第一話
「はぁ、面倒臭いなぁ…」
嘆息しつつ、自分の所属するクラスを探す。
今日は春休み明けの始業式。
クラス替えということで、自分の新しいクラスを探している所である。
一年生の時は2階だったのだが、二年生になってからは教室が4階になるらしく、階段を登る手間を考えると憂鬱になる。
「2年2組2年2組…、あぁ、ここかな?」
教室を発見して、ドアの前で足を止める。
新しいクラスメイト達は、どんな奴等なんだろうか。
よし…何事も第一印象が大切だからな…爽やかにいこう、爽やかに…
深呼吸を一つして、ドアを横に引き教室の中に入る。
「お」
はようございまーす、と爽やかにキメようとした所で、驚くべき光景が目に入る。
それは一人の蹲っている女の子が集団に囲まれて暴力を振るわれている、という光景だった。
思考が完璧にフリーズして、その場に立ち尽くしてしまう。
だがそれも一瞬のことで、すぐに集団の中に割って入る。
「な…、何やってんだよ!?おい、大丈夫か!?」
近くで見ると、女の子は顔も腕も痣だらけだった。きっと服の下はもっと酷いことになっているだろう。
この子は…、畦織伊織 さんだったか…。会話をしたことは無いが、名前くらいは知っている。
とりあえず保健室に連れて行こうとして、畦織さんを立たせようとする。
しかしそこで、集団の内1人が怒声を上げる。
「おい!!何連れて行こうとしてんだよ!!」
スポーツ刈りの髪、右耳のピアス、つり上った目。背丈は僕と同じくらい。
こいつは確か…、北条彰…って名前だったな…。
そんな風に言われても、僕としては何で畦織さんにこんなことをしていたのかが不明で仕方が無かった。
北条の言葉を無視して、畦織さんを立たせる。
連れて行こうとした所で、北条は僕の胸倉に掴み掛かってきた。
「だから何で連れて行くんだって聞いてんだよ!!」
「連れて行くも何も…!!お前達頭おかしいんじゃないのか…?何で寄って集って1人の女の子を虐めたりしてるんだよ。畦織さんが一体何をしたんだよ!!」
「はぁ?お前、それ本気で言ってんのか?」
北条は心底理解できない、といった風な表情をしている。
全く話が読めない。こいつ等の『当然のことをしている』とまでいったこの雰囲気は一体何だ?
北条は続けて言う。
「もしかしてお前、こいつのこと知らないのか?」
知らない?
僕は、一体何を知らないと言うのだろう。
僕は、一体畦織さんの、何を知っているのだろう。
これだけ理不尽に暴力を振るわれて。
これだけ、周りから差別されている理由と言えば――。
北条は舌打ちをしてから、更に続ける。
「こいつはな、『能力者』なんだよ。分かったか?分かったらもう邪魔すんな」
能力者。
稀に現れる、超常の能力を1つだけ所有している人間のこと。
忌むべき存在として世間に差別され続けられてきた人間達のこと。
そしてその差別や迫害は、今も続いている。
そうか、畦織さんは能力者だったのか。
成程それは――他人事じゃないな。
僕は北条に向かって言う。
「分からないね。何で能力者だってだけで、こんなことされなきゃいけないんだ?お前達のやってることは、やっぱりただの虐めだよ」
「…は?」
僕のその発言に、北条だけでなく、周りの集団までもが呆気に取られていた様だった。
僕はその間に、畦織さんを背負う様にして、教室から出た。
保健室は1階にあるので、廊下を渡り、階段を降りていく。
途中、背中の方から、声が聞こえた。
「…ねぇ。君…何であんなことしたの…?」
畦織さんの声だった。
力が無く、疲れきった様な声だった。
耳元で話されると、少しくすぐったい。
「あんなことって…?」
「私を…庇ったこと」
「おかしな質問するね…誰だってあんな場面に立ち会ったらそうするってもんじゃないか?」
「しないわよ…少なくとも前のクラスの時は、誰1人そんなことしなかったわよ。私は、能力者なのよ?」
「能力者だからって、同じ人間であることには変わりないだろ?そんな平気に能力者差別を当然のことの様に受け入れるもんじゃないよ」
「君は…変な人ね」
「…まぁ、そうなのかもしれないね。僕は、変なのかもしれない」
変。
よく、言われていたことだ。
「ありがと」
「ん?」
「ありがとね。一応、お礼くらいは言っておこうと思って」
「…………」
「でもね、私のことはもう放っておいて頂戴」
「…どうして?」
