第三話 ビギニング 後編
いわゆる『朝チュン』要素がありますので、ご注意ください。
10/29:微調整しました。
「引き継ぎスキルだと? どんな効果を発するんだ?」
フレンド登録もしていないパーティーでは、確認できない領域がユニークスキルだ。まさか、そんな隠し技を持ちながら、口にしないとは想像だにしていなかった。
「今のところは一日一回しか使えないみたいですが、敵の意識を凍らせるとしか」
「意識を? 肉体を物理的ではなくまひさせるような物か」
それが本当だとしたら、現状を打破する事ができる。
「信じていいんだな――」
無言でうなずいたので、オレは手はずを整える事にする。
「くらえっ!」
オレは、手はず通りに敵に近づいていき、手槍を手前側の、ホブゴブリンに投擲した。
少しずつ磨いていた、スニークスキルが功を奏したのか、深手を負わせる事ができた。
「ほら、かかってこいよっ! 敵はここだぞ!」
むろんホブゴブリンが言語を解するワケではないが、注目を集める必要があった。
「うぉっと……やるじゃないか。おかえしだ!」
手負いのホブゴブリンの山刀を盾ではじき、引き抜いた長剣でその腕をなぎ払う。
いわゆるパリィスキルというのは、護衛人にとっては、基礎中の基礎ともいえる。
「くっ……反応が早すぎるぜっ!」
あっという間に、残り二匹も殺到してしまい、オレは受け流すのに専念していた。せめて一匹減らしてから、攻撃をしかけるように言っているので、ねばるしかない。
「くそっ……おまえじゃないんだよ!」
手負いのホブゴブリンは背後に回ろうとしている。同時に右手の個体も襲いかかってきた。パリィはほぼ成功しているので、体力は一割も減っていないが、スタミナは減少する。
「どりゃあっ! くっ……痛ってえな!」
バックステップをして手負いの個体を始末する事に成功したが、手傷も負ってしまう。だがこれで、少女がユニークスキルを使う、前提が整ったというわけなんだが。
「くっ……まだなのか……くそぉっ!」
左から攻撃してくる個体の山刀の切り下ろし攻撃を、体勢を崩しながらも受け止めて、右にいる個体に長剣で切りつけた。
だが、手槍を手放しているので、リーチ不足であった。即座にどうこうという事もないが、このままではじり貧になるのは、目に見えていた。
「何をやって……んん?」
左側から遠回りして、魔物に接近するはずの少女は、一匹のゴブリンと戦端を開いていた。
盾すら装備していない無防備な状態だが、敵の動きを読んで避けながら、一撃を与えようとしている。
「こりゃあ、さっさと片付けた方がいいな」
オレは誰にも見られていない事を確認し、左手で保持していた盾を足元に投げ捨てた。
「グルゥッ?」
オレの気合いの変化に気づいたのか、左手のホブゴブリンは下がろうとしたが、それを見逃すオレではなく、開いた左手から衝撃波をたたきつけ、右手の長剣で切りつけた。
邪悪な属性の相手を、ひるませる効果があるので、大きなすきを作り出す事ができた。
「せいやぁっ」
次に左手で右手に握っていた剣のつかを保持し、両手の力で斜めに振り下ろした。
剣先からはわずかに剣気が流れ、ホブゴブリンの首筋に命中し、絶命させるに至った。
「うぉっと!」
さすがに二度も連続して大技を使ったので、息も上がりスタミナも枯渇しかけており、再び手にした盾で、残った一匹の攻撃をしのぎながら、スタミナの回復を待ち続けた。
「お待たせしましたっ!}
ゴブリンを小剣でしとめたのか、少女はホブゴブリンの背後から襲いかかり、小剣を深々と突き刺した。
ホブゴブリンは、精神を凍らされたのか、驚きの表情のまま動きを止めていた。
「せいやっ!」
そのすきを逃すワケもなく、オレの長剣は斜めからホブゴブリンを両断していた。
「固有スキルを使わずに、ゴブリンを倒していたのか」
「はい。二度も自分に回復魔法を使ってしまいました」
手間取ったせいなのか、妙に謙虚な態度なのが気になった。
「まさか、あんなところにゴブリンがいたとはな」
「いえ……。私がふがいなかっただけですから……そのぉ……」
やはりどこか態度がおかしく。オレは嫌な予感を感じた。
「あの、盟友登録をお願いできませんか? いろいろと……便利だと思いますし」
盟友登録とはフレンド登録の一種で、相当の情報を共有する事になってしまう。そのような必要性はみじんも感じていないので、意図をつかめずにいた。
