もう二度と来んな
「もう二度と来んな」
棺桶の中の勇者が目を覚ますと同時に私は彼に言い放った。
彼は驚いたようでしばらくそのまま固まった。棺桶の中で入れられた格好のまま目を見開いているのは結構シュールだ。なんだかゾンビっぽい。
「......あのさ、生き返りほやほやの人間にそれはないんじゃない?」
彼はたっぷり時間をとった後にゆっくりとためらいがちに話を切り出した。
「なに?また来たいの?」
「いや、できればもう二度と死にたくないから御免だけどな。でもよ、ここは嘘でも【あぁ、良かった。心配しましたわ】とか、言うべきじゃない?」
「アァ、ヨカッタ。シンパイシマシタワ」
「......あのね」
なにかいいたげな勇者を無言で棺桶から引っ張り出す。なによ。ご希望に添えてリップサービスしてあげたのに。
「お出口はあちらです」
私はニッコリと笑顔を貼り付けて教会の出口の方を指さす。
朝の綺麗な光が入ってきていて神秘的。
まぁどうせ、そうなるように作られているでしょうけど。
「言いたいことはあるけど、まぁいい。でもせめてお祈りぐらいさせてくれ」
「なんで?」
「いや、協会に来たら普通するだろ?」
いや、だからなんで女神に愛されて選ばれたあんたがわざわざ協会で祈りを捧げる?そのへんの便所で捧げてもあんたは変わんないだろーが。どうせ四六時中女神様はあんたのこと見ておられますでしょーが。
とまで言わずに
「勇者様は女神様に愛されていらっしゃいますので」
貼り付けたにこやか(別名:胡散臭い)笑顔に彼は怪訝な顔。
「それだからこそ、だろう」
そう言って彼は祭壇へ向かう。
大理石で掘られたシンプルな女神像を色とりどりのステンレスガラスから入ってきた光が照らしていて、なかなかに素敵だ。
その光の中に勇者もはいる。
後世に残るであろう話の挿絵はこんな感じだろうか。
さすが女神様に愛されるだけのイケメン。絵になる。ケッ。
しばらくすると彼は立ち上がる。
「もういいの?」
「あぁ、俺は忙しいからな」
「せめて一日は安静にしてた方がいいわよ。まだ、魂が定着していないから」
「そうも言ってられない。俺がこうしている間にも霧に飲まれる村があるかもしれない。殺される人がいるかもしれない。そう思うと俺はこんなところで止まってられないんだよ。」
流石勇者。
これ、本心で言ってるからタチが悪い。
あんたさ、此処どこだかわかってんの?
前線の安置所よ?
死んだ人間が来る所で、あんたは実際此処に担ぎこもれた時は【死んで】いたじゃない。
怖くないの?
なんで直ぐ前線に行くの?
なんであんな得体の知れないものに立ち向かえるの?
「そんな心配な顔しないでくれ。俺がアイツら倒して終わりにしてやるから。」
そう言って勇者は私の頭に手を置く。
違う。怖いのはあの得体の知れないイキモノじゃない。
私が怖いのはあんただ。
なんで死んだ人間が生き返るんだ。
勇者だから?
勇者は人間ではないの?
でもあの規格外の力はなんだ?
あのありえない強さはなんだ?
人として有り得ないのではないのだろうか?
一度だけ、勇者の戦闘を目にしたことがある。
私があの得体の知れないものに襲われた時のことだ。
助けに来てくれたあいつはまさに勇者だった。
かっこ良かった。
人の背丈の三倍もある相手たちをジャンプ一つでその背を超えて私を助けに来た。
あとから考えればそのジャンプ力は何物だ?
「心配してくれなくていい。俺は勇者だから」
黙った私を見て彼は優しい声でそういう。
「あんたの心配はしていない」
「ん。でもありがと、な」
そう言って彼はもう一度私の頭を撫でて教会を立ち去った。
あんたの心配をしていないのは本当。
だってあんた直ぐ生き返るじゃん。
しってますか?普通人間ってのは生き返ったりしないんだ。
死んだらそこで終わりなんだ。
それに。
あんたは知らないだろうけど。
むしろこの儀式を担当している私がほかの誰にも言ってないんだから、私しか知るはずはないんだけど。
生き返るのに時間がかからなくなってんのよ?
それは一体何を意味しているのだろう。
いきなり現れた見たこともないイキモノ。その直後降臨なされた女神様。大規模の不作に、干ばつ。大洪水。そして女神に愛されて力を与えられた少年、勇者。
今、一体何が起こっているのだろうか。
私の知らないところで巨大な力が動いている気がする。
それも怖い。
けれども。
所詮、それは私の預かり知らぬところだ。
全然実感が無いからな。
ちっとも怖くない。
私が、私が恐れるのは。
勇者、君だ。
その人間ではありえない力。
死ぬ恐怖の欠如したその発言。
あまりに気負いなく前線に戻るその行動。
そして私を惹き付けるその笑顔。
私を助けてくれたその日から、私はあんたが好きだ。
あのありえない力で人々に光を与えるその姿。
死ぬ恐怖を乗り越えて戦うその瞳。
日常が早く戻るよう戦うその行動。
私を心配して撫でてくれるその手。
だからこそ怖い。
彼の蘇生に時間がかからなくなっていくのが。
彼がその力を手にして人間離れしていくのが。
彼が遠くに私なんか存在できないような場所に行ってしまいそうで、怖い。
そしてそんなことよりも彼が棺に入っているのが怖い。
血の通わない彼を見るのが怖い。
恐ろしくてたまらない。
蘇生のための祝詞はもう既に丸暗記していて、なんにも意識せずとも言えるくらいなのに未だに死んでいるあんたが怖い。
だからもう、
【もう二度と来んな】
もう二度と死ぬな。