第九話 イントロダクション Fパート
今回はちょっと短めですね。
次回で、第二章を終わらせる予定です。
「ねぇ。まさかとは思うけど、あの大男じゃないの? さっきの腹いせとか」
「いえ、拙者は窓から見ていましたが、あの隊商の護衛には石弓使いしかいませんでした。石弓の音でもないですし、ここからでは、長弓でしか届きません」
「ふむ。あのギルドに所属していたイレーネでも知らないのなら、無関係な別件と考えればいいのか……それとも」
オレたちは、火矢を放ったらしい人物のいた高台に足を運び、その痕跡を探ろうとしたが、たき火のあとしか見つける事しかできずにいた。
「これからは、じゅうぶん気をつけるしかないわね」
「だな。そろそろ制限地域だし、オレが前衛で二人が後衛のシフトに戻しておいた方が無難かもな」
もし、制限地域で前後に敵を受けるような事になれば、全滅しかねない。
「そういえば、カデストには何日とどまるつもりだ? 鉱石を売るほど集めるのには時間もかかると思うが」
「心配ご無用よ。このクリスタルで徴税の指示はどこからでもできるの。昨日から持ち出し数を制限してるから、着くころにはたまってるはずよ」
「そうか。だが、領主が不在で徴収するだけでは、不満がたまる心配はないのか?」
「そのために、顔役の人を代官にしてるし、ただ徴収するだけではなく、今後は鉱山や街道を整備する事も布告させてるわ。その第一歩として、あのアビス峠の『名前付き』を退治したって事にしてるのよね」
なんと抜け目のないやつだろうか……。野営している時に、恐怖に震えていた少女と同一人物だとは思えない。
「さっすがー。あんな遠くにいるのを一撃だなんて!」
制限地域に入り、長弓を装備したイレーネは水を得た魚のように、遠距離からの狙撃で、ホブゴブリンを一撃で倒していた。
「拙者は、これしかできませんので……もう一匹いました!」
さすがに視力と索敵能力も高いようで、見通しのいいところでは、不意打ちを受ける事もなく、順調に進む事ができた。
「この調子なら、少し急げば、アビス峠の頂上で野営をする事もできるな」
「それって、また何か仕掛けられると思ってるの?」
「ああ……。あそこなら、イレーネが索敵をすれば敵はほぼ、発見する事ができるだろう」
「ねぇ……正直言って、わたしには恨まれるような相手って、いないんだよね。あの大男もケラエノ子爵と関係あるなら、そうそう、うかつな事もしないはずだし」
「オレが恨んでいるやつならいるが、オレを恨むようなやつは、あまりいないはずなんだな」
「あなた、二十人しかいない聖騎士なんでしょ? 叙任待ちの見習いに、有力な貴族でもいたらどう?」
「たしかに、その可能性は捨てきれないな……揺さぶりをかけているのかもしれん」
いろんな意味で頭が痛かったが、ここからは戦闘に専念すべきだろう。
「ふぅ……ここらで一息入れるか。イレーネは荷台にでも座って、後方を警戒しつつ休んでくれ」
午後三時をかなり回ったころ、守りやすい場所を見つけたので、休憩を取る事にした。
「そうねぇ……馬車があると、馬車から狙われるだなんて、知らなかったわ」
一部の知能を持つ魔物は、制限地域では馬車を狙って来るため、アデールも小剣で切り結ぶ事も少なくなかった。
「拙者も、ククリナイフがなかったらと思うと、怖い時がありました。短刀スキルが三に上昇したぐらいですから」
イレーネが以前のままだと、かなり危なかったという事だろう。
「近接戦闘での火力という意味では、お粗末だからな。本来なら、魔術師か剣士でも入れたいところだ」
現在では、イレーネが攻撃役を担っているが、憎悪がたまると、後衛に向かってしまうのも頭痛の種だ。
「そうねぇ……素性のしれない人を迎え入れる気にはならないけど、カデストにも人材がねぇ」