「すまんが、その話はあとだ。こんな見通しのいい場所に、居続けるわけにはいかない」
オレは、少女の先ほどの言葉に、背筋に嫌な汗をかいてしまっていた。
「あのっ! いまので小剣スキルが五になって、新しい技を覚えました。切れ味増強です」
無邪気な表情で報告しているが、なぜにこれほど心を許すのかが分からないのだ。
「そうか。ゴブリンの一匹程度なら、傷を負わずに倒せるようになるんだろうな」
少女が従順になった事により、制限地域でも無理せず戦えるようになっていた。だが、一歩踏み込んでくるのを、そうと知られずに引く事の難しさに悩んでいた。
「ここなら、安全が確保できそうだな。野営にしよう」
可能な限り戦闘を避けているせいもあり、制限地域のなかばまで到達する事ができた。すでに日も暮れかけており、オレたちは手分けをして野営の準備を進めていった。
「ふぅ。明日中には、制限地域を抜けられるといいんだがな」
「そうですね。最初はどうなるかと思いましたが、あなたとなら、わたしは……」
なにやら、意味深な視線を向けて言うものだから、オレは焦ってしまった――。
「デスペナがきついってだけで、そこまで強力な敵はでないからな。ただし覚えておけ。絶対に手出ししてはいけない、危険な魔物がいるって事をな。名前のあるヤツは特にだ」
こればかりは注意しておかないと大変な事になるので、念を押しておいた。『名前付き』は、こちらから攻撃をしかけない限り、反応しないのだから。
「少し早いが寝ておくぞ……。わなをしかけておいたから、まず大丈夫だと思う」
わなとは言っても、敵の接近を知らせる汎用スキルのようなものだ。少女はこくりと首を振って、寝袋へともぐりこんだ。
「ん? 眠れないのか?」
夜半すぎに、たき火の火勢が弱まったのを感じて目を開けると、視線を感じた。
「あの……あなたは、どうしてそんなに孤独でいられるんですか?」
他人との間に、一線を引き続けているのを、看破したかのような表情だった。
「そうだな。もし、おまえさんがここで置き去りにされたら、それでも人を信じていられるか?」
人間を攻撃する事は、PCであってもNPCであっても許されない。だが、裏切る事や出し抜く事は、むしろ推奨されているのではないかと思うぐらいにたやすい。
「つらい思いをされたんですね……。私も前回の事は覚えていないのですが――」
そう言って少女はうつむいて、たき火に枝を放り込んだ。
「おまえさんは、転生は何度目だ?」
「もう、忘れてしまいましたが……。初めて放り込まれた時の事は覚えています」
この世界では、人殺しと暴行以外の悪行は可能だ。だが、それにより悪業が蓄積する。蓄積した悪業は成長に阻害をきたし、転生を余儀なくされるだろう。
「そうか……」しゃばでの、性別を含む個人情報を聞き出す事は、厳しく制限されている――。
この世界でのトラブルをしゃばに持ち込む事は、秩序の崩壊をまねきかねないからだ。
「現領主とは、長い付き合いなのか?」
この世界では個人のIDのような物は、本人でも知る事ができない。ゆえに、転生のさいにも名前を任意でつける事は原則できないのだ。数少ない例外のひとつが、領主となるほどに、人望を集めた場合だ。
「はい。前回の記憶は薄れているんですが……血の盟約を結んでいますから」
『血の盟約』は盟約の中でも上位に当たり、親子として転生し続ける契約である。交互に親子になる事によって、権力の継承をはかるような場合でのみ使用されている。
ただしデメリットも大きく、成人を認められるまで、自由意志が認められない。
「そうか。そこまで信じられたって事は、いい関係だったんだろうな」オレは毛布をかぶって、ごろりと横を向いた。
「ふぅ……この分なら、何とか峠を越せそうなんだが」
「あの、休憩ですか?」
オレが、ふと足を止めたので問いかけてきた。
「いや、説明をしておく必要があるからだ……」
なぜ峠の名に『奈落』の名が冠せられたのか。それは『名前付き』がいるせいだろう。
ここの主は巨大な竜でもなければ、悪魔のように強力な魔法を使うわけでもない――。だが、これまで倒せたという人間がおらず、足止めをする間に逃げる事しかできないと聞く。
「巨大な赤いトラのような姿の魔物で、毒針を持つしっぽですか」
「だが、こちらから攻撃の意志を見せない限りは、無害だからな」
『名前付き』など、めったにお目にかかれる物ではない。その習性を知らない愚か者以外は、恐れる必要はないのだ。
だがそれは、冷静さを守れたらの話だ。
