第二話 ビギニング 中編
第一章の中編です。
10/29:微調整しました。
「予想していたほどには、悪くないのかもしれんな。能力的には貧弱だが、相性はいい」
護衛対象となった少女の、能力値やスキル等を確認して、率直なコメントを口にした。
直接的な戦闘能力ではゴブリンにも劣るが、修道院で育てられていただけあって、シスターとしての基礎的な能力。すなわち祈りやヒールなどの能力は会得していた。
「おいおい。仮にも次期領主相手に、ぞんざいな口を利くなよ? まぁ、指導は必要だろうが」
「はい……このままでは、次期領主になる事はむずかしいですし、何でも言ってください」
まだ名を名乗りもしていなければ、名乗られてもいないが、そんな手順は不要だろう。
「ポーションは確認した。再配分した後に出発する。今日は無理のない行程だしな」
船の代金をかせぐために、あのギルド長に頭を下げるよりかは、
マシだろう。最低限の身を守れるようにするためにも、小剣と回復スキルぐらいは上げておきたい。
「それじゃ達者でな。いちおう経費は請求できるが、正直いっぱいいっぱいのようだ」
別れのさいに顔役の男から、銀貨一千枚とセラエノのギルドへの、紹介状をあずかった。
「こんなにいいのか? これを持って、船に飛び乗ってしまうかもしれんのだぞ?」
「こんな腐れた街でもな。性根までは腐れてない人間ぐらい見分けられんで顔役はできん……」
オレは、顔役の男とこぶしをあわせるあいさつをして、アビス峠への旅路を開始した。
「そろそろ魔物が出て来るが、回復スキルを一段階上げるまでは、じっとしているんだ」
戦闘中に回復スキルを使用する事で熟練値が上がるので、当面はポーション代わりだ。とはいえ、現状では一番安いポーションにも劣る回復力でしかないから油断は禁物だ。
「よし、来たなっ! オルァァッ」
眼前を二匹のゴブリンが通りかかったので、オレは盾をかかげ、手槍を振り下ろした。
「プギっ? グギャァ!」
不意をつく事ができたので、急所の首筋を槍先が貫き通した事により、ゴブリンは絶命した。
「ほらほら。かかってこいよ!」
オレは残るゴブリンに、即死させないように手槍で切りつけて、憎悪を集めていった。
「よし! 少しでも、オレのライフが減ったら使うんだ! 背後には気を配っておけ!」
残るゴブリンの攻撃を、意図的に防御をせずに受けて、わずかにライフを減少させた。
返事をする気力はなかったようだが、即座にヒールの魔法が飛んで来てオレを癒した。
「体力が減ってない時は意味がないからな。魔力が尽きたら言うんだぞ」
オレは、あと一撃でゴブリンが倒せる状態で、防御をせずに攻撃を受けつづけた。
「よし。魔力がつきたのなら、小剣でとどめを刺すんだ!」
「は、ハイッ」
次期領主の少女は、この事を予期していたのか、小剣を手に突進した。
「ふむ。まぁ、素質は悪くないんだろうな。二発も当てないと死ななかったのは意外だが」
少女は、小剣を魔物に命中させる事はできていたので、率直に意見を述べた。
「ありがとうございます。あの……あなたのお名前を、まだ聞いていませんが」
「ふっ。はたして名乗りが必要かね? 二人しかないんだからな」
実のところを言うと、あまりせんさくされたくない理由もあり、拒絶した。
さすがに少女も、二の句がつげないようだったので、オレは再び歩き始めた。
「ちっ。今日のところはこれまでだな。野営の準備をするから、休んでいていいぞ」
日は暮れきってはいなかったが、緊張と疲労がたまっている事を考慮して、決断した。制限地域に達するのは、早くても明日の昼前なので、今日のところは比較的安全だろう。
「こんな原始的な生活を体験させる必要が、本当に必要なのかねぇ」
しゃばの記憶は制限されているのだが、全然覚えていないわけでもない。オレはたきぎになりそうな細い枝を集めて、野営地に戻っていった。
「あの……何か手伝える事がありましたら」
「かまわん。明日からどう戦うのかを考えておけ」
完全に無力な存在として護衛する事もできるが、少しでも成功率を高める必要がある。
今日は六度の戦闘をこなし、八匹の魔物を手にかけさせた事で、多少の成長が見えた。後衛として戦うからには、状況の把握や冷静な判断はかかせない。いまは、考えて動く事ができるようにするだけで、せいいっぱいだ。
「小剣戦闘スキルが一から三に。回復スキルが二から四だが、新しい魔法は次なんだな」
オレは左手の盾を使用したガードスキルと、右手の手槍と長剣に、ほぼ特化している。最初から護衛人を志したわけでもないが、スタイル的には似通っていたのだろう。
「明日の昼過ぎには制限地域に入るから、それまでに回復スキルを上げるのが課題だな」
オレは、煮もどした保存食をそしゃくしてから、明日の事について話し始めた。
「はい! 将来的には、小剣と回復能力のほかに、結界の術を覚えたいんです!」
「ほう……。だが、あの街では、そこまで教えられるような術者は、いなかったんじゃないか?」
少女を指導したのは、おそらくNPCだ。たいした法術など習得してはいまい。
