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わたしは私に片想い

作者: 椿 ハルカ

さっきまで弱かった雨が、急に強く打ち付けだした。窓の外では、光る龍が立て続けに大きな音をたてているから、私は0時を過ぎても眠れずにいた。眠れない理由はそれだけではなくて、実はこっちの影響のほうが強かったりする。布団の中で独り、ひたすら自分の胸に問いかけているのだ。

 18歳。だから何?って思う。

そうは見えないねだの、大人っぽいねだの、歳を人に明かすたびに決まって言われる名セリフたち。正直もう飽きたし、毎回同じリアクションだからつまんない。やるならもっと大げさに驚くとか、それくらい強い表現で来てくれないと、今の私にはただのあいさつでしかない。とはいっても、そんな感想は知り合ったばかりの人たちには言えず、そのため「まだ19にはなってないんですー。」と、遠まわしに相手の意見を瞬間拒否している。それをこの9ヶ月間、ずっと繰り返してきた。誰に会ったって、どんなメイクをしたって、服装を変えたってそう言われるのだから、9割のあきらめと1割の慣れが、悲しくも私の胸にくっついていた。毎回めんどくさいからもう、20歳です。って言いまくろうかな。なんなら22でもいける。余裕だろ。何が私を18歳以上にしているのか、根本的な原因は、本人の私ですらよくわからない。今の時代の女の子たちはみんな大人っぽいのではないだろうか。ならば私は標準?この間は28歳に間違えられたけど、それもみんな言われていること?違うでしょ。だったら何が自分にまとっているのか。客観的に見ようとすると何故か靄がかかって見れない。ただ一つ言えること。それは、恋愛経験がない。全くではないけど、キスとかセックスとか、好きな人とそういった行為は一切ない、したことない。18なのに。経験済みといえば昔、女子高生の間で流行ったミクシイで知り合った2歳年上のみしらぬ男にフェラしたくらいだ。動機は好奇心と親友への怒り。ちょうどその頃、一番の親友でずっと側にいたユキに彼氏ができ、しかも相手の男は最悪のやりチン野郎で、それに気づかないでアホな男におぼれている親友を見ていて、少しでも離れたかったのと、よくわからない焦りと、好奇心からの出会い系と、一番はユキへの苛立ちからの行為であった。あの時の感触とか、舌触りとか、何故か脳内に残ってて、時たま考え事のときに顔を出してくる。うざい。あのミクシイ男。何が添い寝だよ、フェラしてくださいって初めからいうこともできないくそ野郎。顔も最悪だったな。ああもう、思い出したら得体のしれないもやもやとした怒りと吐き気と唾液がこみ上げてくる。でもそんな中でも、今の私の片隅にひっそりと存在している人物がいる。さんざん嫌なこととか思い出したり、降り続ける雨が台風のせいだと考えていても必ず脳内に居る。私はいま、その人に片想いをしているのだ。

「理由なんていらない、恋愛は気付いたら落ちているもの。そうでしょ?」

どっかの誰かの名台詞。聞くたびに「ああそうですね。」と今までは思っていたが、今と前とは違う。状況が違うのだ。私は熱しやすい。熱しやすくて冷めやすい。恋愛において短期間戦のめんどくさいタイプ。ずっと自分のことをそう思ってきた。周りからもそう言われてきたし。でも今、私は本来の自分とは何かと、ずっと布団の中で問い続け、また雨が弱まりだしたのと同じくらいにその本性について分かってきたのであった。

本当のわたし。

それは、誰よりも自分の恋愛を恐れている、臆病な人間であること。 やっと気づいた。

実はもっと早く気づいていたと思う。でもきっと、気づかないふりをしていたのだろう。

なにより、好き同士になって、守って守られながらラインで一日中繋がっていなくてはならないこのご時世、相手を見つけるのは、かなりのプレッシャーが何処かからが押し寄せてくる。だが決してしたくないわけではない。だから今こんなにも頭の中がモンモンとしているのだろう。そしてこんな人間が、半年ぶりにも片想いをしている。新しいバイト先のリーダーだ。彼に会うたびに心は揺れ、弾んだ足取りと、普段よりも自然と顔の口角が上がる。片想い。私は両想いよりも、片想いのほうが好きだ。

いざ自分に気になる人が現れると、普段何気なく通り過ぎている人たちの奥の感情が見えるような気分になる。片想いも立派な恋の一つだと思うから、今のこの気持ちを身近な人に打ち明けたくなるあの、湧き上がるテンション。今までは思うがままに、ありとあらゆる今の気持ちを、この片想いには関係のない友達に告白してきた。だが今の私にはその選択肢はないも同然。できないのだ。してはいけない。確信を持つまで。何より、片想いでさえ臆病な自分の恋愛は、いつ実り、いつ叶うのだろう。