「ここを無事抜ければ、今日中には制限地域を抜けられるだろう」
「あとは、少々無理をしてでも、セラエノまで進めばいいんですね」
ようやく目標が見えて来た事もあり、力強い視線を感じた。
「そろそろだ……落ち着け。剣から手を離していてもいい」
オレも手槍は背負っており、注意深くあたりを見渡した。
「わ、わかりました……」
まもなく峠の頂きにさしかかろうとしており、少女の緊張も相当のものだろう。
「何があっても血迷うんじゃないぞ」
「はい……わかっていますから……」
徹底的に少女を信用していない事が不満のようだが、無理もなかろう。
「あれが、ここの『名前付き』のようだな……。ん? どうかしたのか」
息をひそめるようにして山頂に到着し、魔物の姿を目視したのだが、様子がおかしい。
「あっ……兄のかたき!」
少女は血走った目で、小剣を抜いて、魔物に向かって駆けだしていく。
「なっ! 何を考えている……ちっ。そうだったのか」
少女はここで兄を失っていたという事を、忘れてしまっていたようだ。家族の誰かがいずこかで倒れた場合、すぐにでも助けにいくのが『家族のきずな』だ。
いてもたってもいられない思いに駆られるとは聞いたが、かたきにまで作用するとは。
「ええい! 考えのおよばなかったオレが悪い」
こんな場合の契約は依頼人の解消扱いにできるが、それでは夢見が悪いってもんだろ。
「し、死ねぇっ! 化け物! 兄さんを……返せぇぇっ!」
少女は死にものぐるいで、小剣を振るうが、ことごとくよけられているようだ。
「そこを動くなよ? てりゃぁっ!」
オレは背中から手槍を引き抜いて、魔物の柔らかい腹部に投擲した。
「ブモォァワァァッ――」
いままさに少女に襲いかかろうとしていた魔物は、手槍が突き刺さり悲鳴を上げた。
「できれば使いたくなかったんだが……おい、鎮まれっ!」
オレは少女に手を向けて、ある属性のスキルを解き放つ。
「なっ……これは……どうして?」
「正気に戻ったか! いいから下がって、オレをヒールし続けるんだ!」
盾を足元に落としておいたので、オレは長剣を両手で保持した。正直、『名前付き』の魔物などを相手して、勝てるとは思えないが引く事もできない。
「くっ! ちぃぃっ……うぉぉっ!」
オレは魔物の動きを見て、その行動を先読みする事で、牙から逃れる事ができた。
「なかなかっ……すきを……ぜぇっ……見せやがらねぇ!」
魔物の攻撃のほとんどは受け止めてはいるものの、攻めに転じる機会が訪れて来ない。オレは、じわじわとスタミナを減少させていくしかなかった。
「完全にオレに注意が向いているようだ。いまのうちに、山を下るんだ」
すでに何度かオレに回復魔法が飛んで来ているが、残りの回数は少ないはずだ。
「えぇっ? そんな……それでは、見殺しじゃないですかぁっ!」
「仕方がねえだろ……。二人そろってブッ倒れるよりゃあ、可能性がある」
致命的な失敗に至れば、街の顔役の男の立場もなくなってしまうだろうしな。
「もうあまり持たねぇ……早くいけっ……オレが弱音をはかないウチになぁっ!」
体力こそ八割以上をキープしているが、パリィできなくなれば、その先には――。少女は全身を硬直させるかのようにしてから、一目散にオレの視界から消えた。
「う、うぉぉおっ。こんなところで……オレはっ!」
魔物の牙を受け止め続けてきた長剣は、真っ二つに折れてしまい頭が真っ白になった。
「ふっ! てりゃぁっ!」次の瞬間、横合いから少女が小剣を手に、魔物に切りかかった。
「なっ! 何をしている」
オレはそう口にしながらも後ろに退いて、懐に入れておいた短剣を取り出そうとした。
「右手の方に長剣が落ちていますから! 兄の遺品ですので、大事に使ってください!」
言われるままに右を向くと。これまでの被害者の物と思われる、武器が転がっていた。
「ちっくしょう! ムチャ、しやがってぇぇ!」
オレは頭に血を上らせながらも冷静に、最も品質の高そうな長剣を拾い上げた。
「もういいっ! 下がれ」
少女のユニークスキルでまひしていたのか、動きが遅くなっていた魔物に飛びかかる。
「くっ、せりゃぁぁっ!」
オレはいつもの長剣のように、両手でつかを握り、上段から勢いをつけて振り下ろした。
「ブッ! ブルモゥワァ」
長剣は、魔物の側頭部から深々と突き刺さり、妙なエフェクトが生じて散じた。魔物は左目を失ってしまったようで、怒りに震えている。
