第8話:07:00 - 狂気の着弾点と、平和教の信者たち
【2026年6月20日 07:05 - 中国・北京&北朝鮮・平壌】
米海軍の空母打撃群からの猛烈なトマホーク攻撃を受け、中国人民解放軍の東部戦区はパニックに陥っていた。
北京の中南海・作戦室では、中国の国家主席が冷徹な計算を巡らせていた。
「米空母打撃群の防空能力は想定以上だ。奴らを海の底に沈めるには、我が軍が保有する対艦弾道ミサイル(DF-21D、DF-26)の在庫をすべて叩き込む必要がある」
作戦参謀が進言する。
「しかし主席、予定していた在日米軍基地(横須賀・嘉手納)への牽制攻撃に回すミサイルが足りなくなります。米軍の補給線と後方支援基地を叩かなければ、長期戦で我が方が不利に――」
「案ずるな」国家主席は冷たく言い放った。「米軍の盾となるはずだった日本の自衛隊は、政治家の『平和ボケ』によって手足を縛られている。ならば、横須賀への攻撃は『あの狂犬』にやらせればいい」
国家主席は直ちに北朝鮮の平壌へ極秘回線を繋ぎ、実質的な最高指導者である「妹」に直接要請を下した。
『――指導者同志。米軍の出撃拠点を叩く名誉を、朝鮮民主主義人民共和国に与えよう。横須賀の第7艦隊ドックへ、弾道ミサイルを撃ち込んでみせろ』
平壌の地下指揮所で、彼女は妖艶に微笑んだ。
『光栄ですわ、主席。我が共和国の誇る新型火星ミサイルで、米帝と日本の小犬どもを震え上がらせてあげましょう。すぐに発射を』
2026年6月20日 07:10。
北朝鮮の移動式発射台から、2発の弾道ミサイルが白煙を引いて空へ舞い上がった。目標は、神奈川県・横須賀の米海軍基地。
しかし、彼女も、そして中国の国家主席も、一つの致命的な欠陥を見落としていた。経済制裁下にある北朝鮮が闇市場で調達したミサイルの「ジャイロスコープ(姿勢制御装置)」は、粗悪なコピー品の寄せ集めだったのだ。
【2026年6月20日 07:15 - 上空&東京都・千代田区】
大気圏外から極超音速で落下段階に入った北朝鮮の弾道ミサイルは、目標である横須賀のはるか手前で、突如として姿勢制御システムに致命的なエラーを起こした。
ジャイロが焼き切れ、誘導コンピューターが完全に沈黙。ミサイルは軌道を大きく北寄りに逸らし、あろうことか、約3800万人が密集する首都圏のど真ん中――東京都千代田区へと向かって一直線に落下を始めた。
防衛省のレーダーサイトはこれを即座に探知したが、官邸からの「いかなる防衛出動・迎撃行動も許可しない」という厳命に縛られた自衛隊のPAC-3部隊は、照準を合わせながらもミサイルの発射ボタンを押すことができなかった。
「落ちるぞ! 首都に落ちる!!」
市ヶ谷の防衛省で悲鳴が上がる中、迎撃を免れた巨大な鉄の塊は、朝焼けの東京上空を切り裂いた。
――ズドォォォォォォォォォォォォン!!!!!
