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第十話 イントロダクション Gパート

どんな金属なんだよ! というツッコミはご勘弁を。

「あぁ……。この、独特のにおいがすると、帰って来たって気分になるわねぇ――」

 アデールは鉱石を加工するさいに出る悪臭をかいで、そう言ってのけた。

「このにおいのせいで、居着く人間が少ないはずなんだがなぁ」

「我慢できなくはないですが、拙者もちょっと――」

 なぜか、あのあとは暗殺者による襲撃もなく、出発して四日目の昼にはカデストに到着していた。



「おつとめご苦労さま! 帰って来たわよ?」

「おお、こんなに早く帰って来るとはな。そちらのお嬢さんは?」

「あぁ、イレーネと言う、長弓の使い手だ。においにやられているようなので、休める場所を」

 代官となった顔役の男と二言ほど言葉を交わしてから、イレーネを紹介した。

「じゃあ、わたしが案内して来るから」

 アデールは上機嫌で、イレーネを館の二階へと連れていった。



「ちょっとやっかいな事があってな。暗殺者に狙われているようで、魔物をけしかけられたり、水場に毒を入れられたんだが」

「ほう。そりゃあ聞き捨てならんなぁ……。ウチのお嬢様がそんな危険な目に?」

 顔役の男は、原因はオレにある事を見透かしているのか、口をゆがめた。

「ケラエノ子爵領に、オレを排除したい人間がいるようなんだが、そんなにやっかいなところなのか?」

 この街の近くに、デスペナルティーで運ばれて来た時は、聖騎士の盾や鎧を身につけていたが、それをこの男が知るはずもないんだがな。

「ふぅむ。ケラエノ子爵領かね。船の航路ではあるから、行った事はあるが、長居をしたいところじゃあないね」

「具体的には、どんな問題が?」

「あそこの領主は、関税権をもてあそぶ癖があってな。うっかり、高価な物を運んでいたりすると、ふっかけられる事があると、聞いているな」

「だとしても、モレイト村へ抜ける橋を渡れば、特に問題は……。って、まさか」

「水場に毒を入れるのをためらわないなら、橋を落とすぐらい、どうって事もないだろうよ」

「峠を越えてから妨害がなかったわけだ……確認したわけじゃあ、ないんだが」

 モレイト村へと通じる橋を落とされると、ケラエノ子爵領へ抜けるしかない。高価な鉱石の延べ棒を運ぶのなら、目をつけられるのも分かるが。

「海路を考えているかもしれんが、三日前に出たばかりだから、無理だぞ?」

「なら、南のエウロパ共和国にでも、鉱石を持ち込んではどうだろうか?」

「残念ながらエウロパでは、武器や防具。そして鉱石は、関税どころか禁輸扱いなんだよ……。でもなければ、いくらでも売りに行っているさね」

「自国の産業を守るために、より純度が高く高品質な鉱石を、禁輸措置だと? ばかげている!」

「だからこそ、この街は腐れているとか言われているのさ。セラエノへの販路を確立しない事には、どうにもならんよ」

「優秀な鍛冶師でも雇って、ここで武器に加工したとしても、エウロパには売れないし、ケラエノは何にでも関税をかけられるって、寸法か」

「鉱石の持ち出し制限にしても、船が出た直後に発令したから、良かったものの、その前だったら逃げられてただろうよ」

「鉱山や街道を整備するとは言っても、それは空手形にもならんって事なのか?」

「まぁ、需要がなくなったわけじゃあないが、二の足を踏むヤツは増えるって事さね」

「橋が落とされたとして、モレイト村がそれをかけ直すのに、どれぐらいの費用と時間がかかると見る?」

「ケラエノ子爵が、村人の通行を許さなければ、川をくだって、海に出て、カデスト経由で峠を越えにゃならんからな。まぁ、無理って事だわな」

「という事は、モレイト村とケラエノ子爵の間にも、いろいろ問題が生じているという事か?」

「何代も前からだよ。モレイト付近を支配下に置く事ができれば、規定により、男爵家を名乗る事ができるからな。まぁ、それを快く思わん貴族もいて、モレイトの独立を支援しているという、うわさを耳にもするがな」

