第二十話 リクルーティング Cパート
思ったより短かったですが、
これで第三章も終わります。
「もうすぐ頂上っスから、ここで休憩しておいた方がいいっスよ? アニキ!」
「ふぅ……。思っていたより、こう配がきつかったな。大丈夫か? 二人とも」
「はぁ……はぁっ……こんなに急な坂を上がるのは……かなり久しぶりよ……」
「はぁ……アビス峠は、ここに比べたらかなり楽ですからねぇ」
オレたちは、獣道に近いような坂道を、小一時間もよじ登るハメになってしまった。
「あいつら、一番狭いところで、通せんぼをするから、誰も出入りできないんだよ」
「そこまでしているのか……それじゃあ、こっちを通るしかないだろうな……」
暴行ができないという事は、押しのけて通る事もできないので、ごくまれに、そういった嫌がらせが生じる事があるらしい。だが、それをもって犯罪と見なす事もできない。
「ここからも、結構狭い道を通るから、やつらに気づかれて通せんぼされないようにしないといけないっス」
「こんな小道じゃあ、一人二人でじゅうぶん封鎖できるか」
その後も、エミルを先導させて、ケサナ渓谷の裏手へと慎重に、進んでいった。
「あの建物が、領主の館っスよ。けど、外に出て来ないと、手出しできないんじゃないっスかねぇ?」
半時ほど、敵に視認されないように、気をつけて下りていくと、領主の館の裏手の雑木林に移動する事ができた。
「館から視認されない程度に移動したいんだが、ルートは選定できるか? エミル」
単に資産没収と追放の命令に従うとも思えないし、それだけで、罪に問えるかも微妙なところだ。
「こっちの裏手から行けば大丈夫っスよ。すぐ近くの茂みまで行けるっスから」
エミルは役立てるのがうれしいのか、上機嫌でオレたちを先導していった。
「お待ちください! わたしはもう、領主殿から解雇されているのですよ? いったい、どうしようと言うのですか? いやぁっ」
エミルの先導で、領主の館の入り口を監視する事が可能な草むらに着くと、元メイドらしい若い女性が、ごろつき三人に連れていかれるところだった。
「誘拐だな……。いま、クリスタルで記録中だ」
オレは懐からクリスタルを取り出して、その悪行を報告して、逮捕の命令が下るのを待っていた。
「そうだ、エミルくん。パーティーに入っておかないと、敵を攻撃できないかもよ?」
「う、うん……。わかったっスよ」
アデールが操作をして、エミルもパーティーに加わったようだが、視覚的なサポートはされないので、すぐには確認できない。
「早くしないと、中に連れ込まれますぞ? ご主君……」
「もうすぐだと思うんだが……許可が下りた。行くぞ!」
オレは小声で皆に指示を出して、同時に飛び出す事にした。
「なっ……なんでぇ……いったい何者だ?」
「セラエノ自治州の連合憲章違反により、おまえたちを逮捕する!」
オレは先頭に立って、ごろつきの前に立ちはだかり、騎士の証のクリスタルを見せつけた。これにより、いくら攻撃しても死ぬ事はないが、失神すると即座にセラエノ州警察の拘置所に転送されるという仕組みだ。
「ええい、なんだか知らんが、やっちまえ!」
メイドの腕をつかんでいる男が、配下らしい二人に指示を出すと、半ばヤケになって、片手剣を振り上げてかかって来た。
「ふんっ! せいっ!」
ごろつきの攻撃がダメージとして通りはしないのだが、念のため剣で受け止めてから、峰打ちでごろつきの首筋を打ちすえた。
エミルに盾を破壊されてしまったから、少々不便ではあるが、この程度で遅れを取る事はない。
「ぎゃぁっ!」
左にいたごろつきは、その一撃で失神したようで、即座に転送されていった。
「ひとりそっちに行ったぞ!」
右にいたごろつきは、オレを避けて後衛へと躍りかかろうとしていた。
「こんの悪党がぁっ! せやっ!」
草むらに隠れていたエミルが飛び出して、ごろつきに横合いから飛びかかり、圧倒しているようだった。
「覚悟して、娘さんを離すんだな……」
エミルに打ち据えられて失神するのは時間の問題のように見えたので、オレはメイドの腕をつかんでいる男に近づいていった。
「くっ……てめぇ、この間の野郎じゃねえか」
「ほう……オレの顔を覚えているという事は、客引きの格好をしていた男だな。あの借りを返させてもらうぞ」
「くっ……誰かいねえのか! 敵襲だぞ!」
