第八話 イントロダクション Eパート
ようやく戦闘シーンですね。
商売や駆け引きのシーンとも、
どちらも大事にしていきたいです。
「ふぅ……。いくらなんでも、モレイト村まで行くのは無理だし、そこらの宿屋にでも入ったらどうなんだ? 郊外とはいえ、こんな街中で野宿するようなヤツはいないと思うが?」
幸いというかセラエノを出て、西にあるモレイト村までの間は、街道が整備されているし、ぽつぽつある民家の明かりもあるので、モレイト村までの中間にさしかかろうとしていた。
「そうねぇ。人間はともかく馬車を引く馬は休ませてあげないと」
「オレたちは馬以下の扱いだってのか? ムチャさせやがって」
馬がへたばってしまっては元も子もない事ぐらいは、オレにも分かるが、すでに経営者はアデールって雰囲気だよな。
「ふぅ。こんな時間じゃ風呂にも入れんのか……」
オレは宿屋の一室で、ベッドに腰を下ろして一息ついた。
「うーん。なんだか、いろいろと展開が早すぎるんだよなぁ」
公爵と話したのが今日の昼だとは思えない展開で、セラエノを飛び出し、カデストを目指す話になってしまった。
「そういえば、あの男はどこのギルドの人間だったんだろうな」
昼前にイレーネやオレに絡んで来た大男の事を思い出した。護衛人ギルドでもないようだし、公爵の次男がやっている冒険者ギルドでもないとしたら、なんなんだろう。明日にでもイレーネに聞いておくか。そんな事を考えているうちに眠気に包まれた。
「ふぅ……六時間は眠れたか……まぁ、こんなもんだろうなぁ」
十時ぐらいだろうか。窓の外の太陽は少し高くなっていた。
「ん? 表がなにやら騒がしいようだが、気のせいじゃ……ないんだろうな」
オレはトラブルの予感に身じまいをして出て行った。
「なんであんたたちに、そんな配慮しないといけないのよ」
「うるっせぇ! ケラエノ子爵領との交易は、オレらが一任されているんだから、よそ者の出る幕じゃねえ!」
どうやら、特権商人とのトラブルのようだ。来る時には別の橋を通って来たので寄ってないが、途中の三角州には、ケラエノ子爵領という、中規模な街が存在しているのだ。
「別に、ケラエノ子爵領への交易をしてるんじゃないわよ! わたしは、カデストの領主よ? 自分の領地に物を運んだり、特産品をセラエノに運んでなにが悪いのよ!」
「なに? カデストったら、制限地域のはるか西じゃねえかっ! そんなところと交易するような……」
「おまえさん、隊商の護衛をするギルドの人間だったのか」
イヤな予感は的中し、もめているのは、昨日のあの大男だった。イレーネは部屋の中に隠れているんだろう。
「てっ、てめえは! 昨日の――」
「何をもめているかと思えば……カデストまで行くのは本当だぜ。なにせ、途中の峠には『名前付き』もいないんだからなぁ」
「な、なんだとぉ?」
「そいつが領主だってのも本当だから、ケラエノ子爵にまで迷惑をかける事になると思うが」
「ほら、見ての通りよ。こんな事なら最初から出しておくんだった」
アデールは懐から身分を示すクリスタルを取り出した。
「そういうワケだから、さっさと行ったらどうだ?」
これ以上の面倒は勘弁ねがいたいものだ。大男はようやく、隊商の移動を再開させた。
「アデール殿……申し訳ござらん」
「まぁ、おまえさんが出て行ったら別なトラブルになったさ」
部屋で震えていたというイレーネが飛び出して来て、深々と頭を下げていた。
「これで引き下がってくれるのなら、いいんだがなぁ」
いやな予感は感じていたが、考えても仕方のない事だった。
「もうすぐ、魔物が出て来る区域よねぇ……」
途中にあるモレイト村で、水や飼い葉などのいくつかの消耗品を購入して、西に向かって一時間ほどたとうとしていた。
「そうだな……みな、武器のチェックをしておこう。そういえば、スキルはどれぐらい上がったんだ? アデール」
「そうね……小剣スキルが七で、回復スキルは六。いずれも新しいスキルや魔法は覚えてないわ」
『名前付き』を倒した事により、小剣が二に、回復が一上がれば、十分だと思うがな。
「イレーネ。きみのスキルを確認させてもらっていいか?」