着弾地点は、霞が関・日比谷公園の南側交差点。
首相官邸から直線距離にしてわずか数百メートルの地点である。
高性能爆薬が炸裂し、マグニチュード直下型地震に匹敵する激しい揺れが都心を襲った。官庁街の重厚なビルの窓ガラスが数キロ四方にわたって一斉に粉砕され、アスファルトと土砂が数十メートルの高さまで吹き上がる。早朝で人通りが少なかったことが唯一の救いだったが、それでも付近を走行していた車両数台が爆風で紙屑のように吹き飛ばされた。
【2026年6月20日 07:25 - 首相官邸 地下危機管理センター】
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
官邸地下の危機管理センターは、凄まじい轟音と激しい揺れに見舞われていた。天井からパラパラと白い石膏の粉が降り注ぎ、照明がバチバチと明滅する。
テーブルに置かれていたコーヒーカップが床に落ちて割れ、『令和新風会議』の元俳優の党首は無様にも机の下に潜り込んで頭を抱えていた。『立憲民政党』の白いスーツの女性幹部も、顔面を蒼白にして椅子にしがみついている。
「な、なんだ!? 地震か!?」
日本の首相も、さすがに目を丸くして立ち上がっていた。
「総理!!」
統合幕僚長が、血を吐くような声で絶叫した。
「ミサイルです! 北朝鮮から発射された弾道ミサイルが、日比谷・霞が関エリアに着弾しました! 官邸から目と鼻の先です! 爆風で周囲の窓ガラスは全壊、被害状況は現在確認中ですが、間違いなく我が国の首都中枢に対する直接攻撃です!! 今度こそ、今度こそ防衛出動を!!」
部屋の空気が凍りついた。
自分たちの頭上に、本物のミサイルが落ちてきたのだ。死の恐怖が、ついにこの「お茶会」の席にも現実として突きつけられた。
しかし。
情報端末を必死に叩いていた防衛官僚が、震える声で報告を入れた。
「と、統幕長! 米軍の早期警戒衛星からのデータによれば、ミサイルは横須賀を狙っていた軌道から突如逸脱したとのこと! 誘導装置の故障、ジャイロのエラーによる『着弾点のズレ』である確率が極めて高いです!」
その言葉を聞いた瞬間。
机の下から這い出してきた『令和新風会議』の党首が、埃を払いながら、信じられない言葉を口にした。
「……なんだ。エラーか」
「はい?」統幕長は耳を疑った。
「エラーなら、しょうがないじゃないですか!」彼は安堵したように胸を撫で下ろした。「北朝鮮だって、まさか東京に落とす気はなかったんでしょう! これはいわば、交通事故みたいなものです。交通事故で戦争を始める国がどこにありますか!」
「そうです!」『立憲民政党』の女性幹部も息を吹き返し、金切り声を上げた。
「北朝鮮はアメリカの基地を狙ったんでしょう!? なら、日本は関係ないじゃないですか! むしろ、アメリカの基地が日本にあるせいで、こんな危険な目に遭ったんですよ! これはアメリカの責任です! 自衛隊を動かすなんて絶対にダメ! 今すぐアメリカに『基地を撤収しろ』と抗議すべきです!」
「……正気か、あんたたち」
部屋の入り口に立っていた『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長は、声も出せずにその狂宴を見つめていた。
首都が爆撃され、官邸が揺れ、国民の命が危険に晒されているのに、彼らは「わざとじゃないから」「アメリカのせいだから」と、ミサイルを撃ち込んできた独裁国家を庇い、一切の反撃や防衛行動を拒絶しているのだ。
幹事長は静かに、ただ静かに首相を見つめた。
日本の最高権力者は、どう決断するのか。
「えー……」
首相は、割れたコーヒーカップを残念そうに見下ろし、ゆっくりと眼鏡を掛け直した。
「お二人の言う通り、これは偶発的な事故の可能性が高い。国際法における『武力攻撃の意思』を認定するには、さらなる慎重な分析が必要です。東京に落ちたのは極めて遺憾ですが、これで我々が過剰に反応し、北朝鮮や中国へ報復すれば、それこそ第三次世界大戦の引き金を引くことになります。我々が耐え忍ぶことで、世界の平和は保たれるのです」
首相は外務官僚に向け、いつも通りのねっとりとした声で指示を出した。
