行くな! ガーゴン
百合神悠は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。悠は政治が少しはわかる。
学業優秀、スポーツも人並み外れた実力を見せ、特に幼少期から剣の師匠の下に内弟子に入り、振るい続けた剣道の腕は全国でも有名になるほどである。その正義感たるや察して余りあるというものだ。
「…………」
ピン、と伸びた背筋の緊張。悠の利き腕である右腕の小刻みな震え。顔を見ずとも俺にはわかる。顔はいつも通り柔和な笑みを湛えているに違いない。だが、その双眸が開かれたが最後。絶対にその目は笑っていない。薄開きの目をしていることだろう。
「えっと、そこで何をしている訳? ぼーっと突っ立ってるのには何か意味があるの? 剱人」
悠は特に何の気持ちも込めること無く後ろに立つ俺に声をかけた。
「いや? お前こそどうしたよ? ちょっと通りがかっただけだぜ? 俺は」
話しかけられた俺はそう言って誤魔化した。人の背中を見て勝手に激怒させてみたり邪知暴虐の王に殺意を抱かせたりしているのがバレる訳はないが、妙に勘は鋭い悠のことだ。警戒はしておいて損はない。と思っての行為だった訳だが、
「嘘だ」
速攻でバレる。まぁ俺嘘下手だし。しょうがねぇか。でもすぐバレるのが癪で、ちょっとだけ言い逃れをしてみる。
「いやいや。俺が嘘ついてどうなるってんだよ?」
「そうやって言葉尻が上がるのはお前が嘘ついてる時の癖。わざとやってるのかってくらい露骨に上がってる」
「これが高等テクってや……」
「ダウト」
くそったれ。
この癖だけは本当に治らない。頭を軽く掻く。悠は全盲の癖に、というか、全盲だからこそ、視覚以外の情報に対して本当に鋭敏に反応する。音、香り、勘。本当に、鋭い。この鋭さにまた一本取られた形の俺はばつの悪さに話題を変える。
「で、衆議院解散のニュースを流すテレビを前にお前は何をやってるんだ?」
テレビに映る緊急ニュースではついに衆議院が解散となり、朝から何度も何度も、バカバカしい万歳三唱の声が耳にけたたましく響く。
「王の圧政がこのような事態を招いたのだ。こっそりと道行く老爺の肩を揺すり尋ねれば、『王様は、人を殺します』と答えるに違いない。とりあえずお前はそう思ってる訳だよな?」
俺が尋ねてみると、思う以上に即答で悠は言葉を返してきた。
「いや意味が分からないよ。王って誰?」
「お前は衆議院が解散するニュースを見て激怒したんだよ。そして必ずかの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意する訳だ」
「…………」
「…………」
二人して沈黙。そこに、ゴツゴツとガタイだけは不必要なまでにゴツく厳めしい奴が来て、
「そろそろ終わるよな? ……って、二人して何無言で見つめ合ってんだよ。気持ち悪ぃよ。何だ? 新たな目覚めか?」
気持ち悪いことを言ってくる。ふざけんなよ気持ち悪ぃ妄想はてめぇだけでやってろよ、と言おうとしたが、
「ちょっと聞いてよ。今日の剱人は暇過ぎて頭がおかしくなってるんだ」
という言葉に遮られてしまった。っておい待てや。
「別におかしかねぇよ」
「半音上がった」
「上がってねぇし」
「上がったなぁ」
「真彦てめぇは黙ってろ、バカ」
ゴツゴツ野郎の大バカ、真彦には軽く釘を刺しておく。
「あ、いや、そうじゃねぇんだよ。悠。お前にちょっと用があってな、そろそろ終わるだろって思って、な、来た、ん、だが……」
スイッチが入るのは突然のことだった。
いや、一応段階は踏んでいたか。真彦の発言の途中から悠の様子は本当に一変した。
そろそろ終わるだろ、の瞬間に悠はテレビを切った。もちろん電源を、だ。この部屋に真剣はない。
思って、の段階で悠は一気に眉間に皺を寄せた。思い出してしまったようだった。何をか、というのは俺にもわからなかった。
な、の所で悠は両手を組んでパキ、ポキ、と音を鳴らした。