「これまでは、そこまでする程の魅力がなかったが、『名前付き』を倒した事で、アビス峠を越える商人が増える事で、踏み切ったとでも?」

 そう問うと、顔役の男は黙ってうなずいた。だとしたら、余計な事をしてしまったのかもしれない。まぁ、今さらどうなる話でもないんだが。



「高低差があるから、モレイト側から橋をかけるのは、まず不可能だからな……やるとしたら、こっちからなんだが、妨害があるなら、それも……」

「そもそもこっちが橋をかけるだなんて、費用がどれだけかかるか、考えるだけで頭が痛いわよ」

 アデールが戻って来たので、ここまでの情報を共有し、今後の検討をする事となった。

「モレイト村の事については、セラエノに着けば、公爵に介入してもらう事もできるかもしれないが……」

「言っておくけど、空荷でセラエノまで行くような予算もないの」

 おれのもくろみは、アデールに先手を打たれてしまった。

「すでに、余剰鉱石は延べ棒に加工していますし、重みを考えると、馬車一台で運ぶ程度の量はすでに確保しておりますぞ」

「延べ棒なら場所は取らないか。なら、大量の縄を荷馬車に積む事はできると思うか?」

 オレは、ある可能性について考えをまとめていった。

「高低差があるとはいえ、川幅は六メートルはあると聞きますし、川の流れは速く、縄を結んでいても引き上げるのは、無理だと思うが、いけるのかね?」

「ああ……。かごにでも延べ棒を入れれば、モレイトに運ぶ事は可能だと思うんだが、どうだ?」

「でも、モレイトからセラエノまで、かなりの距離があるわよ? 馬車もなしで、どうやって運ぶ気なのよ」

「馬車は空荷で、ケラエノ子爵領の橋を渡ってもらう事になるだろうよ。多少の嫌がらせは覚悟する必要があるだろうが……」

「そうね。暗殺者を使って直接手は下してなくても、ケラエノ領主の悪業値は悪化してると思うわ。一定度数を超えると、領主としての資格がはく奪されるわね」

「縄を固定してくれたら、オレも馬車の方に戻るつもりだ。事情を話して、モレイト村に預かってもらうしかないが、信頼できる知り合いとかいないか?」

「そういう事なら、アテもなくはないな。モレイト村で鍛冶師をしていて、半年に一度鉱石を掘りに来る人間がいるから、鉱石を少し回してやれば協力するさね」

「ふむ。一本ロープを渡しておいてやるだけでも、その気になれば修理もしやすいはずだな」

「わかったわよ。それぐらいならお金を出してあげる。これからも、通り道になるんだしね」

「あと、たるにひとつ用意しておいて欲しい物があるんだが、手配できるか? これは保険だがな」

 オレは顔役の男の耳元で、ぼそりとささやいた。

「おいおい……そりゃぁ、そんな物はいくらでもあるが、どうするつもりだね?」

「いったい何をするつもりなの?」

「いや、おまえさんは知らない方がいいかもしれんな。なぁに……犯罪を犯すわけじゃない」

 オレは、アデールの追求をかわす事ができた。



「ふむ。こんなもんでいいだろう……」

 みんなが荷物を馬車に積み込んでいる間にも、木型を削っては、長剣をはめ込んで、調整を続けていた。

「クラウス殿……。さきほど運び込んだ、たるといい……。一体何をなさるつもりなのですか?」

 イレーネがついに我慢しきれず、オレに問いかけて来た。

「オレにしかできない仕事があるんだよ。準備ができたら、馬車を出してくれ」

 オレは、馬車の中でも作業を続ける必要があったので、馬車の後部に乗り込んだ。

「制限地域に着くまでに済ませてよね?」

「やってみないと分からんがな……」

「頼まれていたものだが、こんな加工をして、何に使うんだ?」

 出発間際になって、顔役の男が姿を現して、ずっしりと重い革袋をオレに手渡した。