「至急、北朝鮮に向けて『極めて遺憾であり、厳重に抗議する。ミサイルの整備不良には十分に注意されたい』というメッセージを送りなさい。……それと、誰か新しいコーヒーを淹れてくれないか」
幹事長は、目を閉じた。
もはや怒りも湧かなかった。この国は、完全に終わっている。カルト宗教の集会所の方が、まだ論理的な会話が成立するだろう。駐日米国大使は、すでに部屋の隅で十字を切り、日本政府との対話を完全に放棄していた。
【2026年6月20日 07:45 - 日本国内 メディアとSNSの反応】
首都へのミサイル着弾という未曾有の事態は、当然ながら日本中を大パニックに陥れていた。
しかし、地上波のテレビ各局(旧メディア)の報道は、官邸の異常な論理に不気味なほど同調していた。
『――速報です。先ほど、都内千代田区に飛翔体が落下。専門家の分析によれば、北朝鮮のミサイルが故障によってコースを外れた偶発的な事故である可能性が高いとのことです』
ヘルメットを被った有名ニュースキャスターが、神妙な顔つきでカメラに語りかける。
『スタジオの識者にお話を伺います。先生、これは大変な事態ですが……』
『ええ。しかし重要なのは、冷静になることです。北朝鮮には日本を攻撃する意図はなかった。ここでネット上の過激な意見に流され、報復だ、防衛出動だと騒ぎ立てるのは、相手の挑発に乗るのと同じです。首相の「対話による平和的解決」という冷静な姿勢を、我々国民も支持し、暴力の連鎖を断ち切らねばなりません』
テレビの中では、「平和」と「冷静」という言葉が呪文のように繰り返されていた。
一方。
旧メディアの統制が効かないSNS(X・旧Twitterなど)のタイムラインは、文字通り「大炎上」の真っ只中にあった。国民の恐怖と怒りは、臨界点を完全に突破していた。
@Tokyo_Surv
『は??? 霞が関にミサイル落ちて「遺憾の意」??? 総理、頭湧いてんの? #首相寝ろ #遺憾の意砲』
@Defense_JP_Fan
『事故だろうがエラーだろうが、首都に爆弾落ちて自衛隊動かさない国がどこにあるんだよ! PAC-3動かせよ! 政治家どもは国民が死ぬのを待ってんのか!?』
@News_Watcher2026
『テレビのコメンテーター「暴力の連鎖を断ち切れ」。いや、こっち一方的に殴られてるだけなんですけど? 殺されかけてんのに冷静になれとか狂ってる。』
@Kanjicho_Supporter
『深夜に幹事長が官邸に乗り込んだ時、ネットの連中は「野党のパフォーマンスだろ」って笑ってたけど、幹事長が正しかったじゃねえか。あの人だけがまともだった。両党の代表はどこ行ったんだよ! #幹事長総理待望論』
@Salaryman_K
『会社から「ミサイル落ちたけど、通常通り出社しろ」ってメール来たんだがwww 終わってるこの国www』
怒り、絶望、そして極限状況下での自嘲。
官邸と旧メディアが「対話」という空虚な念仏を唱える中、ネット上では現実を直視した国民たちの阿鼻叫喚が渦巻いていた。政府への信頼は完全にゼロになり、暴動の一歩手前まで社会不安が膨れ上がっている。
【2026年6月20日 08:00 - 台湾海峡 洋上】
日本の首都が混乱と狂気に包まれている頃。
台湾海峡では、たった一国で巨大な赤い龍に立ち向かうアメリカ海軍が、死闘の火蓋を切っていた。
大気圏から雨あられと降り注ぐ中国軍の対艦弾道ミサイル「DF-21D」。
空母「ロナルド・レーガン」とイージス艦の編隊は、日本の自衛隊から送られてくる極秘のデータリンク情報を頼りに、SM-3迎撃ミサイルを次々と空へ放ち続けている。
「迎撃成功率70%! しかし、数が多い! 防空網を突破されます!」
第7艦隊司令官は、血の滲むような思いで空を見上げた。
日本という不沈空母は、狂った政治家たちの手によって「ただの浮き島」と化した。アメリカは、補給も安全な退路も絶たれたまま、この極東の海で孤軍奮闘を強いられているのだ。
「……持ち堪えろ。自由世界の意地を見せてやれ」
作中時間、08:00。
台湾海峡の波はさらに高く荒れ狂い、東京の空にはミサイル着弾による黒煙がもうもうと立ち昇っていた。
残り40時間。崩壊していく世界の歯車は、もはや誰にも止められない。
※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。