来た、で悠は見えないはずの目を開いた。悠は怒るといつも目が薄開きになる。何か、目が見えないはずなのに、というか、だからこそ何かしら人の心の内を見透かしてしまうような、そんな恐怖、というか威圧感を相手に与える目。そんな目で今悠は俺や真彦を睨んでいた。
「……なぁ、あいつめっちゃ怒ってるけど、何があった?」
悠の眼前で、大きなガタイをした真彦が面白いくらいに――かと言って笑うことは到底できないが――ヒソヒソと小声で、隣に立つ俺に尋ねた。
「いや知らねぇよ」
俺は俺で真実を耳打ちで返すしかない。
「漢は言葉も使わず語る、とか何とか言うけどよ……語り過ぎだろ、ありゃあ……」
「とりあえず訳を聞いてみなけりゃ始まらないよ、な」
訳の分からない怒りを湛えた悠を二人して見る。悠は小声で、しかしハッキリと通る声でしゃべり始めた。
「今日は久々に師匠もいないし、学校も休み。自主トレや稽古も時間を調整すればどうにかなると思っていた……」
そういえば今日の稽古やら何やら、三人揃ってないとできないことはことごとくこの時間を避けるように悠は予定作りをしていたな、と思い出す。
「全てはこの時間、この時間にテレビを見ること。その為にここまで頑張ってきたんだ……」
どんだけ見たかったんだその番組。今昼下がりなんだがまともな高校生男子が見たがるような番組なんかやってるか?
「アレ、だよな……?」
真彦が指を指して言葉を挟む。悠がその指で差すものを目線で追うことや読み取ることはできないが、こいつはバカだからしょうがないか。
「そうだよ。アレ、だよ……!」
読み取ってるよ、おい……!
そんな軽い驚きはともかくとして、真彦の指の先には怪獣のぬいぐるみが置かれている。俺たちが幼稚園に通っていた時に三人とも大好きだった幼児向け特撮アニメの悪役怪獣のぬいぐるみだ。ずんぐりむっくりな体型で、その顔自体は何を考えてるのかわからない、というかもうアホなんだな、という言葉一つで納得してしまいかねない半開きの口。縦長の目。そして腹に凶悪そうな模様。もしやこっちが本当の顔? とか思わせておいて実は全然そんなことはありませんでしたー。そんなツッコミどころ満載、というかもう色々扱いどころに困る悪役怪獣のぬいぐるみが悠の後ろ、窓際の棚の上に鎮座していた。
どうしてそんなものがここにあるのか。そしてそれが何に関係しているのか。もはや言うまでもない。聞くまでもない。
「どうして……」
悠の独白は続く。
「何故このタイミングで解散なんかしてくれたんだ! お陰で特番組まれて『行くな! ガーゴン』が潰れてしまったじゃないか!」
やっぱそれかよ!
「畜生!」
叫ぶ言葉と同時に悠の左手が机を叩く。項垂れたその姿が本当に無念そうに見える……のは大いに問題があるような気がするのだが。
「まぁ、もうお前もこういう幼児向けアニメからは卒業しようぜ、ってことなんだよ」
適当なことを俺は放っておく。でもこれ、結構本心なんだが。
「剱人、お前はこの作品の良さがわかってないからそういうことが言えるんだよ! 僕がどれだけこの作品を楽しみにしていたか、わからないだろう!」
うわぁ……。引くわー。という表情を露骨に出しても、こいつには伝わらない。そもそも、アニメをアニメと言わず、作品、と呼ぶ時点で何かがおかしいんだ。こいつは絶対にそうは思わないんだろうが。
「まぁ、何だ。悠。そいつ悪役だし、悪い奴だぜ? 可愛がるなよ。ガーゴン忘れて剣道へゴー? みたいな? ハハッ!」
真彦のお寒いギャグ――にすらなってねぇんじゃねえか? まぁこの際それは放置しとくけどさ――が飛ぶ。悠はガーゴンのぬいぐるみを抱えて机に突っ伏している。……子供か! しかし反論だけは早い。
「これがどれだけショックかわからないだろうね……二人には。ふざけてるよ。あの首相。かの邪知暴虐の首相! このタイミングだけはない! ないよ!」
つーか本当にあの時テレビ見ながら本当に激怒してたのかよ! かの邪知暴虐の王、じゃないけど首相に本当に殺意抱いてたのかよ!
