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エピソード02 「子猫の憂鬱」

轟:「えっ?…ええっ??」


轟の驚きの声など関係無しに、その美少女は、つかつかと私の方に近付いて来て、真正面に立った。


私は、声も出せずに、ただ呆然と、…見蕩れ続ける。

少女は、小さく一つ、深呼吸をしてから、…



栞:「おじさん、どうしてこんな処に居るの?」


いや、それは、私の台詞だろう…?



轟は、私と少女とを代わる代わる、見比べる。



正:「…綺麗になったな。」


彼女は、結んだ口元を歪めて、必死に、…何かに堪えているミタイだった。



青年:「しおり、誰?この人、…何かされたのか?」


イケメン男子が後を追って来て、しおりの手を、…取った。



栞:「触らないで! それに、馴れ馴れしく名前で呼ばないでくれる?」


しおりは、男子の手を振り払い、美しい貌で男を、…睨みつける。



青年:「何だよ、心配してやっただけだろ。」


栞:「違うの、このヒトは、唯のクラスメイトで、偶々飛行機で一緒になって、チョット道案内してただけなの、」


何故だか彼女は、必死に私を見つめて、…何かを弁解しているらしい?



轟:「先輩、お知り合いですか?」


しおりは、真っ赤な顔で大きく目を見開いた侭、私の事をじっと見つめる。



正:「ああ、…」


私は、いとおしいモノを眺める様に目を細めながら、そっと手を差し延ばして、

しおりは、怯えた風に目を逸らしながら、すっと手を引いて、…


それから彼女は、踵を返すと、行き成り店の外へと、…逃げ出した!