「売り物にはならんが、オレの役には立ってくれるのさ」

 オレは革袋から、今回の荷物の延べ棒と同じ金属で作った、太い針金のような物を取り出して、確認した。



「ふぅ……そろそろお昼にしましょ。まさか、寝てるんじゃないでしょうねぇ?」

「バカを言うな。ずっと揺れる馬車の中で働きづめなんだぞ」

 オレは、木型を留めていた針金をほどきながら答えた。うまくできているといいんだが。

「そろそろ教えてくれてもいいでしょ? いったい、何をやってんのよ」

「オレのスキル一覧を見た事があるだろうが。その中に、レベルは一でしかないが、聖剣の製作というものがあってな。こうやって、作っているのさ」

 オレは、木型から取り出した、長剣と同じ形状をした、金属塊をアデールに見せつけた。

「な、なによそれ! 貴重な延べ棒を使ったの?」

「延べ棒は見ての通り無事だ。この細く加工してもらった物を、この化合物の中に入れて、スキルを発動すると、使い捨てだが、聖剣の完成だ」

「それ、使い道がなくて、困ってるやつじゃない。そんな使い方があったの?」

「宝剣が壊れただろう? あれの破片を見て、この化合物が大量に使われていると分かったのさ」

「じゃあ、剣を光らせて放つ技の触媒に使うって事?」

「そういう事。ちゃんとした職人に、大量の延べ棒を使って作らせる事ができたら、あの宝剣のようになるだろうな」

「強敵が出た時とかに有効ではあるでしょうけど、なんでわたしにまで隠したの?」

「この化合物……。使い方によっては、毒になるからな。領主がそんな物を運ばせただなんて、外聞が悪いだろう?」

「あ、当たり前じゃない……。って、早く降りて来なさいよ!」

 そんなこんなで三日目の昼には、制限地域を抜ける事ができた。



「まさか、本当に橋が落とされてるだなんて……。ケラエノ子爵は正気なのかしら」

 オレたちは、モレイト村の対岸にある、橋のかかっていた場所にたどり着いた。

 制限地域はオレも戦闘に参加したが、それ以外は二人だけで対処できたので、若干の能力値やスキルの成長も見られたようだ。

「雇った人間……暗殺者にやらせたとしても、悪業値は上昇したはずだが、第三者には分からんしな」

「クラウス殿……川幅は、目測で六メートル半。高低差は二メートルになりますが」

「そんなに? それじゃ、飛び越えられたとしても、大けがするんじゃない?」

「とりあえず、片方を大木にでもくくりつけておいてくれ……まだ調べたわけじゃないが、関税はもうかけられているだろうし、ほかに道はない」

 オレはロープを自分の腹に、特殊な結び方で巻き付けていった。

「くだんの鍛冶師に会って、ここに戻ってから、延べ棒を何とかしよう」



「そりゃぁっ!」

 オレは覚悟を決めて、助走をつけて、がけから飛び立った。

「クラウス殿っ!」

 助走はじゅうぶんだったが、ロープの重さが予想以上だったため、対岸の端の方に半ばたたきつけられる形で、降り立った。

「だ、大丈夫だ。ヒットポイントは三分の一も残っていないが……部位の損傷もなさそうだ」

「ここから届くか試してみるわ。ダメならポーションを送るわね」

 アデールは少し青ざめた表情で、オレに回復魔法をかけてくれた。


「それじゃあ、村に行って来るが、気をつけろよ? いざとなったら、制限地域の手前まで逃げちまえ」

 こちら側も大木にロープをつなぐ事ができたので、二人に大声で伝えてから、村へと急いだ。




「やはり、徴税官がいやがるな……」

 あのあと、村の鍛冶師と話をつけて、通るたびに一割の延べ棒を安く卸す条件で、預かってもらう事ができた。

 オレがロープを張った事で、橋の復旧も早くなるという事で、村長にも紹介されたので、オレがロープを伝って二人のところに帰還するころには、夕刻が迫っていた。

