第5話:04:00 - 見捨てられた同盟と、独裁者たちの狂宴
【2026年6月20日 04:00 - アメリカ・ワシントンD.C. ホワイトハウス 地下シチュエーションルーム】
(※日本時間)
「……以上が、日本政府の公式見解です。『誤射による偶発的な事象であり、対話による解決を模索する』とのことです」
大型モニターに映し出されたCIA長官の報告が終わると、シチュエーションルームには、まるで葬儀場のような重く冷たい沈黙が降りていた。
合衆国大統領は、組んだ両手の上に顎を乗せ、モニターに映る日本の官房長官の会見映像(録画)を、ただ無表情に見つめていた。その無表情の裏で、どれほどの怒りがマグマのように沸騰しているか、同席している閣僚や軍トップたちは痛いほど理解していた。
「大統領」国務長官が重い口を開いた。「駐日大使からの追加報告によれば、日本の首相は『これ以上の緊張激化を避けるため』として、会見終了後に官邸の仮眠室へ向かったそうです。連立与党の幹部たちも『一仕事終えた』という顔で各々の控室に引き揚げた、と」
「仮眠、だと……?」
統合参謀本部議長が、信じられない言葉を聞いたというように目を剥いた。
「自国の領土に弾道ミサイルが落ち、同盟国が今まさに血を流そうとしている時に、あの国のトップは『寝る』と言うのか!?」
「彼らの論理では『危機は存在しない』ことになっているからです。存在しない危機のために徹夜するのは無意味だ、ということでしょう」
「F**k!!」
海軍作戦部長が、たまらず机を拳で叩いた。
「連中は薬物でもキメているのか!? あの島国には米軍の最大の拠点があるんだぞ! 横須賀の第7艦隊、沖縄の第3海兵遠征軍、嘉手納の空軍。彼らが『中立』を気取って後方支援を拒否し、民間港湾の利用や弾薬の輸送を止めれば、我々の作戦能力は半減する! 兵站抜きでどうやって中国のA2/AD(接近阻止・領域拒否)網を突破しろと言うんだ!」
大統領は深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。
「……日本は、現実から目を背けることを選んだ。ダチョウが砂の中に頭を突っ込むようにな」
大統領は顔を上げ、歴戦の将軍たちを見回した。
「ならば、我々も日本という国家を『いないもの』として扱う。作戦計画『オースチン』を発動せよ。在日米軍基地は、合衆国の治外法権下にある。日本政府の意向など無視して構わん。我々の権限で全基地を完全な戦時態勢(DEFCON 2)に移行させろ。自衛隊の援護は一切期待するな。自分たちの背中は、自分たちで守れ」
「大統領、それでは日米安保条約の根幹が揺らぎます。戦後構築してきた同盟関係が――」
「揺るがしたのは我々ではない。あの『お花畑』の住人たちだ」
大統領は国務長官の懸念を冷徹に切り捨てた。
「我が国はすでに中東問題への関与を断ち、このインド太平洋に覇権の全てを懸けている。ここで台湾を見捨てれば、アメリカは世界における指導的地位を永遠に失う。……インテリジェンスの報告を頼む。朝鮮半島の動きはどうか」
CIA長官が手元のタブレットを操作し、モニターの地図を朝鮮半島へ切り替えた。
「北朝鮮が、再び動きました。今月15日から続いていた軍事境界線(DMZ)への局地的な挑発が、ここ数時間で激化しています。長距離砲兵部隊が、韓国側の無人山岳地帯に向けて数百発の砲撃を開始。韓国軍も応戦準備に入っており、在韓米軍は完全に警戒態勢に釘付けにされています」
「実権を握ったあの『妹』か……」
「はい。5月の先代である兄の急死後、実質的な最高指導者の座に就いた彼女は、国内の軍部を掌握するために『外なる危機』を必要としていました。そこに北京から『陽動作戦』の極秘依頼が舞い込んだ。彼女にとって、これ以上ない渡りに船です」
「見事な連携だ。北京の独裁者も、平壌の女帝も、民主主義国家の『弱さ』を熟知している。だが、思い知らせてやらねばならん。アメリカの牙は、決して丸くはなっていないことを」
大統領は立ち上がり、最終指令を下した。
「インド太平洋軍に攻撃許可を下す。台湾海峡に展開する全ての中国軍艦艇および航空機を『敵対目標』と認定。発見次第、撃滅せよ!」
【2026年6月20日 04:15 - 北朝鮮・平壌 労働党本部ビル】
平壌の地下深くにある指揮所では、三十代後半となった実質的な最高指導者である彼女が、冷ややかな微笑を浮かべて戦況モニターを見つめていた。
彼女の細い指には、火のついた細身の煙草が挟まれている。
「指導者同志。南朝鮮(韓国)の傀儡軍はパニックに陥っております。我が方の長距離砲の砲門が開いただけで、彼らは首都ソウルの防衛に全兵力を張り付けました。米帝の第2歩兵師団も、一歩も半島から動く気配はありません」
老練な人民武力相が、恭しく頭を下げて報告する。
