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二人の花嫁  作者: ひろね
9/10

第9話

 それから――

 特に変わったことはなかった。

 なにやってるのよ、二人とも……という苛立ちをよそに、相変わらずほのぼのとした会話を続けている二人に呆れ、あれこれ口を出すのをやめた。


 それよりもマリの本格的な教育が始まるらしく、いろんな教師を紹介された。ちなみに今まではこの世界のことについてが主だった。

 新しい教育は礼儀作法が主だ。それ以外には、ダンスだの人を惹きつける巧みな会話だの、人前に出て問題ないように……というか、それ以上を教えるらしい。普通の女子高生だったマリやあたしには大変な勉強だった。巧みな会話って何よ、と思った。でも、話術って必要なのよねー……。

 あたしはどちらかというとマリの勉強の仲間というか、一緒に学ぶ人がいるほうが張り合いがあるだろうってことで一緒にお勉強。


 普通の生活を望むなら、ここまでの礼儀作法は必要ないけど、覚えておいて損はない。

 ラルスの田舎もいいけど、昨日、マリに「ずっとそばにいてくれる?」と上目づかいで懇願されてしまったので、お城のメイドとしてそばにいるのも手かしら、と思い始めている。それなら礼儀作法がしっかりしていたほうが無難だものね。

 ってことで、あたしも一緒にお勉強。


 が、すぐに後悔した。

 立っているだけで駄目だし、歩けばさらに駄目だし。口を開いて「あたし」と言おうものなら、深~いため息をされる。

 ただの女子高生になに求めてんのよーと言いたくなるのはしょうがないでしょう?

 でも頑張っているマリの手前、文句も言えなくて……鬱憤たまる。


「はい、そこまで」


 手をパンっと一回叩いて、歩いていたあたしたちに終わりだと告げたのは、数人の教育係の一人――アン=リューブラントというおば……じゃない、中年の女性だった。

 しかし、さすがに教育係だけあって、立ち居振る舞いは確かにきれい。背筋がピンとしていて、歩くのも滑らか。顔立ちも整っていて、十年くらい前は、社交界でその名を馳せていたに違いない――と思えるような人だった。


「この後は昼食ですが、これから昼食はテーブルマナーの勉強の時間にもなります」

「ええ?」


 思わず声に出してしまったら、リューンブラント先生に睨まれた。


「しばらくしたら夕食も同じようにテーブルマナーになります。夕食のほうが本格的なものですからね。これから数日はその予習みたいなものになります」


 ……ご飯の時間まで……

 うー、マリと勉強すると決めたけど、逃げたくなったわ。なんとも、根性なしなあたし。

 でも、夕食はとにかく殿下と親睦を――ってことで、テーブルマナーに関してはうるさく言われなかったのよね。殿下とラルスとマリとあたし。そして給仕係がいるくらいだった。

 でもこれからはそんな気楽なものじゃなくなるんだ。

 この世界に馴染んだと思ったら、すぐ次にやることが待っている。

 日本に引っ越しした時は両親が揃っていたし、こんな堅苦しいこととは無縁だったからなぁ……いきなり異世界というのはかなりハードルが高いのか。

 ……でも、あたしでもそうだから、マリは…………大丈夫かな? いきなりもう耐えられない! って叫びだしたらどうしよう。マリは我慢に我慢を重ねてしまうから……




 そして、再びヘルベルト殿下とお茶になる。


「今回はどういったことでしょうか?」


 殿下は少し落ち着かない態度で、目の前のお茶に手を付けることなく尋ねてくる。

 しかし、どうしていつも(と言っても二回目だけど)お茶の時間になるのかしらね。普通に執務室みたいなところで会話をすればいいのに。

 ……という疑問は置いといて、殿下の質問に答える。


「マリのことについて」


 他にないでしょうが。あたしが殿下に直談判に行く内容って。


「マ、マリが何か……?」

「いえ、特に」


 特にまだ何もないけど、これからあるかもしれないのだから。

 でも、『特に』と言ったところで、殿下は思いきり安堵の表情になる。

 こらこら、安心しないでよ。ほんと、乙女心を理解しない人だわ。


「殿下、あたしは、『まだ』という意味で言っただけです」

「それはどういう……」

「数日前に始まった礼儀作法やらの教育のことを言っているんです」


 あたしだってそれに付き合ってる。

 そして思った。


 ……やめたい。

 逃げたい。


 と。


「殿下、あたしたちはこの城にいる人たちと違って、城下にいる年ごろの女性――平民となんら変わりありません。わかりますか?」

「……」

「確かに人前に出して恥ずかしくないよう……いえ、マリが恥をかかないようにという気持ちもあるでしょうが、そのためにマリの精神が病んでしまっては意味がないのではありませんか?」


 言い切ると、ティーカップを手に持ち一口すする。


「あたしは……こうして自分で不満を言うけど、マリはそうじゃない。あの子は人のことを気にして、自分を後にするの。だから、今回も殿下のために――って思って必死で頑張ってる。でも、それじゃあ、マリの精神が持ちませんよ?」


 もうちょっと考えてもらえます? と告げると、殿下はどうしたらいいものかと逆に聞いてくる。

 どうしたらと言われても……あたしも、マリの限界がわからないんだけど。


「とりあえずですね、あたしとこうしてお茶をするよりも、マリと二人きりでしてみたらどうです?」

「だ、だからそれは……」

「殿下の受けてきた教育ではそうでしょうが、マリだって殿下をろくに話せないまま結婚――なんてなったら、どうしていいか困りますよ? あたしにマリの好みを聞くのではなく、ご自身で聞かれたらどうですか? でないと、他の王子に取られちゃうかもしれませんよ?」


 最後のほうは脅し。

 他の王子がそろそろ自分たちにも会わせろとうるさいというのは、ラルスに聞いている。

 だから、殿下の言い分なんて聞いている暇はないのだった。

 恋愛としての仲を深めるのはまだ先だろうけど、せめて友愛くらいは深めておかないと、他の王子の出方でマリの気持ちが変わってしまうかもしれない。いくら占いで殿下に合う人だと言われても、大変な礼儀作法やらから救ってくれる優しい人がいたら、ふら~っと靡いちゃうかもしれないんだもの。


 ふっ……かくいうあたしがそうだから。


 ただ、あたしの場合は最終的に殿下とくっつかなければならないってわけじゃないから、だいぶ気楽なだけで。


「一応、忠告はしたんで、頑張ってくださいね、殿下」


 最後にそう言って締めくくると、残りのお茶を飲みほして、「御馳走様でした」と、席を立った。

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