俺のアテレコ、意外と当てになる。……そんなこと考えてる場合でもない、か。
「もう良いじゃねえかよ。な? 悠。おめぇオタクじゃねぇんだから……」
その発言もまたスイッチだった。
「――オタクの何が悪いッ!」
この言葉が今日一日で俺が聞いた一番の大声だった。俺も真彦も面食らうしかない。
その後のことはもう細かく言い表すのも正直苦痛だ。列挙していくと、
何故か正座させられる俺と真彦
こんこんと説教される
熱の入るオタク講座
特撮アニメの何たるか
ガーゴンはかわいい
かわいいは正義
故にガーゴンは正義
悪役でも正義
そもそも悪役は悪人(悪獣?)じゃない
見てよこのとぼけた顔! どこからどう見ても悪い子じゃないでしょ
熱弁を振るうのは結構だがお前はその顔を見たことがない。
正座を解いたり欠伸したりすると――音はたっていないはずだった――剣道で鍛えられためちゃくそ早ぇ手刀が飛んでくる
何でわかんだよ?
とにかく打たれまくる俺と真彦
イラッとくる
真剣白刃取りしてみる
今度は蹴られる
蹴り返してみる
ガーゴン(ぬいぐるみ)に噛まれる
えー。と固まる俺と真彦
説教続行
今日放送予定だった話の気合いの入った解説
自分がそれをどれだけ楽しみにしていたか
そして『行くな! ガーゴン』が潰れたことの無念さの激しい解説
それはまさしく他の手を振り解いたりもしていないのにも関わらず菩薩から垂らされた糸が切れて落ちてしまったカンダタのような心境
世の菩薩というものはここまで悪辣な行為をかくも平然と行ってくれるというのか
以下エンドレス
結論
なんだ、ただの地獄か
いや、じゃなくて。何なんだこの地獄は! 意味がわからない!
硬直した頭で思い出すのは高校での悠の友人関係。そういえば訳の分からん連中と悠は最近仲良くしている。何か同好会か何か組んだんだとか言ってなかったか? そもそも剣道部に所属しておきながら同時に他の部活なり同好会に所属することは校則違反だろうがよ。あいつらはそれを知ってながら会員の人数を三人にするために強引に悠を名目上の面子に入れているのだ。そうじゃないとまず同好会すらも認められないからな。
悠も悠だ。あいつらの所為でそうなったのか、とか問われると全くもって違う――からこそ誘われちまった訳なんだが――が、一番大事なのは剣だろうが。オタクっぷりに拍車かかっちまってる。
「ちょっと! 聞いてる? 剱人!」
うるせぇな聞く必要もねぇ話だろうがよ! そもそも師匠の前ではそのオタクっぷり微塵も出さずに隠してる癖によ!
口に出して言ったら羽交い締めにされチョークスリーパー、ヘッドロック等々やられかねないから黙っておく。この間のは効いた。俺が余りにも冷静じゃなかった、というのもあるが、そもそもケンカで関節技を平気で持ち出すこいつの情け容赦のなさには呆れるものがある。
そう思っていた時に、救いの神の声がかかる。
「ただいま帰りましたー」
嶌の声だ。良かった。これでようやく解放される!
その小柄な体つきと同じで、ちょこちょこと歩いてくる嶌の手にはDVDらしきディスク。
「あ、借りてきてくれた?」
悠はいきなり機嫌の良さそうな声で嶌に尋ねる。嶌はそれにはい〜。と即答する。さっきまでの不機嫌さ加減はどこいったよ。
「はい〜。ところで、どうして真彦さんと剱人さんは正座されてるんですか?」
よしよしよくぞそこを訊いてくれた。流石気の効く奴だ。
かくかくしかじか。説明する。
「それは少し反省が必要ですね! もう少し正座してるのが良いと思います!」
なんでやねん!
