荒砥城での攻勢
「よっしゃー!おめーら!カチ込んでいくぞー!」
「「しゃー!」」
号令というよりも掛け声?に反応して、共に敵陣に突っ込んでいく配下達。
やはり、同じ揚北衆。
名前は知られずとも、性根は似通っているのだろう。
それがなんとも心地良い。
溜まった鬱憤を晴らすかのように、敵方へと飛び掛かって行く様がなんとも心強い。
こいつらに負けぬように自分自身も暴れてやらねば。
何せ、ようやくのまともな戦なんだから。
とはいえ、敵の数が思ったよりも少ない。
あくまでも奇襲部隊ということか?
近くに敵の他の勢力がいるようでも無い。
ということは、捨て石部隊か?
景虎様を、前線から引き剥がす為だけにそれをやるのか。
確かに効果的ではある。
どう考えても、景虎様がいなければ、越後は前の状況に逆戻りする。
後を継ぐ者が、揚北衆を再び手懐けるのも、苦労する事だろう。
そんなお方が前線に出張っているのだ。
見方側の士気もそりゃ高いか。
上手く功を得ることが出来れば、出世も夢じゃない。
それまで難のある生活を強いられていた者達も、一発逆転で上へと昇ることも出来るわけなのだから。
良い例が、加藤、武藤、尾藤の三人だろう。
乱破上がりの三人が、武士として家を興す事が叶ったのも、景虎様だからこそだ。
待遇だって悪くない。
一芸に秀でていれば、そこを評価してくださる。
無論、あらゆる面に秀でていれば、なお一層評価は高くなるのだろうが。
だからといって、景虎様の前の代より、これまで働いてきた譜代の臣をないがしろにするわけでもない。
あくまでも、平等に可能性を与えてくださっている。
名門とされる家の出の矜恃を損なわず、むしろ競合させる事でより様々な物を獲得していくその手腕は舌を巻くばかりだ。
また、望めば様々な仕事を振ってくださる。
大熊などは上手くやったところだろう。
責任が付いて回る以上、生中に出来る事ではないが。
いや、いかん。
今は楽しい楽しい戦の時間だ。
このような事を考えるのは、全て終わった後でもいい話だ。
余計な事を考えて、みすみす功を失う訳にはいかんよな。
まだまだ若輩者として侮られているからな。
ここらで自分がどれだけ出来るか示しておかないと。
「しゃー!はっ倒せー!」
「「おおー!」」
敵方へと向かう速度をより上げて、雪崩れ込んで行った。
◇
「本庄の若造め、中々の意気軒昂な事だ。」
「殿!こちらも負けておれませんな!」
「無論よ。この色部勝長、まだまだ負けはせんよ!」
「おお!」
「聞け!こちらに向かってくる者は勇敢な敵だっ!敬意を持って迎え撃てっ!こちらから逃げる者は臆病な敵だっ!そのように戦場を汚す者は、なます切りにしてしまえっ!」
「「おおー!」」
そう言うと、家臣の士気がいやが上にも高まる。
槍を握る手にも力がさぞこもっているのだろう。
最も武士らしい武士が揃った強兵達よ。
残念な事に敵の数は多くない。
敵の奪い合いという事になりかねない。
そうなる前に、一人でも倒しておかなくてはな。
それが色部家に生まれた者の、そして仕える者の宿命だろう。
一度は景虎様に反抗した。
その後仕える事になったが、なかなか出番が回ってこず、やきもきさせられたものよ。
だが、目の前のこやつらを打ち倒し、景虎様と合流後にはおそらく武田の強者達との戦が待っているだろうよ。
その時に、少しでも戦を楽しめるようにするには、ここである程度の結果が欲しいだろうさ。
「者どもかかれー!」
「「うおおー!」」
◇
血気盛んに敵方へと掛けていく兵達を見つめる。
あれは本庄のとこに、色部のところか。
本庄のところの若造は兎も角、色部のところも変わらないな。
かなり物騒な一言も聞こえたしな。
「殿、我らはどうなさいます?」
「攻めるに決まっている。だが、先鋒は奴等に任せ、取りこぼしを狙っていく。」
「それでよろしいので?」
「ふんっ!馬鹿正直に、真正面から突っ込むしか脳の無い連中と、共にされるようではいかん。」
戦馬鹿だと勘違いされてしまうのは、あまりよろしくは無いだろう。
そりゃ、揚北衆の一角ではあるが。
だとしても、戦しか出来ないと思われるのもな。
確かに戦働きは得意な方だと思う。
が、それだけでは、自らの領内を経営していく事など、到底出来る事では無い。
中条殿のように、謀略を巡らすような人間では無いが、普通に内政くらいこなせるという自負がある。
だからこその、掩護を目的とした部隊がいても良いだろう。
戦一つとっても、前衛後衛ともにこなせる器用さを見せるのも、景虎様からの覚えを良くする為には、良い策だろう。
あの方は、ただの武士では無いからな。
さて、そろそろ動くか?
どうやら、競り合いが始まったようだからな。
「では、新発田隊、動くぞ。」
「はっ!皆の者下知が下った。」
「「おおー!」」
「では出陣!」
◇
いったいぜんたいどういうことだ!
話が違うじゃないか!
何故こんなことになった!
景虎を誘き寄せる事が目的だったはずだ。
それが、こんな鬼みたいな連中が来るとは!
お館様に預かった兵達も、端から倒されていく。
逃げ出そうとした者も、回り込まれて切られてしまった。
後方に退こうにも、城があるためそれも叶わない。
どころか、城方からの攻撃を受けてしまう始末。
完全な挟撃に嵌まってしまった。
だいたい、何故これほどの勢力を後方に残していたのだ。
しかも、その情報が一つも入ってきていないじゃないか。
斥候は何をしていたんだ。
全く腹立たしい。
だが、それ以上に今の状況を何とかしなくては。
だが、そう考え始めても片っ端から見方がやられていく。
どんな策を出せば打開出来るっていうんだ!
考えを逡巡させていると、ふいに声を掛けられる。
「お前かー!」
そう言って、一直線にこちらを見据えて駆けてくる。
見たところ、まだまだ元服を終えたばかりくらいの若武者か。
兵達がそれを阻もうとするが、相手方の兵達が上手くそこに割り込み、邪魔をさせてはくれない。
小生意気にも一騎討ちでもしたいのか?
どう考えても、この戦は負けだ。
上手くいっていただけに、この失態は痛い。
お借りした兵達も大多数を失うに至った。
このままだと、更に被害も増えるのだろう。
ここまで一方的にやられてしまった事は確かに癪だが、ならばこちらも一矢報いてやらねばな。
「来い!このこわっ・・・」
全てを喋る前に一合で切り伏せられてしまった。
予想よりも速い。
ああ、良いところ無しで、ここで果てるのか。
くそっ!
まだ死にたくは無かったというに!
武田家の名も無き武将、お疲れ様でした。
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