不利を悟ったのか、男は館の中に向かって怒鳴り声を上げたが、オレに背中をみせるつもりはないようだ。
「それで気はすんだか? 行くぞ……そりゃぁ!」
オレは気合いを込めて、男の剣をさばいて、手首に強烈な一撃を与えた。
「ぐっ……ちくしょうがぁ……」
人間同士であれば、部位に強烈なダメージを食らっても欠損する事はないが、まひに似た症状が一定期間現れる。
「これでも、くらえやぁっ!」
男は左腕で、ベルトにはさんでいたワンドを取り出して、ふりかぶるが……。
「二度も同じ攻撃を食らうほど、バカじゃない!」
オレは男に腕を振り下ろさせる事さえさせずに、左腕のひじを攻撃し、返す刀で首筋に強烈な打撃を加えた。
「ぐっ……ちくしょう……」
男は目を白黒させながらこん倒し、恨み言をはきながら転送されていった。
「いったい何の騒ぎだ!」
少しして、元領主と、とりまき十数名が、武器や盾を手にして、館から出て来た。
「とうとう、悪党の親玉がおでましか」
仮面ごしの目しか見ていないが、あの時の男だとすぐに分かった。
「貴様は、あの時の! 許さんぞ!」
「セラエノ公からの命で、貴様たちを排除する! 痛い目にあいたくなければ、降参するんだな」
「ええいっ! こやつらを倒して、制限地域にでも放り出せ!」
元領主が叫ぶと、ごろつきが巨大なかめを持って来て、そのふたを開けた。
「このにおいは……まひ毒か――」
なぜか毒を利用した裏切りはシステムが許容してしまう事もあり、そのような方法で死地に放り込むやからもいると聞く。目の前の男がそういうゲスだと知り、オレの怒りは増大した。
「それだけでもじゅうぶんに、逮捕条件を満たしたようだぜ」
ごろつきどもが、まひ毒の入ったたるに剣をひたしていると、オレのクリスタルは光を発して、逮捕の許諾を出した。
「イレーネは長弓で攻撃だ! エミルはオレの後ろに回り込む敵だけをけん制しろ! 素手では危険すぎる! アデールは後方でヒールを頼む!」
「ふっ。毒や薬に頼らないと何もできないクズ野郎が! とっととかかってこい!」
実のところを言うと、盾なしではかなり危険ではあるのだが、今さら引くわけにもいかない。
「わかったっスよ、アニキ! これを使うっスよ!」
エミルはストレージから、白銀に輝くカイトシールドを取り出して、オレに手渡した。
「これは……損耗する事のない盾じゃないか」
オレのかつての装備の聖騎士の盾ですら、膨大とはいえ耐久値が存在する事を考えると、この世界でも非常に希少な防具である事がわかる。
「よし、これなら、一歩も後ろには通さんぞ!」
パリィを成功させても、若干耐久値が減るので、その心配がないのなら、聖騎士の独壇場だ。
「くっ……同時にかかれぇ!」
「てぇぃっ!」
「せりゃぁ!」
「おんどりゃー」
元領主の声に、三人の男が同時にオレに向かって来た。
「せやっ!」
オレは盾を使った攻撃技ともいえる技で、男二人を激しく押し返し、一瞬のスタン効果を加えた。
「たぁっ!」
右腕も遊んでいたわけではなく、手槍に持ち替えて、一番右にいた男の首筋を貫き、即座に転送させていた。
「ご主君っ……左には動かないでください!」
オレがうなずいたのを見て、次の瞬間にはイレーネの放った矢が、左側の男の額に突き刺さり、転送されていった。
「そうりゃぁっ!」
あっという間に仲間二人が消滅して驚いている男の腹に、オレは手槍を突き刺して、左右にねじった。
「ぐわぁぁぁっ!」
男はあっという間に失神して、転送されていった。
「くっ……あっという間に三人も……ええい、次々に行かんかぁ」
領主の言葉に、十名ほどのごろつきが群れをなして、襲いかかって来た。
「たぁっ! せいっ!」
チャージが終了していたので、ふたたび盾を使った攻撃スキルで、三人をスタンさせて、右手の槍で一人を転送させた。
「ご主君! かがんでください!」
イレーネの指示に従うと、連射スキルを使ったのか、頭上に五・六本の矢が風を切り裂いて飛んでいった。
「ぐわぁっ!」
「ぎゃあっ!」
空いた穴を埋めようと殺到していたごろつきの、顔や胸元に次々と矢が刺さり、転送されていった。
「アニキの邪魔はさせないっ――。んー……てやぁっ!」
オレの右側を大きく回り込もうとしていたごろつきは、エミルの炎をまとった拳で殴られて、全身を火のエフェクトに包まれながら、転送された。