あぁ。忘れていた。こいつも『行くな! ガーゴン』になるとこうなるんだよ。あぁ。すっかり忘れていたさ俺のバカたれ。
「俺、もう足が痺れてるぜ……」
右手の親指を立てて誇らしげに真彦が白旗宣言。
「修行が足りません!」
「マジかよ! 嶌にそれ言われるのかよ……。そこは許せよ……。お前らとはウエイトが違うんだよ……」
「ガーゴンに謝りなさい!」
「えー」
「えー。じゃありません! 謝るのです!」
「謝るのです」
悠まで調子を合わせて謝罪を迫る。すげぇなオタク。
一先ず頭下げれば正座と下らない説教から解放されるのだ。それだけ、それだけを目的に俺ら二人はあっさりと頭を下げた。ガーゴンさんマジさーせんした。ウイッス。
「つかさー。ガーゴンはかわいくはねーだろ?」
真彦のバカが口を開く。これぜってースイッチだろ? 学習しねえ奴だなぁ。ほら。悠と嶌が顔を見合わせて頷き合ってるぜ、真彦。とりあえずガーゴンが飛んでくるんじゃね。
「ガブ。がおー!」
ほら。嶌の音声付きで。怖くもなけりゃ痛くもねえけど、ガキかって。
「いやいや、どんだけ見たって。ほら、かわいくない」
「がおー!」
「謝れ! ガーゴンに謝れ!」
ほらまた訳分からんことに……。
「ガーゴン実物は体長数百メートルに体重十万トンだぜ? ぜってーかわいくねー!」
真彦までそういう話題について行きだしたしね! 何だこいつら!
「ガーゴンはかわいい!」
「かわいいは正義です!」
「ガーゴンはかわいいから正義!」
「ぜってーかわいくねーから悪だろ?」
「この憎めない顔!」
「その顔をお前は見たことねーだろが」
「見なくてもかわいいはわかるんです!」
「意味わかんねえよ」
「このフォルムがかわいい」
「いやフォルムて」
「こう、こうして、丸みがあって。うん。かわいい!」
「いやだからそれはぬいぐるみだからであってだな……」
テレビのある和室で繰り広げられるオタクによる怪獣アニメ談義。めでてぇこった。埒あかねぇよこのバカどもが!
「俺はもう良い。とりあえず稽古行かねえとな!」
その言葉を捨て台詞にして部屋を後にしようとした。その瞬間に聞こえたのは、
「あーーーーーーー!」
という嶌の悲鳴。何事かと皆で嶌とその手にあるディスクを見る。
「これ、……DVDじゃないです。よね……」
紙袋の中のディスクをちらりと見て確認してみると、それには確かにブルーレイの標章が描かれていた。
「あー。違うな」
俺なら間違わないだろうが、機械音痴、というかあまり詳しくない嶌なら間違えそうだ。というか、ちょっと前に間違えてた。だから今回は気づくのが早かった訳だ。
……ま、おせーけどな。
「見られ、ない?」
嶌の疑問系の言葉。いやそりゃそうだろうよ。
「…………」
「…………」
分かりやすい二人の沈黙と項垂れ。落ち込み様が半端ないが、まぁこれから稽古だ。頑張ってもらわないとそれは困る。
「んじゃ、行くか。真彦。悠は頼むわ」
「おう。行くか」
真彦に引き摺られ、悠も道場へと向かう。「あー…………」
呟きと共にガーゴンの様な半開きの口。その口から魂が抜けて行っているのが、別にスピリチュアルだとかそういうのを信じているでもなく持っている訳でもない俺にも見えるようだった。これはあの時の借りを返す絶好の機会だな、と俺は打算的に思っていた。
そしてそれは思いっきり間違いだった。あいつこういう時むしろすげぇ気合い入るのな。八つ当たりだろうけど、打ち込みの気合いただもんじゃねぇ。数割増だった。八つ当たりだろうけど。まぁ幼児向けアニメ見られなかったことに対する八つ当たりだろうけど!