「ふだんなら、街に入る人にしか徴税しないのに。やっぱりグルって事なのね」

「そのようだな。おかげでこっちも気がとがめずに、済むってもんだがな」

 オレは木箱の中に、延べ棒の代わりに積んである『聖剣』の事をちらりと考えた。

「あの……。拙者にはまだ理解できないのですが」

「まぁ、とにかく……ケラエノ子爵か、その息子が相手でなければ、引き渡すなよ? そのさいでも、これは窃盗に当たると主張しておくんだ」

 オレはアデールの耳元で、もう一度だけ手順を説明した。



「えー……。そこの馬車は何を積んでいるんだ?」

 徴税官は若干緊張した表情で問いかけて来た。

「カデストの領主の荷改めをするのですか? まぁ、いいでしょう。武器……長剣ですのよ。武器は関税かけられていましたっけ?」

 アデールはすました顔で、徴税官に答えた。

「武器は現在対象外だが……。一部の鉱物には関税がかかっている。調べさせてもらう事になるが、よろしいか?」

「わたしの言葉を信用しないと? ならば……ケラエノ子爵殿か、ご子息が相手でなければ、荷物は見せられませぬ。その特権がある事ぐらいは承知ですよね?」

 アデールは懐からクリスタルを出して、徴税官に見せつけた。


「おいおい……ここはもう、ケラエノ子爵領だぜ? 何をごちゃごちゃ言っていやがる」

 すでに待機していたのか、ガラの悪い、貴族の風体の若い男が姿を現した。

「朝令暮改ということわざはありますが、関税は月に一度しか変更できないはず……加工した武器にまで関税をかけるなどと言う事は、できませんが?」

「くっ……。あくまでも反抗する気か……おい、出て来い!」

 ケラエノ子爵の長男が手を上げると、例のギルドの大男と、数人の配下が姿を現した。

「何のつもりですの? 領主の荷物を没収するとでも? これは、まごう事なき窃盗行為ですわよ? クリスタルが、悪行を記録する事をお忘れなく」

 アデールは懐のクリスタルを手でもてあそびながら、挑発的な笑みを浮かべた。

「ええいっ! 片っ端から運ばせろ! 馬車は残しても構わん!」

 オレはその成り行きに、心の中で大笑いしていた。



「よろしいのですか? ご主君……馬車で作られていたという剣を、没収されましたけど」

「ああ……。あれは『聖剣』なんだよ――。たとえ一回使うだけで、壊れるとしてもな」

「聖騎士と関係があるのですか? ご主君」

「って、あんた……まさか!」

 アデールが顔を驚きに染めて、空になってしまった馬車の荷台に、目をやった。

「やっと気づいたのか。イレーネに教えてやれよ」

「あのね……。聖騎士の任務の妨害なんかしたら、悪業値が半端ないのよ。かつて、ある国の王が、聖騎士の『聖剣』を盗み出したら、一夜にして領主の資格を失ったそうよ」

「領主が、息子に命令をして、盗ませた事になるだろう? だから、二人とも悪業値が急上昇するワケだ。たった一本の『聖剣』を盗んだだけで逸話になったというのに、木箱には八本もの『聖剣』が、入っていたからな」

「あんた、詐欺師にでもなれると言ったら、悪業値が上がりそうね」

「拙者にはよく分からないのですが……。さすが、我がご主君!」

「とにかく、今晩はモレイト村に行こう。大歓迎をしてくれるはずだからな」

 その後……予想通りに、ケラエノ子爵とその長男は、所持していたクリスタルによって悪行が確認されて、ケラエノ子爵領はおろか、セラエノ自治州に帰属するすべての土地から追い出されたそうだ。


これで、第二章は終了となります。

これまで公開した分の調整を行いました。

内容は特に変わりません。

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