「だって、あなたまで虐めの対象になっちゃうじゃない。それは何だか申し訳ないわ」
「あぁ…でも、もう手遅れだと思うけれど」
「それもそうね」
そう言って、畦織さんは微笑する。
何が可笑しかったのかは、僕には分からない。
保健室のドアを開けて中に入り、畦織さんをベッドに寝かせる。
こうして正面から見ると、顔の痣がかなり痛々しかった。
畦織さんは端整な顔立ちをしているので、余計痣が生々しく思えた。
保健の先生は出掛けているのかは知らないが、今は保健室にはいなかった。
「君、もう教室に戻った方が良いんじゃない…?8時25分に体育館集合だから、遅れちゃうわよ」
時計を見ると、現在の時間は8時23分だった。
体育館は3階にあるので、少し急がないと間に合わないだろう。
「でも、君の傷の手当とかもしなきゃいけないし――」
「そんなに酷い怪我はしてないわよ。それに、保健の先生もすぐ戻ってくるんじゃないかしら」
そうは見えないのだけれど…まぁ本人が言っているのならそれはそれでいいか。
ここはお言葉に甘えて行かせてもらうとしよう。
「分かった、じゃあ僕はもう行くよ。お大事に」
部屋から出て行こうとした所で、畦織さんに「ねぇ」と呼び止められる。
「君、名前何て言うの?」
名前?…あぁ、そういえばそうか。
親しげに話していたものだから、つい初対面だということを失念していた。
「今川牡丹」
そう言って、保健室から出て行き、体育館まで早歩きで移動する。
体育館には生徒が沢山並んではいたが時間には間に合ったようで、自分のクラスの列を探して後ろに並ぶ。
少しじろじろ見られた様な気がしたが、気にしないことにした。
担当の教師がそれぞれ点呼を取った後、校長の長い話が始まる。
…。
畦織さんは…、一年生の時から、ずっとあんなことをされ続けていたのだろうか…?
殴られて。蹴られて。悪口雑言を並べ立てられて。
よく耐えてきたものだ…、あんな御し難い苦痛の日々に。っと、これからは僕も他人事じゃ無くなるのかもしれなかったか。
そう思うと、やっちまったなぁ…、と思わないことも無い。
だが見過ごせなかったのだ。まるで昔の自分を重ねて見ている様で。
時間経過。
校長の長い話が終わり、それぞれの担当の教師が軽い連絡事項を述べた後、自由解散ということになった。
さて…畦織さんの様子でも見に行くか。
僕は友達が少ない(というかほとんどいない)ので、別にこれから誰かと何処かに行くなんてことも無いし。
他の生徒がぞろぞろと体育館から出て行くのに合わせて、僕も体育館から出て、保健室まで足を運ぶ。
保健室には保健の先生が戻って来ていた。
よく漫画に出てくる様な、美人でスタイルの良い先生である。
「あら…、君もどこか怪我したの?」
「いえ、畦織さんの様子を見に」
そう言って、彼女が寝ているベッドまで移動する。
怪我は手当てされている様で、顔の痣はガーゼで隠されていた。
これで生々しさはある程度緩和されたが、やはり痛々しそうではあった。
「始業式…終わったの?」
僕は「あぁ」と短く答えた。
畦織さんは体を起こして、ベッドから降り、そして保健の先生の所まで行って、「野池先生」と話しかける。
野池先生って名前なのか…、知らなかった、保健室には1回も来たことが無いから。
覚えておこう。
「帰ります。ありがとうございました」
そっけなく挨拶して、「いこ、今川君」と僕に言った。
「帰るって…もう大丈夫なのか?それに、行こうって、一緒に帰るのか?」
「そうよ。何かおかしい?」
うーん。
初対面だよなぁ…僕ら…。
それに、女の子と一緒に帰るっていうのは僕には今だに抵抗があるものだ。
…でもまぁいいか。誰が損するってわけでも無いし。
僕は歩きながら、彼女に聞きたいことを聞いた。
「畦織さんの能力って一体どんな能力なの?」
一人の能力者が所有している能力は何故か必ず一つのみなのだが、畦織さんは一体どういった能力なのだろう。
畦織さんは少し考えるようにした後、僕の手を握る。
すると突然体に浮遊感を感じ、視界が暗転する。しかし暗転したのは一瞬だけで、すぐに視界が取り戻される。
気付くと、僕はどこかの家の玄関に立っていた。
「こういう能力よ。テレポートってやつ」
テレポート。
物体を一瞬で離れた場所に送る、かなり有名な方の超常能力。
畦織さんは靴を脱いで、すぐ隣にある階段を上がりながら、「付いてきて」と言う。