半年前に好きになった人は女の人だった。

その時の私はまだ18になりたてて、自分のセクシャリティについてちゃんと向き合ってなんかいなかった。始まりは中学のころからだったであろう、バイセクシャルという部類に自分が入っているなど考えもせず、その頃の一番の親友が卒業間際に付き合ったのは、私の部活の顧問であった。

彼女の熱狂的なアピールの甲斐あっての交際だったんだと思い、あの頃は素直にその事実を応援し喜んでいた。だが、振り返ってみれば、反面傷つき、怒りに満ちていた自分がいた。そんな獣のような感情を気付かれまいと、必死に応援をし、誰にも言わないと言いながら、もう一人の親友には、そのバカな顧問の悪口で盛り上がることで 彼女への気持ちを忘れようとしていたのであった。

半年前の女性は一目で恋に落ちた。最初は男だと思っていて、きめ細やかな肌と、男の割には少し高めの声がとても魅力的に見えた。あとから彼だと思っていた人が実は女だと明かされた時、私は彼女に二度地獄に突き落とされた気分になった。女性である限り、彼女の魅力がさらに増して見える。どんな人数の中に紛れ込んでいても、独りだけきらきらと、私には美しく輝いているのであった。でもその片想いも4カ月たった頃には無くなりかけていた。正式には無くさなければいけなかったのだ。本当は無くさなくていいのかもしれないけど、臆病な私は、こうして時間とともに気持ちが薄れるよう、自力で調節してくコントロール機能を開発していたのだ。

だから今回の片想いもきっとそう。無意識のうちにセーブをかけ、これ以上踏み入れないように、自分で調節しだすんだ。なるべくきれいに何も残らないように。本人には気付かれないように。それならいっそ、私の片想いなんか、友達に話せるほどのものではない。いずれなくなるのだから、聞き手に、無駄に興味をもたれたところで、なんだか申し訳なくなる。だから私はもう誰にも話さない。私の片想いは、たった一人の、私自身にしか打ち明けてはならないのだ。

ベットで独り、その事実に気付いた時、これで寝れると思った。また明日からの学校生活に備えて。朝には過ぎ去る台風を片隅に、私はゆっくりと眠りに落ちていった。


「ミク、おはよー!」

いつもの甲高い、偽物の声を無理やり貼り付けた、男と女の前で態度が変わるカスミが私に近づいてきた。ああ、もう時間か、この声なんとかならないのかな。私だけではない、カスミの前に、先に私の席に近づいてきていたレイコも、一瞬顔を歪ませた気がした。思っていることが同じだと、私一人だけが気付く。


朝の学校は好きだ。というのも、私は朝の時間が大好きで、誰もいない、ここから一日が始まる、それまでの時間をどう有意義に使えるか、それによって一日の気分が7割決まる。私にとって朝はとても大切な時間なのである。そんな大切な時間は、どの時間帯よりももっとも時間が限られているため、たいてい早く起きて朝食、メイク、今日の気分の服に着替えて好きな香水を首と脚に降りかける。大体1時間半かけて学校に向かい、まだほとんどの生徒が通っていない通学路を足早に、都内にあるKT大学の図書室へと向かう。学校があいて、いつも一番乗りの先生が、図書管理を任されている長谷川さんなのだ。長谷川さんはすごくまじめなおばさんで、生徒が読みたいといった本はたいてい翌日には揃っている。仕事が早い。そして無駄口をたたかない。決して明るいタイプの人ではないけど、私はそういう人は嫌いじゃないし、むしろカスミのような、美術館には死んでも一緒に行きたくない奴なんかよりましだと思う。要するになかなか好きなほう。 

いつも通り、一番乗りの長谷川さんは図書室の扉を開け、奥の倉庫で早速仕事をしていた。その姿を見届けてから、私はすっと独特な空気感を放つ、その空間に入り込む。まだ白い大きなカーテンは閉め切っていて、でも窓があいているせいで美しいウェーブを作りながらゆらゆらと踊っている。いつもと同じ、私一人だけの空間。そう思っていた。お目当ての小説を探そうと、カーテンのほうへ踏み出した瞬間、ゆらゆらと踊る中に人影が見えた。珍しい、こんなに早い時間帯に。しかも私よりも早いなんて。その人物は微動だにせず、ただカーテンに囲まれながら腕を窓のふちにのせ、顎を手首の上にちょこんとおいて、もう一方の手で小説を持ち、独特な空気をまといながらたそがれている。


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