに高額なものだと困ってしまうけれど、彼女達はそういったものに食指は動かない。

いや、それは言い過ぎか。

それでも、食べる物にも困るような体験をしてきたのだ。

贅沢を敵視する訳ではないが、変な高望みはしない。

それは、今まで共に暮らしてきて分かっている事だ。


「ほら、早く言ってしまいなさいな。」

「妙姉、そうつつかれても・・・」

「こう見えて、私も色々仕事があるのよ?それはあなたも同じだけど。それに、お虎様をあまり待たせるのも良くないと思うわ。」

「わかってますから、ちょっと待って。」

「大丈夫よ、結。ゆっくりとお話ししてくれる?」


そう言うと、意を決したのか真剣な眼差しで私を見つめる。

これは、余程の事かもしれないわね。

私もおもわず身構えてしまう。


「あの、加藤様は奥方がおられないと聞いてますが?」

「加藤様?」

「乱破衆の頭領の加藤様です。」

「ああ、段蔵ね。たしかそうだったわね。今、奥さんがいるのはあの三人の中だと熊若だけだったかしら。」


私の言葉を聞いて、パァーっと明るい表情を見せる結。

流石に、こんな質問をされ、こんな表情をされれば嫌でも気が付く。

でも、なんでそうなったんだろう。

何か、きっかけがあったと思うけど、そのあたりどうなんだろう?


「それで、それがどうかした?」

「えっ、あの、その・・・」


再びもじもじとし始める結。

少し意地悪が過ぎたかしら?

でも、このくらいは仕方が無いじゃないかしら?


「はぁ・・・もう、らちが明かないわ。お虎様、結は加藤様に惚れてしまったみたいなんです。」

「あっ、いや、そんなことは・・・」

「そんなことは無いでしょ?まったく、恥ずかしがり過ぎよ。」

「そうね。自分の心に従うのも悪いことでは無いわ。本気かどうかの方が問題よ?本気でいるなら、私も協力するのはやぶさかじゃないけど。」

「本当ですか!」

「私が嘘を言った事があったかしら?」

「ううん、無いです。」


更に話を聞いていくと、馴れ初めは城下で買い物をしていたときに、若い男に絡まれていたところを、颯爽と助け出してくれた事のようだ。

その姿がいつまでも頭から離れず、ついにはこれが恋なのでは無いのかと考えたようだ。

まるでドラマのようなベタベタな出会いではあるが、少し羨ましくもある。

私にはそんな出会いがあるわけが無いのだから。

それにそういえば、最近段蔵と結が共にいるところをたまに見ていた気がする。

あまり意識していた訳じゃないから、見過ごしていたけど。


さて、そうするとどうしようかしらね。

結は良いとして、問題は段蔵の方よね。

流石に断られるようなら、無理じいは出来ない。


「うーん、そうね・・・蔵人、いるかしら?」

「・・・」


私が呼び出すと、例のごとくさっと姿を現す蔵人。

もう、私は慣れてしまったけど、二人にとっては驚きの光景にあたるのだろう。

目をまん丸くしている。


「それで、蔵人。今の話は聞いていたわね?段蔵はどこにいるかしら?」

「・・・」


変わらずの無言でいるが、すっと右腕を上げ、人さし指で部屋の外を指し示す。

そちらには廊下しかない。

が、それだけで何を言わんとしているかは分かる。


「段蔵!そこにいるなら出てらっしゃい!」


私が言うものの、反応が無い。

か、するとどうだろう。

蔵人の指し示す指先が、左へとゆっくりと動いていく。

こっそり退散でもしようというのだろうか?

いったい何を考えているんだか。


「段蔵!すぐに来ないと、後でどうなるか分かってるんでしょうね!」


大声を上げると、そろそろと蔵人の指先が右へと移動する。

やがて、部屋の前にその指先が止まる。


「お呼びですか?」

「逃げようなんて、いい度胸してるじゃない。」

「いえ、そんなつもりは・・・」


そう言いながらも、部屋の中にいた蔵人の姿をじっと睨みつけるようにしている。

が、その理由がよく分からない。

別に逃げようと考えたのなら、もっと前に逃げ出していればいいのだ。

それをしなかったという事は、部屋の中で行われていた話が気になっていたに違いない。


「どうして逃げようとしたのかしら?何か嫌な事があるなら素直におっしゃいなさいな。」

「自分には、勿体無いお話しですから。」

「勿体無い?」

「今自分がこうしていられるのも、景虎様のお陰ですから。」

「それで?」

「景虎様が大切にされている方々をお守りするのも、我らの仕事の一つと考えています。」


ふむ。

今の自分の立場を考えての事か。

まあ、分からなくも無い。

でもね。

理屈じゃないのよ、こういう事って。

現に、下をうつむいて泣きそうな顔をしている結を見ていることなんて出来ない。


「そういうの抜きにしたらどうなのよ?少しも想うところが無いなら、ズバッと断ればいいわ。むしろ引きずる方が良くないものね。」

「・・・」

「どうなの?」

「いえ、このような事、体験したことが無いものですから何と言っていいものか・・・」

「そんなに難しく考えなくても良いのよ?一緒にいたいかどうかなんだから。」

「自分がこのような事、望んで良いか分かりませんが、一緒にいられたら楽しそうだと思います。」

「そう。よくわかったわ。段蔵、結、あなた達の好きになさい。私は何も言うことは無いわ。結が幸せなら、何も言うことは無いわ。」


そう言うと、私は立ち上がる。

そして、傍に置いてあった刀を手にする。

その姿に、段蔵はおろか、部屋の中にいる皆固唾を呑んで見つめている。

何も心配することは無いんだけどね。

持った刀を段蔵に放り投げる。


「これは・・・?」

「お祝いにあげるわ。刀くらいもっと良いものを差しなさい。」


すると、段蔵がおもわず平伏する。

刀を抱きながら頭を下げている。

なんだか少し震えているように見える。

その段蔵の横に、結がさっと駆け寄ると共に頭を下げる。


「身命を賭してお仕えします!」

「ありがとうございます!」


二人のその声は、何だか鼻声になっているように聞こえた。

そんなにあらたまる必要なんて無いのに。

ただ、何でだろう。

目頭が熱くなるような気がした。

そんな顔を見られたく無かったから、私は部屋を後にする。

後ろからは、蔵人と妙がついてきている。


「良かったですね、お虎様。」

「ええ、そうね。でもなんだか寂しくなるわね。」

「そうですね。」

「それより香もそうだけど、あなたにも誰か探してあげないと。」

「ええ、お願いしますね。」


そう言ってニッコリと笑ってくれる。

私は良い家族を持ったと実感した。

その後、つつがなく婚儀が執り行われ、段蔵と結は夫婦となることになった。

ブックマークや評価を頂けると、物凄くモチベーションが上がります。

また、様々な感想を頂けるとありがたいです。

今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。

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