「ていっ! せやぁっ!」
オレはスタンから回復しかけている男三人を次々と、とどめをさしていった。
「てぇりゃぁっ!」
エミルが離れた事により、後衛までの道が空いたので、一人のごろつきが突破しようとしたが、風を手足にまとったエミルが、神速でかけつけて、跳びげりをかまして、転送させた。
「なっ……。十二人の手下が全滅? 三分もたたずにか――」
元領主は、少しは腕が立ちそうな男二人に守られながらも、恐怖に震えているようだった。
「元冒険者だったかもしれんが、魔物が怖くてごろつきになるヤツの末路はこんなもんだよ。ホブゴブリンの方が、よっぽど歯ごたえがある」
今回使用したパリィスキルは、聖騎士独自の物で、通常の盾だと、続けざまに二回も使用したなら、消滅するほどの技だった。でなければ、苦戦しただろうな。
「お、恐れるな! 一撃……。たった一撃を素肌に切りつければいいのだ!」
降参するかと思っていたが、元領主はまだ戦意が残っているようで、腹心の配下二人に命令をしていた。
「ふ……ふざけるなぁっ!」
「んなぁっ?」
だが、腹心の一人がまひ毒を付与した剣で、元領主を袈裟切りしてしまう。無論ダメージは通らないのだが、まひ毒は適用されたようで、地面にキスをしたままうめいていた。
「オレはもう、降参する! もう領主でもない、こんなゲス野郎に、いつまでも付き合っていられるか」
「なんだと、貴様ぁ! そんな事が許されると思っているのか!」
腹心二人は、元領主を助けるでもなく、切り合いを初めてしまう。
「ええい、面倒だ! 続きは拘置所でやりやがれ!」
オレは手槍の横なぎにするスキルを使用して、二人をまとめて攻撃して、転移させた。
「たっ……助けてくれぇ……この格好では……息がしづらい」
館の中にはもう、ごろつきが残っていない事を全員で確認してから、入り口に戻ると、元領主が芋虫のようにはいずっていた。
「ふむ……。剣を手にしていないから、逮捕はできないか。さっきのメイドを誘拐させようとした事で、悪業値は高まっているだろうけどな」
「なら、縄で縛って転がしておけばいいんじゃない? わたしは、見回りしてくるね」
「ならば、拙者は縄を探してきまする」
アデールとイレーネはそう言って、館の中に入っていった。
「やっぱり、アニキはすごいっスよ……オレだったら、まひ毒を食らってたかもしれないっスから」
「それも、この盾のおかげだがな。助かったよ」
オレは盾をエミルに手渡そうとしていた。
「いいんっスよ。どうせ、塔院じゃ盾を使うような人は、いないんスから」
「そうは言っても、この世界に同じ物は十とないんじゃないか?」
「お師匠が言うには、街道をふさぐ竜を退治しにいく勇者のために、配置されていたんじゃないかって」
「ここの南の竜って、まさか、古代竜の事なのか? あれは、普通の『名前付き』とはケタ違いだぞ」
「ここの領主になるんスよね? この盾を預ける事は、お師匠も異存はないそうっス」
「ふむ……使用権のみで、販売できないようにしてくれるのなら、ぜひ預からせてもらいたい」
「アニキは、欲がないっスねぇ……ふふっ」
エミルは無邪気な笑みを浮かべて、ほおをかいた。
「そうしないと、アデールに売り払われかねんからな……」
「ちょっ……わたしは、そこまで見境がなくないわよ」
「ご主君! なにやらけばだった荒縄を見つけたので、縛ります」
オレたちは、元領主を縛り上げて、渓谷の入り口をふさぐごろつきを転送させてから、役人が来るのを待つ事にした。
「レックス殿……どうしてここに?」
役人にレックスも同行しており、オレは驚きを隠せなかった。
「教会から、クラウス殿への通知書を預かりました」
その通知書でオレの運命の歯車が大きく動く事に、この時気づけるはずもなかった――。
文字量も八万五千字に到達したので、
物語もそろそろクライマックスへと向かいます。
十一万字前後ぐらいでひとつの節目にしようと思っています。
このエピソード(本一冊程度の量)が完結するまでの間に、
一定以上の反応(ユニークアクセスやお気に入り数など)があれば、
継続して執筆するかもしれません。
なので、継続して読みたい方は、ぜひお友達にも勧めてください(面の皮が厚すぎるw)
※もし仕事が入れば、毎日更新はできなくなります。




