林泉寺
城門を潜り、門兵に軽く労いの言葉を掛けると、私はお寺に移動する。
何人か、護衛という名目で付いてきているが、その人数は多くない。
城から目と鼻の先であったとしても、何か事が起きればよろしくないと御兄様が気を効かせた結果、少人数でも護衛をつけてくれたのだ。
本当に、あのくそ親父は気が利かない。
これまで暮らしていた春日山城は、山城であったため坂を下る。
城下町が見えるが、現代に比べて長閑なものだ。
牧歌的とまでは言わないが、発展が止まってしまっているかのようだ。
それもそのはず。
越後は貧しい国であった。
冬は、雪によって外界との交流を遮断される。
現代であれば米所として有名だが、このころは信濃川や阿賀野川などの大河川が、雨の多い時季になると暴れていたこともあり、干潟が多くあまり作物を得ることが出来ていなかった。
どうにも、一部でそれなりに儲けを出している所もあるようだけれども、それはどのようにして出しているのだろう?
やはり越後のちりめん問屋?
いや、そんな訳無いか。
この時代に水戸のご老公が居るわけがない。
下らない事を考えていると、時間が過ぎるのも早いもので、下山を済ましてしまう。
林泉寺は、春日山の山麓に建立されており、回りに他に立派な建物もないことからよくわかる。
それよりもその大きさだ。
予想以上に大きく見える事から、寺の力を感じる。
この頃の寺院は、相当に力を持っていたようだけど、ここも例外ではないというわけか。
寺の門前に立つと、その威容がより顕著に分かる。
今日からここが、私の住まいになるのだなぁ。
そして、ゆくゆくは坊さんとして生きていくんだ。
新たな生活に気が重くもあり、でも楽しみでもありといった複雑な気持ちだ。
門の向こうに袈裟を着た坊主達がおり、出迎えてくれる。
「虎千代様、ようこそおいでなされた。」
「いえ、今日からお世話になります。色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。」
「これはご丁寧に。」
「天室光育様は奥にてお待ちです。ささ、こちらへ。」
促されるまま私は付いていく。
私に付いてきた者達は、坊主と軽く会話をすると、さっさと帰っていってしまった。
私に取り入っても先が無いと考えていたのか、それこそ直ぐにだ。
私を引き渡した事で、任務完了ということなのだろう。
私としても、今後再び会うことは無いのかもしれないと考えていたので、あまり気にしてはいなかったが。
坊主達と共に移動し本殿に向かうと、一層身なりの良い坊主が中央に座り、周りにも何人か座っていた。
おそらく、彼が天室光育その人なんだろう。
笑顔を浮かべており、好々爺といった具合の印象を持った。
「お、到着したね。」
「お世話になります。」
「今日からはわが家と思ってくれや。始めは馴れないかもしれんけれど、その辺はゆっくりやっていけばいい。」
「ありがとうございます。」
なんとも砕けた口調のお人だ。
こんな人が徳の高い僧侶?
そんな考えを見透かされたのか、それとも思われなれているのか。
よりいっそうの笑みを浮かべる天室光育。
「いや、外向けの語り口調がよけりゃそうするがね。さすがにそれは肩がこる。まぁ、こんな坊主がいてもいいだろうて。」
「えっ、いやぁ。」
「気取ったところでこんな田舎なんだ。別に京の都でもなんでも無いんだ。気楽に住人が話しかけられるような感じにしておかないとね。結局その人らに見捨てられたら、寺なんぞ潰れてしまうからさ。」
「いえ、そういうことでしたら納得です。」
「それでだ。お勤めなんかは明日から覚えればいいから、今日はゆっくり休みなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
「とはいえ、寺に入るにあたり、始めにやらなくてはならないことがあるね。」
笑みを崩さないまま語りかけてくる。
寺に入門する際に必要なこと?
いったい何だ?
お布施?
私のそんな疑問も、直ぐに解けた。
カミソリを取りだし、横にはそれを洗うためであろう水を張った桶が出てきた。
寺、カミソリと来ればあれしかない。
ゾクリと背中に悪寒が走る。
「今日は初めてということもあるし、拙僧が剃らせてもらうよ。」
「えーっと、髪は絶対に剃らなくてはならないの?」
「周りのみんなを見てごらん。髪を伸ばしている者がいるかな?」
いいえ、一人もいません。
はだか電球のような明るさに包まれる本堂です。
「じゃ、そういうことだから。ちゃっちゃとやってしまおうか。」
「いえ、遠慮したいんですけど。それにお手を煩わせるのもよろしくないでしょうし。」
「そうはいかないよ。例外は認められない。それに虎千代殿なら似合うんじゃないかな?」
そう言いながら、周りに目配せする天室光育和尚。
何とか問答をして逃れようとする私に、らちが明かないと思ったのか、周りに控えてた僧侶達が私を押さえ込んできた。
両手両足を掴まれ、体重をかけるようにしてくる。
さすがに、もがいてもびくともしない。
「さて、そんなに動くと怪我をしてしまいますよ。」
「いやー!髪は女の命なのよー!」
「男の子が何を言っているのです。」
そう言いながら、私の頭をガシリと掴む。
するとどうだろう。
それまで抵抗できていたのに、首を動かす事すら出来ないではないか。
そして、頭にカミソリが当てられ、ゾリリと剃り始める。
事ここに至り、私は抵抗することを止めた。
まな板の鯉、いやあえての俗語で言うのなら、マグロになった。
ゾリゾリという音のみが支配する。
やがて、私の頭を軽くペシリと叩くと、にこやかな表情で首肯く。
「さあ、これでいい。綺麗に出来た。さて、今日はゆっくり休みなさい。皆、まだこれから今日のお勤めが残っています。キリキリやるように。」
「「はい!」」
そうして、和尚を始め皆解散を始める。
その際も静かな物だ。
歩行する時に発生する床の軋みと、衣擦れの音程度しか聞こえない。
そんな中、私は一人呟く。
「もうお嫁にいけない。」
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