快く承諾してもらえたので、盟友登録をしている事もあり、かなり詳細な能力値とスキルを確認する事ができた。
「これはまた極端な一点集中タイプだな。ククリナイフによる戦闘でスキルを上げておくべきだな」
上げようとは思わなくても、格闘スキルなどの接近用スキルは上昇していくものだが、見事なまでに長弓のほぼマックス状態のスキルしかなかった。精霊の力を借りる射撃法もあると聞くが、そちらはまだまだのようだ。
「そういうあんたのスキルはどうなってるの? 確認するわね?」
アデールがこちらの了承も待たずに、ずいと近づいて来て、ステータスを確認していた。
「なによこれ。長剣も手槍もカンストしてるじゃない。盾は通常二十のところが聖騎士効果で+10でそれもめいっぱいって。ほかにも聖騎士のスキルが、味方の状態回復と支援に、聖剣技法? 神聖魔法は現在使用不可?」
何度も転生を繰り返している人間と比べれば、たしかにここまで技能を伸ばしている人間も少ないのだろうが、アデールはじと目でオレを見つめてから離れていった。
「さて、どういう布陣にするかだが……二人とも前衛だな」
「そういう事ね。わたしは小剣を伸ばして、イレーネがククリナイフを使うのね。あんたはどうするの?」
「オレは、馬車の番かな。危なくなったらオレが切り込むから、誰か下がるようにしてくれ」
「はっ! 拙者のために時間を割いてくださるのですね? まことにありがたい!」
イレーネは長弓を荷台において、ククリナイフを抜きやすいようにベルトを調整していた。
「せりゃぁっ!」
何度目かの直接戦闘で、イレーネはひるまずに魔物に切りかかる事ができるようになっていた。
「これで決めるわよ……たぁっ!」
「ングゥっ――」
「やりましたね、アデール殿」
「うん……この前に比べたら、だいぶ楽よね」
どこからか迷い込んで来た、一匹のゴブリンは、二人が交互に切りかかる事で、みるみる体力を減らし、アデールの小剣をのどに受け、悲鳴も上げられずに崩れ落ちた。
「あっ、拙者の短刀(ククリナイフ)のスキルが、二に上昇しましたっ!」
「おめでとう。そのころが一番しんどいのよね。これで、もう少し戦いやすくなるわね。ゆっくり鍛えていきましょう」
意気投合しているのはいいが、ほぼオレの出番はなかった。別に覚えられるスキルの合計値とかはないので、何か新しい武器でも使ってみるべきかもな。
「ん? なにやら、向こうの方が騒がしいようだが」
まだまだ制限地域には遠い事もあり、それほど強力な敵もいないはずだが、小高い森の向こうの方で、魔物が騒ぐ鳴き声と、弓が放たれる音が聞こえてきた。
「珍しいわね。こんなところで狩りをしている冒険者でもいるのかしらね」
「遠方まで足を伸ばす事もないではないですが、拙者ならもっと別の狩り場を使いますね」
「火矢を放っているのか? なにやら、きなくさいにおいもしてきたぞ? 注意をした方がいいな」
「プギッ……プギュァアアッ――」
「豚頭……オークか。たいした敵ではないが……おい、待て!」
二匹のオークが、何かにせきたてられるようにしてかかって来たのを見て、アデールとイレーネは、これまでと同じように、二人がかりで戦端を切り結んでしまう。
「そうりゃぁっ! なぁんだ、楽勝じゃない。とどめさしていいわよ? イレーネ」
アデールが、二度三度と小剣を振るうと、血しぶきが舞って、オークの体力が激減した。
「はいっ! たぁぁっ!」
イレーネの気合いのこもった上段からの切り下ろしは、オークの肩口に深々と突き刺さったが、体力を削りきる事はできなかったようだったが、返すやいばで倒していた。
「じゃあ、こっちも削っておくわね!」
「おい、何か変だぞ! 気をつけろ!」
「プギュゥワァッ……」
オレが止めるのも聞かずに、アデールはオークの頸動脈を狙った、部位攻撃をしかけていた。
「あちゃ……はずれちゃった! イレーネ、入って!」
「はいっ! たぁっ! せいっ!」
イレーネは遠間から、斜めにククリナイフを切り下ろすが、先端がオークの肌を切り裂く事しかできずにいた。
「って、この音なによ! あ、あれ……全部魔物なの?」