「こ、この剣はもしやっ」
オレが長らく追い続けて来た、ある特定の能力を持つ希少な長剣のようだ。
「宝剣シルバーレイディアンスです。あなたがもし『そう』であるのなら倒せるはずです」
少女は、オレにスタミナを回復させる祈りをささげながら、叫んだ。
「怒り狂っているようだし……倒すしかないようだなっ!」
オレは、かつて身につけた剣の型を再現しながら、体内の気を練り上げていった。
「もし、次の一撃で倒せないようなら、おまえは逃げろ!」
「その宝剣が……。力を発揮できないわけがありません」
「ふっ……そこまでオレの事を信じていいものかねぇ」
すでに準備は整っており、剣先からは剣気が漏れ出ていた。
「ブッ…………ブルグワァァァッ!」
「せぇいっ! 神雷剣、一の太刀!」
オレは助走をつけて飛びかかって来た魔物に、聖気を込めた一撃を放った――。
「大事に使ってくださいと、言ったじゃありませんかっ!」
「すまん……どうやら限界だったようだな。普通は二割も通さないんだが、八割も通したようだ」
『名前付き』の魔物は倒す事ができたのだが、宝剣はその代償に壊れてしまっていた。
「機嫌を直せ。荷物はこれ以上無理だし、出発しよう」
「この責任……。きっちり、取っていただきますから――」
セラエノの街の門が閉まる直前にくぐりこむまで、少女の機嫌は直らなかった。
「紹介状ね。それは明日にでも改めて来てもらうとして、護衛の任務の完遂を手続きしよう」
自治領主の会合は明日なので、儀式が終了してから、報酬を受け取れると説明された。
「なにぃ? 一部屋しか空いていないだとぉ?」
「なにせ明日は自治領主の会合ですからねぇ……ほかも同様だと思いますよ」
護衛ギルドの長に紹介してもらった宿はおろか、最後の一軒ですらこの状態だ。
「私は別にそれでかまいませんから、部屋をお願いします」
「お、おいおい……おまえさんだけ泊まろうってのか」
「ただし、ちょっとお高い部屋になるのですが……よろしいでしょうか?」
「ええ……もちろんよ。それなら、都合がよかったわ」
「ちっ……。ここらで人を泊めてくれるような、馬小屋はないもんかねぇ」
「あなたは何を言っているのですか? もちろん、一緒に決まっているじゃないですか」
少女は、奇妙な物を見たとでも言いたげな表情を浮かべて、オレの手を引いていった。
「お、おい……。何を考えているんだ。仮にも男と女がだなぁ……それに……んっ――」
オレは、少女に手を引かれて、豪華な部屋に入るやいなや、その『意志』をしめされた。
「責任は取ってもらうと言ったではありませんか……聖騎士の血、当家にいただきます」
「なっ……おいっ! そんな事まで承諾してねぇぞ……って、服を脱ごうとするなぁっ」
「何も聞かされてないのですか?」
「何もって、何の事を言っている?」
「そもそも、継承の儀式を行わなければ、父の次の肉体を用意できないじゃないですか」
「もしかして……やけに高い報酬は、そういう事なのか?」
「ですから、何度も名前を聞こうとしていましたのに」
「って、待て待て! そういう問題じゃないだろうっ――」
「フフ……。寡黙なようでいて、かわいいヒトなんですのね」
オレは、次から次へと襲いかかる男の試練をはねのける事ができなかった。
「うぅっ……。朝なのか……。それにしては、やけに日が高いようだが」
オレはベッドの上で目を覚まし、窓から降り注ぐ陽光に、目を細めた。
「そもそも女で失敗したのが、けちのつきはじめだったって言うのに……。んくっ……」
隣では昨夜の大胆な姿とは裏腹に、寝息を立てる、無邪気な少女の肉体を感じた……。
「お客様……。昨晩はお楽しみのようでしたが……会合はまもなく始まるようですが」
朝から体力を使ってしまい息を整えていると、宿の主人が声をかけてきた……。
「なっ! なにぃ? それに遅れたら、台無しじゃ……って起きろよぉっ!」
「銀貨一千枚しかもらってないんだぞ? 大赤字じゃねえかっ!」
だが、いくら呼んでも目を覚ます事はなく、
オレは黄色い太陽に向かって、ほえる事しかできなかった。
ええと、『描写』はしていません。
正直、ギリギリだとは思います。
『少女』と書いてはいますが、作中にある通り、成人しています。
公式に注意されたらR15を入れる事にします。
もしくは、問題のありそうな部分の修正ですね。
とことん固有名称のでてこない作品ですね。
実際まだ主人公の名すら考えていません。




