第五話 イントロダクション Bパート
ようやく個人の名称が明らかになりました。
10/29:微調整しました。
「くっ……。昨日行った領主の会合の場所より、はるかに広くて、豪華じゃないか――」
あのあと、素材を彼女の旧知の店に渡して、銀貨一千枚での加工を依頼してきた。利ざやは相当減ったとは思うが、職人としての欲が勝ったようだ。
「領主の会合場所は、これからうかがう方の私邸のひとつですが」
彼女に案内されるまま到着したのは、ちょっとした公園ほどの広さの邸宅で、配置された針葉樹の間からは、白磁のような大理石の壁肌がまぶしく輝いていた。
「セラエノは領主たちの集まりによる、ゆるやかな自治州だと聞いていたんだがな」
「元はといえば、セラエノ公国でしたので、領主たちの中でも別格なのですが、ご存じなかったんですね」
そういえば、歴史の教科書で読んだような気もするが、そこまで再現しなくても。
「さっそくおいで頂き、ありがとうございます」
門のところで来意を告げると、すぐに通されて、先ほどの執事が姿を現した。
応接室は時の重みを感じるような、黒檀の家具で、統一されており、テーブルの上には、オレが見ても分かるほどの、高価な茶器が並べられた。
「せっかくのお誘いだからな。だが、なにぶん見ての通りの山だしなんでな。失礼をするやもしれんが」
給仕係の男性が、紅茶の葉を絶妙な蒸らし具合でカップに注いださいに立ち上った、久しく味わった事のない馥郁とした香りを楽しんだ。
「左様でございますかな? 失礼ながら申し上げると、隠しきれていないものがあるようですが」
「あの、どういう事なのでしょうか? 拙者にはまったく理解できないのですが」
長弓使いの女性は、不安げに問いかけて来た。
「いま、主人がまいりますので、少々お待ちください」
執事の男性は、洒脱なしぐさで頭を下げて退出していった。公爵家なら、複数の執事がいるのだろうが、何番目の執事なのだろうか……。それによって、事の重大性をはかる事ができるだろう。
「あまり緊張するなというのも、意味がないかもしれんが、肩の力を抜いておくんだな」
「そう言われましても、拙者は貴族の邸宅に入ったのも初めての事でして」
貴族に転生するのは相当の苦労が必要だから、崇敬するのも理解するが、かしこまる必要性は感じない。
「お待たせしたようですな。どうか、楽にしてくれたまえ」
先ほどの執事をともなって、この屋敷のあるじ。すなわちセラエノ公爵が姿を見せた。その振る舞いは年齢を重ねた重厚さと、気品を兼ね備えていた。
「西の鉱山の街から出て来た。もっぱら、護衛人をなりわいとしている者だ」
偽名を名乗るつもりにもなれなかったし、反応を見るために意図的に名乗らずにいた。
「あの、四年前からこの街を拠点とさせていただいております!」
彼女も何とかあいさつをする事ができたが、緊張しすぎだろう。
「ふむ……。虚礼は好まないようだし、そろそろ本題に入ってもよろしいかな」
名乗らない事に気を悪くしたそぶりも見せずに、話をはじめた。
「わざわざ出向いてもらったのは、ほかでもない。この街のギルドの事になるのだが……」
いすに座ったセラエノ公爵の姿は、威圧的でもなく謹厳とした態度だった。公爵の方から胸襟を開かれては、こちらもそれに応じるしかない。
「想像はしていたが……オレたちが先ほど絡まれた、あんな男がこの街には多いのか?」
「多くはないのだが、はばを利かせているようだ……。ほかの街のギルドは組合のようだが、ここでは仕事の元締めと言っていい状態なのだよ」
「ふむ。仕事をほぼ独占して依頼する者と、それを請ける者。健全な運営方法と言うにはほど遠いようだな」
口調を改めないせいか、後ろで彼女が、気をもんでいるようだ。
「その通り。つねづね改善させようとは思っていたのだが、領主と結びついた利権となってしまっている」
「利権か。それでは下手に介入すると、領主の懐に手を突っ込む事になってしまい、自治独立のたてまえが、根本から崩れてしまうという事か」
推論を口にすると公爵はだまってうなずいた。
「そこで、ギルドを健全な形に戻すためには、外側から変革するしかないと考えたのは分かる。だが、どうしてオレのような人間に、声をかけてくれたのかな?」
「うむ。わたしの意をくんだ者を送り込む事も考えたが、発覚すると、やっかいな問題になるのでな」
セラエノ公爵は、想像していたより一回りも二回りも、大きい男のようだった。見た目の年齢だけでは計り知れない、重みと深さを感じさせた。
「並大抵の人間では、この構造にくさびを入れる事ができないと思っていたのだが」
そこで話を止めると、公爵は指を鳴らして執事に合図を送った。
「どうも失礼します……また会ったわね。って後ろのあなた誰?」
入って来たのはほかでもなく、今朝送り届けた少女だったが、後ろの彼女に気がついたようで、深く興味を示していた。
「くっ……やはり、おまえが公爵にオレの事をバラしたのか」