アデールが指さす先には、火と煙から避けるように、六匹ほどのゴブリンと、二匹のホブゴブリンがこちらに向かって、殺到しつつあった。
「いかん! 早くそいつをしとめろ! 悠長な事は言っていられんのだぞ」
二人の前に立って、敵の攻撃を受け止めたかったが、すでに距離が空いてしまっており、二人とも下がる気配を見せなかった。
「は、はいっ! てやぁっ!」
「プギィィッ――」
イレーネは、多少のダメージを覚悟して、深く踏み込んで、運動エネルギーの乗った重い一撃を与えて、オークを倒した。
「言わんこっちゃない。少しずつ後退しながら、二人がかりで一匹づつゴブリンを倒すんだ! 背後に死角を作るなよ」
オレは、イレーネが荷台に置いていた長弓をつかみ、矢筒を開いて、弓をつがえた。
「イレーネ、体力が減ったら言うのよ?」
「はいっ……アデール殿……くっ……全部襲って来るとは!」
回復能力のあるアデールが後衛に回るのは当然ではあるが、いまだ短刀スキルが二しかないイレーネにとっては、二匹のゴブリンを相手にするのは無理があるだろう。
「イレーネ! 左には動くなよ? いくぞっ!」
オレは引き絞ったゆづるにかけた指を離し、左にいるゴブリンに矢を放った。
「プギュァッ!」
修行時代に習って三レベルに上昇させただけでは、一撃で倒すには至らなかったが、大きなダメージを与える事ができたようだ。
「せぇいっ!」
イレーネの負担を高めないためにも、アデールが右側の敵に向かって加勢しはじめる。
「オレの射線には入るなよ? せりゃぁっ!」
二射目の矢は先ほどのオークの首筋に深く突き刺さり、悲鳴も出せずに前のめりに倒れた。
「ホブゴブリンさえいなければ……ええいっ!」
オレは、三レベルで覚えた速射スキルを使うべく、数歩前に出て、弓をかまえて、スキルを発動させた。
「せりゃぁっ! そらっ……そらぁっ!」
本来は短弓で使うようなスキルではあるが、筋力が十分だったので、あまり威力が減衰する事もなく、先頭を走っていたホブゴブリンの胸元に連続して矢を突き立てた。
「くっ……いけるか……」
連射スキルが終了した事によって生じた、若干のすきを埋めるべく、オレは瀕死のホブゴブリンにとどめを刺そうと、狙いをつけたが、いまにも山刀でイレーネに躍りかかろうとしていた。
「せやぁっ!」
もはや、イレーネと意志疎通ができる状態ではないが、弓使いである彼女なら、オレの射線に気を遣ってくれると信じて、必殺の矢をホブゴブリンに放った。
「ムグっ……グギィ……」
矢は頭を狙っていたのだが、風でそれてしまい、偶然にも心臓に命中し、ホブゴブリンは血を吐きながら崩れ落ちた。
「一気に行くわよ! てぇりゃぁっ!」
「せぇいっ!」
ホブゴブリンが死んだ事により、圧力が減じたタイミングで、二人が一気に攻勢に出て、見る間に二匹のゴブリンに血泡を吹かせながら前進していった。
「一度下がれっ! ホブゴブリンを始末するのが先だ!」
オレは再び連射スキルが使えるようになっていたので、射程に入るように、前進して声をかけた。
「わかったわ。こいつを倒したら!」
「たぁっ! りゃぁっ!」
二人は眼前にいたゴブリンに、左右から切りかかり、見る間に体力を削り取り、地面に伏せさせた。これで、残るはゴブリン一匹と、ホブゴブリンが一匹だ。
「二人はゴブリンを相手にしろ! ホブゴブリンはオレが矢をいかける。無理はするな」
その後、連射スキルでホブゴブリンの体力を半減させてから、腰からつるしていた長剣に武器を切り替えて倒し、ゴブリンも二人がかりで倒す事で、ようやく危機から脱する事ができた。
「火矢を放ったやつはどこに消えたんだろうな……」
てっきり、魔物にやられて倒れていると思っていたのだが、いくら捜索しても姿が見えなかった。
「そうですね。あの高台からなら、一方的に火矢を放つ事ができて、拙者たちの方に魔物を誘導する事ができますね」
イレーネは、少し先にある、古いとりでのあった高台を指さした。
「って、それじゃあ、わたしたちは狙われたって事なの?」
「ああ。直接は手を下せないが、狙った相手を死地に追いやる事はできるからな」
オレたちは謎の妨害者の影を感じて、背筋を震わせていた。