たしかに、何者かに狙われているような状態で、もし参加を希望する人間がいても、素直には受け取れないだろう。カデストも、吹きだまりの街だと呼ばれるぐらいだしな。
「拙者も、セラエノの街で、胸を張って推挙できるような人物は、おりません……」
たしかに、あの弓職人も相当なタマだったしな。
「このペースなら、暗くなる前には頂上に着けるかもね」
もう時間は午後五時を回っており、オレたちはアビス峠の、つづら折りの坂道を上がっていた。
「なぁ、水袋はどれぐらい用意してある?」
高地から集まって来た水が流れ落ちる、清流な滝を見て、オレはアデールに問いかけた。
「そうねぇ。半分ぐらいは使ったけど、野営地までは持つわよ?」
「ここで水を補給しておこう。頂上付近の水場は危険かもしれん」
オレは馬車を止めて、提案した。
「そこまで深刻なの? 水場に毒なんか入れたら、悪業値が半端ないわよ?」
そう言いつつも、アデールは空の水袋を馬車から取り出していた。
「ここなら、その心配がないしな……用心しておいて損はない」
「さすが、クラウス殿……。拙者も見習う事にします」
イレーネはそう言って、滝の水を口につけて飲み始めた。
「まさか、本当に……ここまでされるだなんて――」
頂上にたどり着き、野営の準備をしていると、イレーネが水場で小動物が血を吐いて死んでいるのを発見し、オレたちは陰うつな表情で、その光景を見つめていた。
「昨日出会ったあの男が、教会にオレの事を報告したとしても……動きが速すぎると思うんだが」
「そうねぇ。貴族が次男か三男を聖騎士にしたくて、情報をかき集めていて、それに引っかかったとかなら、暗殺者が即座に動いても不思議はないわよね」
「セラエノの街では、貴族間の陰謀もあるという話ですが、拙者はそういった事はあまり……」
「そういえば……イレーネは、あの大男のギルドに属していたんだよな? ケラエノ子爵に、聖騎士見習いをしているような息子はいないか?」
あまりにも反応が早く、あんな大男を平気で使うような、ケラエノ子爵という人間に、オレはむしずの走る何かを感じ始めていた。
「そういえば……子爵には次男がいて、どこかで修行中だとか聞いた事がありまする」
「領主の会合で、くだんのケラエノ子爵どのと会って話をした事はないのか?」
「そう言われても、セラエノ公爵以外は、名前と顔が一致した人は少ないけど」
アデールは何か、考え込んでいるようだった。
「そういえば、『名前付き』がいるのに、どうやってカデストから出て来たんだ……と、恰幅のいい男性に聞かれた事があったわ」
「なぁ、イレーネ。セラエノ付近では、アビス峠の『名前付き』はそんなに有名なのか?」
「そう……ですね。ランドルフ立憲公国へと抜ける山道にも、有名な『名前付き』がいますし、ラミールの南の部族連合の土地の周辺にも、結構強い個体がいると聞き及んでおりますので……拙者が、アビス峠の『名前付き』に注目していたのは、尾が弓の素材に使えるからですから……」
「まさかとは思うが……オレの事を、そいつに話したりしてないだろうな」
「え? まさか……聖騎士の事は言ってないけど、迫り来る魔物を、光をまとった剣で、切り裂いたとは言ったわよ?」
その言葉を聞いて、オレはひざの力が抜けてしまった。
「ば、バカな事を! そんな事が、聖騎士以外にできるはずがないだろうがっ!」
「アデール殿……。聖光を放つ剣技は、聖騎士しか放てない事を、ご存じなかったのですか」
「ふぅ……。そいつがケラエノ子爵だろうよ。なら、暗殺者を呼び寄せる時間はあったって事だな」
カデストに帰るまでに、もう一波乱あるだろう事は、想像に難くなかった。
第二章を公開し終えたら、
これまで読みづらかった部分にも、
本格的にメスを入れるつもりではいます。
内容的には変化がないので、読み返す必要はないかと。