青年:「おい、しおり! 何処行くんだよ!」


イケメン男子が、後を追う。



マキ:「もしかして、あの子って、前に一緒に連れて来た女の子?」


正:「ああ、…」


マキが、傍に寄り添ってきて、心配そうに、半ば合点したかの様に、…溜息を付く、



正:「悪い、轟、…今日は、帰る。」

轟:「あっ、はい、じゃあ、俺も、…」


正:「良いよ、…折角の日本食だから、無駄にしないで、ゆっくり食べてってくれ。」


私は一人立ち上がり、漸く出てきた握り寿司には箸も付けない侭、会計を済ませる。



マキ:「大丈夫?」

正:「そうだな、…大丈夫だ。」


漸く薄暗くなり始めた空から、ぽつぽつと雨が零れ始めていた。





しおりは、この春に、一ヶ月程、ウチに居候していた女の子だ。

自分の居場所を探しに、このロンドンを訪れて、私と出会った。


ほんの少しばかりの時を一緒に過ごし、あっと言う間に深く迄触れ合って、

そして直ぐに、私の前から姿を消した。


それ以来2ヶ月間、音信不通だったのに、…





私は、恐る恐る、フラット(アパート)のドアの鍵を開けて、

ひっそりと静まり返った暗い部屋に電灯を点し、誰も居ないリビングダイニングに鞄を放り出す。



正:「全く、一体、今迄何処に行ってたんだ?」

栞:「ちゃんと、学校に行ってたわよ。」


副寝室から、ボソリと女の子の声がする。



私は、ノックもせずに副寝室のドアを開けて、…

彼女は、ベッドの上で、枕を抱えてアヒル座りしていた。



栞:「お帰りなさい。」

正:「どうして?」


私は、再び同じ事を訊ねる、



栞:「夏休みだモノ、」

正:「あれからどうしてたんだ? 連絡つかないから心配してたんだぞ。」


栞:「パパに、普通に叱られたわ。 普通によ、凄く叱られたの。 携帯も取り上げられたし、無断で外出する事も止められたのよ。」


しおりは、とうとう堪えきれずにニヤニヤ笑い出し、…



正:「そうか。」


私も、釣られて、苦笑いする。



栞:「でも、結局パパって娘に弱いのね、…学期末の試験で学年トップ取ったら、夏休みに海外旅行しても良いって、」


栞:「きっと一ヶ月以上学校を休んでいたから、絶対に無理だって高を括っていたんでしょうけど、」


栞:「ちょろいモノだわ。」


私は、感心を装って深い溜息をき、



正:「学年トップって、…君は本当に、頭が良いんだな。」


栞:「そう? 普通、頭良い子はパパの言いつけを破ってノコノコおじさんの所に舞い戻ったりしないと思うわ、…」


栞:「でも、来たかったの。」


私は、思わずしおりを抱きしめようとして、…


しおりは、人差し指一本で、制止する。



栞:「おじさん、」


栞:「言っておくけれど、春におじさんに上げた色々な「権利」は、既に期限切れだから、…断わりも無く私に触るのは、駄目、」


正:「ああ、そうか、…悪い、」


私は、冷静を取り戻して、冷蔵庫からビールを取り出して、…栓を抜く。



正:「それで、さっきの男の子は、…どうしたの?」


栞:「地下鉄で撒いたわ、あの子オイスターカード(ロンドン地下鉄のスイカみたいなモノ)持ってなかったから。」


しおりは、ベッドから抜け出して、パタパタと私の後を付いて来る。



正:「撒いたって、…友達じゃなかったのか?」


栞:「きっと向こうはそう思ってたんでしょうけど、私は興味無いわ。 偶々飛行機が一緒だっただけで、運命を感じるなんて、…有り得ない。」


いや、君がそれを言うのか?…



正:「それにしたって、一人で放って置いて大丈夫なのか?」


栞:「全く、おじさんの心配性には呆れるわね、…世話を焼くのは私一人で十分でしょう?」


彼女は、やれやれと溜息を吐き、



栞:「あの子は学年の成績優秀者で、学校からの推薦でイギリスの姉妹校にホームステイに来たって訳、…行き先も決まってるから、大丈夫に決まってるわ。」


私はソファーに腰を埋めて、彼女はテーブルの椅子に反対向きに座って背もたれに肘を付く、


本当に、一寸見ない内に、…綺麗になったんだな。



正:「それで、今回は、何時まで居るんだ?」

栞:「ちょっと、立ち寄っただけよ、…ご挨拶に、」


本当にこの子は、何時だって肩透かしで、何時だって捉え所が無い。



栞:「おじさん、元気にしてた?」

正:「ああ、元気だよ。」


私は、恐らく、嘘を吐く。



栞:「私が居なくって、寂しくなかった?」

正:「そうだな、少しは、寂かったかな。」


私は、恐らく、嘘を吐く。



栞:「そう、…嬉しい。」

栞:「私も、何だか「変な気持ち」だったわ。」


彼女は、少し伏せ目がちに、一度、ぎゅっと口を結んで、それから、意を決した様に…



栞:「私、判らなくなっちゃったの、」


栞:「私の、おじさんに対するこの「変な気持ち」は、女の子がお父さんに感じる気持ちと同じだって言ってたけれど、私、本当のパパには、こんな気持ちは感じなかった。」


正:「そう、…」


栞:「きっとコレは寂しい所為で、会えば治まるのだと思ってたのに、今だって、…どんどん、酷くなってる。」


彼女は、切なそうに、私の事を見つめて、…唾を飲む、



栞:「私が、おじさんに感じるこの「変な気持ち」って、…一体何なの?」


栞:「どうして、私は、こんなに、ドキドキしてるの?」


しおりの頬は、真っ赤に紅潮して、今にも、…零れ落ちそうだ


でも、私が、この少女に抱く気持ちは、…

もっと、独り善がりで、とても、純粋無垢な彼女に応えられる様な、そんな大した物じゃない事位、理解している。


だから、二度と彼女の琴線に触れる様な、無責任な真似は、するべきでは無いのだ。



正:「それは、心の問題じゃなくて、多分、身体の問題だろう。」

正:「緊張してるとか、不安だとか、…そういう時に、心臓がドキドキするんだ。」


私は、逃げる様に、目を逸らし、



栞:「そう、そうね、きっとそう、…」


彼女は、一寸詰まらなさそうに、頬杖を付いた。


其れから、…



栞:「ねえ、おじさん、私に「恋」を教えてくれない?」


彼女は、まるで喉を撫でられる子猫のミタイにウットリとした瞳で、私の胸の奥底を、…覗き込む。

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