「なぁここもしかして、君の家だったりするのか?」
「そうよ」
………。
今日が初対面の女の子に家に招待されてしまった。
途端に緊張してきた。自分の小心具合に少し嫌気が差す。
螺旋状になっている階段を上がって行き、廊下を渡り正面にある部屋に入る。
部屋の中はピンク色で統一されていて、僕はベッドに座る様に促されピンクのベッドに腰を掛ける。
あぁ、良い匂いがする…。
「あの…ここって…、もしかしなくても畦織さんの部屋じゃ…」
「そうよ」
今日が初対面の女の子に部屋に招待されてしまった。
更に緊張してきた…というか何でこんなことになってるんだろうか。心臓の鼓動が物凄いことになっている。
しかしその心臓の鼓動は更に速くなることになる。
あろうことか畦織さんは僕の目の前で制服を脱ぎ始めたのだ。
「ぐぁっ、な、何やってんだよ!」
畦織さんは無表情のままで答える。
「何って…着替えだけど…何かおかしかった?」
「おかしいね!絶対おかしい!ぼ、僕の前で堂々着替えんなよ!」
「え?今川君の前でどうして着替えちゃいけないの?やっぱり今川君、変な人ね」
だ、駄目だこいつ…早く何とかゴホンゴホン。
ついちらちらと畦織さんの肢体に目がいってしまう。
くそう…良い体付きしてるなぁ…堂々着替えるだけのことは…って何を考えているんだ僕は…。
だが、やはり体の所々に痣がある。それがとても痛々しくてならなかった。
畦織さんは漸く着替えを終え、勉強机から椅子を引っ張ってきて自分で座った。
「あら今川君、顔が赤いわよ」
くそ、この野郎。野郎じゃないけれど。
もしかしたらわざとやってるんじゃないだろうか。
僕は咳払いを一つして、畦織さんに言う。
「で、何で僕をここに連れてきたんだ?まさか自分の下着姿を見せ付けるためじゃないだろ?」
畦織さんは少し間をおきつつ、伸びをしながら僕に言う。
「うーん、特に理由は無いわね。強いて言えば、今川君とおしゃべりがしたかったからかな」
「…おしゃべり?」
僕は畦織さんの言葉を反復する。
「そ、おしゃべり。聞きたいこともあるし、今川君だって聞きたいことあるでしょ?」
…確かに、聞きたいことは色々とある。
しかし、こんな拍子抜けな…。
…。
……。
まぁ、別にいいか。
Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼Δ▼
「あ、もうこんな時間か…、凄い時間経ってたんだな」
気付けばもう日は暮れ、時計の針は西の方向を指していた。
僕達は本当に他愛の無い雑談をずっとしていた。
「もう帰っちゃうの今川君?何なら泊まって行ってもいいのよ」
誘惑的な顔で言う畦織さん。
「何言ってんだ…、そりゃ流石にまずいだろう…、今日はもう帰るよ」
「そ。分かったわ。道は分かる?分からないわよね、送っていくわ」
確かに分からない。
なにせ、テレポートでこの家に来たのだから、それまでの道順が分からないのだ。
「いや、もう暗いし危ないよ。ここがどこら辺にあるのか教えてくれれば…」
「私はテレポート出来るのよ?危ないとかは別に無いわよ」
そういえばそうか…、それじゃあ、またしてもお言葉に甘えておくことにしよう。
「じゃ、お願いしようかな…」
そう言うと畦織さんは少し嬉しそうな顔をして、部屋から出て階段を降りていった。
僕もそれに続いて階段を降りていく。
靴を履いて、「お邪魔しました」と言ってから家の外に出る。するとそこには、見慣れた道があった。
「あれ…?ここら辺って…」
「どうしたの?」
言いながら、顔を覗き込んでくる畦織さん。
辺りを見渡すと、そこはいつもの通学路だった。
そうか、畦織さんの家は僕の家から学校への道の途中にあったのか…。
こんなに近かったなんて、思いもよらなかった。
「いや、ここら辺って僕がいつも朝通ってる道なんだよ。これなら、1人でも帰れそうだ」
「ふーん、そうなんだ。じゃ、朝は今川君に迎えに来てもらおうかな」
何故そうなるんだ。
しかし断る理由も無いし、どうせ道の途中ということで、それを僕は了承した。
迎えに行く時間を聞いてから今度こそ「じゃあね」と言って、僕は畦織さんの家を後にした。
誤字脱字等がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。