「継承の儀式に成功したら、セラエノの街の神学校で、学ぶつもりではいますが」
「継承の儀式に失敗するような人間では、受け入れてもらえない。って事か」
高度な法術を学ぶには、よほどの才能を見せた術者か、領主でもないと無理なのだろう。
「おまえさんも、けっこうな綱渡りしているんだな。オレも人の事は言えないがな」
「あの、あなたの事は、ほとんど何も聞いていませんが、教えていただけますか?」
少しすきを見せてしまっただけで、少女はオレに一歩踏み込んで問いかけて来た。
「若気の至りで、いろいろとやらかして、こんなところまで流れて来たってところさ」
オレは毛布を引き寄せて、話はもう終わりだとばかりに、口をとざした。
「いくらなんでも、あせりすぎだ。生き残らなければ、意味がないんだぞ!」
午後が近づいているが、制限地域には遠い場所で、立ち往生してしまっていた。それと言うのも、スキル上昇のために焦って、まひ攻撃を受けてしまったからだ。
「すみません。もうすぐだと思いまして」
体は動かせないのだが、話す事はできるので、申し訳なさそうに答えた。
「たった二人しかいないんだぞ? 頭を使え!」
まひを回復させるポーションは一本あるのだが、いま使うつもりはない。
「すみません。もうすぐ回復できますから」
すまなそうにはしているが、反省しているようには、到底見えなかった。
「制限地域を抜けるのに最低でも二日はかかる。そこからセラエノまで一日半。焦るなという方が無理かもしれんがな。オレの指示に従えないのなら、保証できんぞ」
「制限地域の怖さをまだ認識できていないんじゃないのか? 勝手な判断は命取りだぞ」
制限地域のデスペナルティーは、時としてスキルの最大値を下げてしまう。長くひとつのキャラで研さんを積む方針の人間としては、致命的と言えるのだ。
「最低限は育てていく方針だったが、その覚悟では無理だろう……荷物扱いするがいいな」
「え? 荷物扱いというとどのような」
少女はきょとんとした表情を浮かべて言った。
「こうするんだよ。文字通りなっ!」
「ひゃあっ!」
オレは少女を担ぎ、左肩に乗せた。
「あのっ、待ってください。もうすぐまひが解けますからっ」
「うるさい! オレが指示するまで口を開くな! 魔物に見つかりたいのか?」
オレは一喝して少女を黙らせて、魔物を避けていくコースを選んでいった。
「少しは時間を稼げたか。休憩だが静かにしているんだぞ」
二時間ほど魔物をよけながら移動すると、さすがに疲労が腰に来てしまい、小休止した。
「あなたは私の意志を無視されるんですか」
「なんだと? 雇ったからと言って、命令できるとでも思っていたのか? おまえは」
オレは少女の不見識な言葉にムッとしてしまい、口調をあらげてしまった。
「金貨にして、五千枚も支払う約束をしたんですよ? なんで、わたしがこんな目に」
「ふん……。護衛対象者ってのはな。任務中は完全服従が、原則なんだがな」
客のわがままを許していては、命がいくらあっても足りないって事なんだがな。
「そんなっ。そんな事、聞いていません!」
「そりゃ、おまえさんの不見識ってやつだな。恥ずかしいからあまり、吹聴するなよ?」
オレの言葉に、少女は表情をこわばらせてしまった。
「領主なんて言っても、わずかな通行税を得られるだけで、実際は奉仕者に近いんだ!」
「もしかして、あなたもその、領主の一族だったんでしょうか?」
その、ごう慢とまで言える言葉に、オレは頭が冷えていくのを感じた。
「時間だ。出発するぞ」
「じ、自分の足で歩けますから」
「それもいいだろう。だが、勝手なまねは許さないからな」
オレはそう言い捨てて、先頭に立って歩き始めた。
「ここからは制限地域だ。これまでのような態度だと、生きては通れんぞ」
「わかっています。別にあなたに、教育役を依頼したわけじゃありませんからっ」
数度の戦闘をこなし、何とか回復スキルを五に上昇させたが、態度は最悪だった。
「ふん。泣いて逃げ出しても、それは契約の破棄を意味するからな。覚えておくんだな」
さすがにその言葉で、少女は動揺してしまい、態度を少しは改めたようだった。
「ちっ。ホブゴブリンが三匹もいやがるな」
「その魔物は、どのぐらい強いんでしょうか」
かなり視界が開けている河原で、比較的強力な魔物に遭遇してしまった。
「オレでも、一匹に三撃は当てる必要がある。二匹抑えても一匹がフリーになるしな」
少女の装備は、腕力や耐久力の制限があるため、ホブゴブリン相手にはまず通用しない。
「おっと。ここで命令を破って、突破しようだなんて事を、考えるなよ?」
「そこまでバカじゃありませんから」
「どこかに移動しそうな気配がないんだが」
「あの……使った事はないんですが、前回からの引き継ぎスキルがあるんです」
少女の、その言葉を信用してみる事にしたのだが。あんな結果になろうとは。
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