荒砥城の攻防
「かかれー!武田の存亡、この一戦にあると言っても過言ではないぞー!」
「「うおぉぉぉぉ!」」
掛け声に応じるようにして、兵達が動く。
まだ、落とされたばかりの荒砥城を狙うなど、誰が思い付くだろうか。
勿論、お館様を除いていやしないだろう。
夜陰に紛れての行動は細心の注意を必要とした。
なるべく音を立てぬようにするだけでも骨折りだった。
それでも、ここ事にいたり長尾家を出し抜いて攻める事に成功した。
後は落とすだけ。
まだまだ城の補修になど手が回ってはいないのだろう。
城を守る兵がいたところで、将無くば烏合の衆。
現に、上手く取りまとめが出来ていないのだろう。
散発的な反撃などものの数ではない。
それに、この夜襲が上手く行かずとも、景虎率いる部隊を前線から引き剥がせれば、充分な戦果といえるだろう。
戦が終わってからの論功行賞が楽しみになってくる。
兵達も養わなければならない以上、そして武士として生を授かった以上、武功を上げようとするのは当然の話だろう。
この一戦に俺の浮沈が掛かっているとなれば、気合いも入るというものだ。
「さあ、攻めよ攻めよ!荒砥城は虫の息ぞ!」
俺の指示に的確に従う兵達。
大した練度だ。
さすがはお館様よりお借りした兵達。
退くも攻めるも上手な事だ。
さすがに俺の持つ兵だけでは攻めるのは難しい。
だが、彼らの力を上手く利用できれば、それも大した問題ではない。
さぁ、やってやろうじゃないか。
◇
「それで、我らに荒砥城の防衛に当たれと?」
「・・・」
景虎様からの書状を読みあげた後、武藤殿に問いただす。
それにコクリと頷く。
武藤殿といえば、お館様付きの乱破だったか。
今は同じ士分と取り上げられているんだったな。
しかし、防衛といっても既に攻め込まれているのか。
となると、さらに先を行く景虎様の窮地とも言える。
これは一大事と言っていい。
むしろ、ここで多大な戦果を上げることが出来れば、景虎様からの覚えも良くなるというもの。
しかし、何故私の元に?
だが問いかけようにも、声を発する事をしない武藤殿ではその答えも分からない。
「叔父上、こちらにおいでだったか。」
「繁長か。お前もこちらに来い。」
「いったい何です?」
最近では随分と距離が近くなった。
さすがに、兄上の遺児である繁長に嫌われ続けるのは、なかなか辛いものがある。
先達として、領内の経営の仕方から、戦の作法。
果ては軍略と様々な知識を与えていった。
始めは渋々といった具合だったが、段々とこちらを見る目が変わっていったように思える。
この甥っ子との仲を修復してくださった、景虎様の力にならぬという選択肢は無い。
「荒砥城が、武田の手によって攻められておるようなのだ。」
「それは一大事ではないですか!」
「うむ。ゆえに諸将にもこの事実を伝え、直ぐ様事に当たらねばならない。」
「ようやくまともに戦が出来ますな!越後を経ってから未だにまともな戦が無かったですからな!」
「そうだったな。」
確かにまともな戦が無かった。
兵を率いて城に近付けば、その時点で開城されるのだ。
いや、たまに反撃に出てくる城もあったか?
どうにも何か景虎様が下準備をしていたのだろう。
それに、信濃に住まう将達にとっても、武田の軍門に降ることを良しとしていなかったとも取れる。
そのお陰で随分と楽をさせてもらった。
が、それを良しとしない者もいた。
色部殿や、鮎川殿など血気盛んなご仁がずらりといるのが揚北衆なのだから。
それは自分にも当てはまるといえばそうだが、今は繁長を一端の武将に育て上げる必要がある。
そう簡単に、戦場の露に消える訳にはいかなくなってしまったからな。
ま、この阿呆は遮二無二駆け出して行くのだろうが。
「さて、それでは諸将に声を掛けてきてくれるか?」
「おう、任せろ!」
そう言って駆け出す繁長。
まるでこれから楽しい事が待っているとでも言わんばかりに、足取りが軽い。
全く・・・
やはり、これも揚北衆の一員だな。
いや、兄上の血がそうさせるのか?
困ったものよな。
そうして、集う面々。
そういえば、いつの間にか武藤殿の姿が見えない。
いつの間に消えた?
気配を感じさせずに消えるとは。
乱破とはやはり不気味な存在だな。
だが、景虎様が重用するのも分からないでもない。
「ようやっとまともな戦かよ。」
「腕が鳴るわ!」
「一番槍はこの黒川が貰おうか。」
「何を言うか。ようやくの戦なのだ。そう簡単に譲れるものかよ。」
「いやいや、皆々様。ここは繁長にお譲りください。」
「黙っとれ!ひよっこ!」
「んだと!くそじじい!」
何とも言えない状態だな。
こんな調子のままでよく荒砥城まで行かねばならない。
しかも、迅速に。
皆、繁長の話を聞いてからというもの、どんどんと高揚した気持ちになっているようで、端から見れば何とも危なっかしい。
が、それがいい。
そうでなくては揚北衆では無かろうよ。
戦略も勿論わかった上での行動な訳なのだが、私とて同じ穴の狢。
気持ちは充分に理解できる。
まあ、一番槍は誰でも良いわ。
それよりも戦よ、戦。
おっと、いかんな。
どうにも血が滾りよる。
こんなことでは、ここに来る前に冷静に努めようとしていたのが無駄になってしまうな。
うむむ。
◇
「敵軍が近付いて来ております!」
「何?もうか?」
予測よりも速い到着だな。
しかし、退路を絶たれるのは余程嫌と見える。
だが、これで一仕事終わった訳か。
後は上手く引き上げるだけだわ。
そう考えていたのだが、どうにも伝えてきた者の様子がおかしい。
いったいどうしたというのだ。
「それが、長尾の軍勢には違いないのですが。」
「いったい何だ?」
「どうにも景虎が率いる軍では無いようです。」
「何?それはどういう事だ?」
そう問いかけたあたりで、喚声が聞こえる。
何だ騒々しい。
そう思い、その声のする方を見てみると、こちらに向けて駆けてくる者達がいるではないか。
しかし、おかしい。
あちらは青柳城のある方角では無い。
となると、どういう事か?
よもや、別働隊でもいたというわけか?
そんな情報は入っていない。
このままでは荒砥城とこの部隊とに挟まれて、どうすることも出来なくなるな。
しかし、このままおめおめと退くわけにもいかん。
何としても景虎めを前線から引き剥がせねば、叱責を受けてしまう。
くそっ!
どうなっているんだ!
百話目到達。
なのに主役が登場しないっていうね。
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今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。