ガーゴンそんな好きか! もうガーゴンと結婚してしまえ! そんな幼稚な文句も口をついてしまいそうになるのをぐっと堪えて――流石にガラじゃないだろ?――、じっくりと向き合った。決して負けっぱなしだった訳じゃない。数的には、五分、だったろ。この前みたいなことにはならない。それに、やっぱり気合いはあっても十二分なメンタルでない悠だ。崩れはある。むしろ、十分でない悠に対して五分を越せない自らの鍛錬不足を責めるべきか。
竹刀を握っている間はともかく、そうでない時の悠の落ち込みようは確かに大きかった。師匠も当然気づくが、その原因を詳らかに語る訳にはいかない。師匠はオタクを理解しない。できない。ガーゴンかわいい! 力説すれば鉄拳が飛びあのぬいぐるみは速攻で燃やされる。だから悠のガーゴングッズ――そう。あのぬいぐるみ以外にも大量にあるのだ! これだからオタクは……――は嶌の部屋に全てある。孫娘の趣味、ということにしておけば、
「……孫の教育、というものにはあまり口出しはできぬ、よな……」
ということにしておけるのだ。よもやあの殆どが内弟子の悠のものです、なんて分かる訳がない――そう。嶌は悠に影響されてガーゴンにのめり込んだクチだ――。このアイディアは悠の祖母やその兄貴にあたる爺さんが幼い日の悠に教え込んだものなのだが、完璧すぎる。それを約十年徹底して守りきっている悠には正直驚きを禁じ得ない部分もある。そして俺らもよく話してないよなぁ。……何かおごってもらうくらいはしてもらっても良いよな。そんな気がしてきた。急に。
翌日学校に行くと、例のアニメ・漫画同好会の連中が二人して俺に突っかかってきた。
「一体全体どういうことなのですか?」
「説明を求める!」
朝一からうぜぇんだよてめぇらはよ。
「何が」
短い言葉にとっとと失せろ、という意味合いを乗せてぶつける。が、こういう人種はそういう気持ちを読み取るのが苦手というか、できないんだろう。昨日の悠もそうだったし。オタクモードの悠がめんどくさいのと同じ理由で、というかそれ以上のグレードで、こいつらはめんどくさい連中なんだろう。たまらない。
「悠殿は元気がないではないか!」
「悠殿の覇気がないではないか!」
あーはいはい。理由は知ってるが語るつもりはない。
「理由は知ってるぞ?」
「もう本人から訊きましたからね!」
「じゃあ何故俺に話しかける」
俺は悪くない。悪いのはタイミングの悪い衆議院解散と、対応していないディスクを勘違いして借りてきた嶌だ。
「これは彼を励ます方法を考えねばなるまいよ!」
「あーっとこんな所に最高のアイテムがーッ!」
無駄に息の合いまくりな二人組の片割れが制服の胸ポケットから出してきたのは、「映画の前売り特売割引チケットぉ?」
タイトルを確認する。
『行くな! ガーゴン 〜だって爬虫類だもん♪〜』
うおぉぉぉ……。
「さぁ! これに誘うのです!」
「誘うが良いのです!」
意味わかんねー。
「つかこれお前らどこで手に入れてくんだよこんなの……」
「こんなのとは心外ですな! それはこの僕が近所の小学校付近で配っている人に頭下げまくって手に入れてきたんだよ! いや、これ小学生以下に配る物だから……とか言われても、でも高校生も使えますよね? 使えますよね! と食い下がり、小学生に気持ち悪ッ! とか、あまつさえ無言で防犯ブザーを鳴らされても心折れずに土下座付近まで頭を下げて手に入れてきたものなのだよ!」
その熱意はどこか別の場所で使えよお前ら恐ろしいわ!