こちらが望まなくても、いずれどこかで再会するとは思っていたが、こんなところで、こんな形で会いたくはなかったので動揺してしまう。
「なんの事? わたしは公爵に問われた事にお答えしただけよ?」
その態度を見るに、秘密は口にしていないようだが、安心はできない。
「まぁ落ち着きたまえ……。彼女が領地から、制限地域を越えて、この街までたどり着いたというので、詳しい事情を聞かせてもらっただけだよ」
給仕の男性が少女にも紅茶の用意を整えているのを、横目で見ながら、オレは動揺をしずめていった。
「冒険者ギルドの長は、わたしの次男でね。彼からの報告もあったので、君の事を探していたんだよ。人選の理由はそれでじゅうぶんだと思うがね?」
「ああ。見苦しいところをお見せしたようだ。それで冒険ギルドでは、報奨金を用意していたのか」
昨日ちらっと顔を合わせた護衛ギルドの長も、あまりいい雰囲気を感じなかったし、さきほどの大男の事も考えると、冒険者ギルドだけが、公正さを感じる事ができた理由に納得できた。
「では彼女も、この街のギルドの健全化の計画に、関係しているのですか?」
「ああ。それについて述べようとしたところだが、その前に――」
公爵が再び指で合図をすると、先ほどの執事がオレの横まで歩み出て来て、テーブルの上に一枚の証書をすべらせた。
「金貨、一千枚の証書?」
オレはその意味をつかめずにいた。
「彼女を無事に街まで送り届けておきながら、なぜかクエストには失敗された……。との事を聞き及びましたが、わたしの裁量で認めさせました」
「ふむ。三分の一とはいえ本来支払う義務がない事柄に介入してもらったと言う事か」
少女は完全に納得していない表情のようだが。
「つまり、表向きの支援者を立てるわけか――」
「察しが早いようなので助かるよ。可能な限りの支援をするつもりではいるが、なにぶん外聞があるのでな」
「受け取る条件としてこの街で基盤を作り、いまのギルドの風潮に風穴を開けて欲しい。そう受け取ればいいんだな?」
「ああ……。彼女との窓口も必要だそうだし、決して悪い話では、ないはずだ」
「そうなのよね。あなたには領地に帰る時に、同行してもらわないといけないし」
彼女にしてしまった事を考えると、仕方のない事かもしれんが、既成事実にされるのは不愉快だ。
ここは公爵の顔を立てねばならんがな。
「表向きには人員を用意できないようだが、たった二人ではできる事は限られるぞ? せんだっての連中の介入を考えると、二人では対応しかねるな……」
「わたしもいるから、三人でしょう? まだまだ、鍛えてもらわないとね……」
「ぐっ……まぁ、回復要員がいるのは助かるが、法術の修行はどうするつもりだ?」
高度な法術を学ぶために、神学校に所属するはずだが。
「この街の神学校に所属はできたけど、スキルの成長は時前でやるのが前提だからね。もっとも、わたしは最初から、そのつもりだったけど?」
そこまでオレに関与をし続けるつもりとは知らず、息を飲んでしまった。
「あの……こちらの女性を紹介して頂けないでしょうか?」
長弓使いの女性はまったく話についていけないようで、ついにその口を開いたが、空気を読んで欲しかった。
「わたしは、はるか西の鉱山の街の領主をしている、アデールよ。そこの彼とは、この街まで護衛してもらった縁で、『二世の契り』を結ばせてもらっているわ。あまり、干渉するつもりはないから、安心してね」
「そ、そうだったのですか……領主さまの、内縁の良人でしたか」
「言っておくが、オレはアデールにだまされたような物だからな!」
長弓使いの女性が妙な勘違いをしているようだったので、くぎを刺しておいた。
「話を戻すが……三番街に、住居込みの事務所を作れる物件がある。アデール殿の名前で、仮押さえをしてあるが、購入金額は金貨九百枚になる」
「残り百枚で当面の費用にしろって事か……。最低限の調度なら、整える事もできると思うが、運転費用として考えると……。って、人件費しかかからないのか」
最初はこの三人で回していくのなら、家賃が発生しないほうが、なにかと気が楽ではあるだろう。ただし長く腰を据える事になるのは間違いがないようだ……。
「光栄な事に、公爵には後見人になってもらったわ。領土の代官には、あなたを連れて来た人を当てるつもりだし、当面の間はお世話になるわね」
アデールのその言葉は、頭の痛い毎日のはじまりを告げていた。
「その、拙者は長弓使いで、『狙撃手』のイレーネと申しまする。なにぶん、弓しか取りえがないので、なにかとご迷惑をおかけするやも」
十日かそこか雇うって話だったんだが、すっかりその気になっているようだ。まぁ、アデールよりは御しやすいと言えるが。
「うむ。話がまとまったようだな。ところで、差し支えなければ、そろそろ名前をうかがっておきたいんだが、かまわないかね?」
公爵の期待の視線に、オレは判断を迫られてしまった。
感想をくださった方々には感謝しています。
できるだけ、描写を描き加えてみました。