「つか三枚もらってんならお前ら二人で悠を誘って行きゃ良いじゃんか。俺を巻き込むな」
「この割引券は一枚で三人分割り引けるのですよ!」
「手に入れてから気付きましたでごわす」
アホかと。
「それに……」
それに、何だよ? 俺の言葉に対し、
「同好会を作る条件として、活動内容の報告があるんだよ。そこも基本はザルなんだけどね、けど、ほら。やっぱり僕がいるからその特例をスルーはできないってことで」
横から悠が入ってきた。
「映画を見てレポートを書いて、それを提出するくらいはしろ、と相成った訳です。それにメンバーも多い方が好都合ですし……」
少し申し訳なさそうに同好会の正規メンバー二人は言う。なるほど。自分たちの利益もバッチリある訳か。納得。
「御免被る」
言葉短く返答。二人が大きく落ち込む。レポートなんて書けるかアホんだら。二人は慌ててレポートは自分たち二人だけが書けば良いんです! とか言ってきたが、無視した。そもそも俺は映画自体に興味が無い。アニメにも、ガーゴンにも。バカバカしい。
そう思って同好会メンバー三人から離れると、後ろから女子に声をかけられた。後ろを振り返ると、右腕に無機質な、そして大きな杖を装着した香織さんがいた。
「さっきの映画の話なんだけど……」
聞いてたのか。
「私、見たいな! 映画。……も、もちろん、剱人君が、良ければ、だけど……」
嘘だろおい何の差し金だよつかどうしてこんな積極的なんだよえー……。
「この映画、気になってたけど一人で見に行く訳には、いかなくて……」
「が、ガーゴン、好き、なの?」
「う、うん……」
香織さんの少し赤らんだ顔を見てしまう。いや、何と言いますか……。細かいことはどうでも良いだろうと思う訳ですよ。ええ。……えぇ!
御免被る発言から一分足らずで俺の発言がひっくり返り、メンバーに田中香織さんの名前が加わった。
「うん。真彦はどうでも良いってことでもう参加することになってるから。よろしく」
悠のこの発言に俺が心の中で舌打ちしたことは気づかれないようにしないといけない。何と言っても香織さんの目の前だ。そうだ目の前だ。うん。
「あとは、瑠夢さんかな」
悠の行動力は舌を巻く領域だと思う。この積極性って何なんだろ。
ちなみに瑠夢――るう、と読む。誰も初見で読めないことが一つの悩みらしい――は剣道部唯一の女子部員だ。
「皆でガーゴン! 楽しみだなぁ」
それだけかよ。
それから一週間後、映画を見に行くことになった。大盤振る舞いな割引があるような場所だ、規模も小さな、田舎の古ぼけた映画館、そして親子連ればかりの映画館に、高校生が八人群れをなして入る。
異様な光景じゃ、ねぇよな?
香織さんがいなかったらまず口をついて出ていたであろう文句の一つを心の中だけでつぶやく。制服を着ているでも無く、簡単にバレやしねぇよ。誰に言うでも無く心で呟く。
映画自体は、まぁ、あれだ。子供向けだ。うん。そこに色々言ったって始まらねぇ。ただ、
「そこだ! 頑張れ! ガーゴン!」
「立てー! ガーゴーン!」
「ガーゴン」
「それガーゴン!」
「頑張れ……頑張れ、ガーゴン……!」
俺以外皆子供と一緒に大声あげてガーゴンの応援をするんだよな。これ、すっげぇ不思議な気分だった。なんかこう、アーティストのライブとか行って、自分だけ専用の応援の振りを知らずに行ってしまって浮く、みたいな。もしくは、夏休みの宿題を準備してたら周りが俺の知らない課題を提出しだす、みたいな。あーいう気持ち。あれだろ? ここ、ガーゴンファンしかいないんだろ? もうガーゴンファンしか住んでない町なんだろ? もしくはあれか? ガーゴンファンが住んでる町なんじゃね?
とりあえず映画って、静かに見るっていうのが最低限のルールなんじゃね? っていうレポートを俺は提出したということだけ、最後に言っておきたいと思う。