「ご苦労様」彼女は紫煙を細く吐き出した。「中国の国家主席との約束は果たさなければね。我々がここで騒げば騒ぐほど、中国は台湾を攻めやすくなる。そして中国が台湾を手に入れれば、東アジアにおける米帝の覇権は完全に崩壊する。我が共和国にとって、これほど愉快な夜はないわ」
先代である兄が心筋梗塞で急死した5月3日以降、彼女は血みどろの権力闘争を勝ち抜いてきた。逆らう将軍たちは全て粛清し、今は軍を完全に掌握している。この「台湾有事への陽動」は、彼女の冷酷な手腕を党内に知らしめる最高のデモンストレーションであった。
「それにしても……」
彼女は、モニターの端に映る日本列島を一瞥し、くすくすと笑い声を漏らした。
「日本の首相は、自国にミサイルが落ちても『寝て』いるそうね。呆れて物も言えないわ。彼らは、平和という名の宗教に洗脳された哀れな信者よ。かつて『大日本帝国』としてアジアを蹂躙した国が、今や去勢された犬以下に成り下がった」
「仰る通りです、指導者同志。日本の自衛隊は最新鋭の武器を持っていますが、それを撃つ決断を下せる指導者がいません」
「放っておきなさい。日本は後回しよ。今は、アメリカの血をどれだけ流させるか。それが我々独裁国家の『連帯』の証明になるのだから。……砲兵部隊に伝達。夜明けと共に、さらなる威嚇射撃を。ソウルの市民に、戦争の足音をたっぷりと聞かせてあげなさい」
【2026年6月20日 04:30 - 日本・東京 防衛省(市ヶ谷) 統合幕僚監部】
首相官邸の仮眠室で首相が安らかな寝息を立てている頃、市ヶ谷の防衛省地下指揮所では、ギリギリの「抗命」が密かに行われようとしていた。
「官邸の連中、本当に全員寝やがった……!」
官邸から戻ってきた統合幕僚長は、指揮所のデスクに制帽を叩きつけた。その顔には疲労と、それ以上の凄まじい怒りが刻まれていた。
陸上、海上、航空の各幕僚長が、重苦しい表情で統幕長を取り囲む。
「統幕長、与那国島の状況は。島民の避難指示は出たのですか」
陸上幕僚長が尋ねると、統幕長は首を横に振った。
「出ていない。官邸は『ミサイルはエラーであり、攻撃ではない』という見解を崩さなかった。だからJアラートも鳴らさないし、自衛隊の防衛出動も認めない。情報収集の維持、それだけだ。『立憲民政党』と『令和新風会議』の連中に至っては、『これに乗じて自衛隊が暴走しないか監視しろ』とまで言い捨てていきよった」
「……狂っている」航空幕僚長が吐き捨てるように言った。「我々の目の前で、台湾の空軍が壊滅しつつあるんですよ。そして今、米軍の第7艦隊が、我々の支援なしで中国の対艦ミサイル網に突っ込もうとしている。もし横須賀や嘉手納から出撃する米軍機に、中国軍のミサイルが飛んできたらどうするつもりだ! それでも我々は、指を咥えて『情報収集』をしているのか!」
「いや」
海上幕僚長が、静かに、しかし決意に満ちた声で口を開いた。
「我々は自衛官だ。国を守り、同盟国を守る義務がある。政治家が法理と空想の平和主義に逃げ込むなら、我々は現場の裁量と『法の拡大解釈』で戦うしかない」
「海幕長、何を考えている?」
「『情報収集』という命令を、極限まで利用する」
海幕長は電子海図を指差した。
「現在、我が方の最新鋭潜水艦が台湾周辺に展開している。P-3C及びP-1哨戒機も、南西諸島空域を飛行中だ。彼らが得た中国艦隊の音響データ、レーダー航跡、電子戦情報を、米海軍第7艦隊の戦術データリンク(Link 16)へ『リアルタイムで共有』する。つまり、我が自衛隊が米軍の巨大な『目』と『耳』になる」
「待て、それは……!」陸幕長が息を呑む。「米軍の攻撃目標の特定に直接寄与する行為だ。『武力行使の一体化』とみなされ、明白な憲法違反、専守防衛の逸脱として、我々は間違いなく官邸から免職され、軍法会議……いや、特別公務員暴行陵虐罪などで逮捕されるぞ!」
「構わん!!」
統幕長が低く吼えた。その目には、悲壮なまでの覚悟が宿っていた。
「台湾が落ち、南西諸島が封鎖されれば、日本という国そのものが終わる。その時になって『憲法を守りました』と胸を張って、何の意味がある! 逮捕でも切腹でも、喜んでしてやる。アメリカを孤立させるな。太平洋で流れる血を、少しでも減らすんだ。……全幕僚長、これは私の『独断』として処理する。責任は全て私が取る」
「統幕長」空幕長が不敵に笑った。「責任は我々全員で分け合いますよ。……空自のAWACS(早期警戒管制機)も限界まで前線に押し出しましょう。中国のミサイルの航跡を、全てアメリカのイージス艦に食わせてやります」
2026年6月20日 04:45。
眠りこける日本の政治中枢を尻目に、制服組による「静かなる反乱」が始まった。彼らは銃を撃つことはできない。しかし、その卓越した索敵能力をもって、暗闇の中でアメリカの剣を導く決意を固めたのだ。
【2026年6月20日 04:50 - フィリピン海 台湾東方沖合 米海軍第7艦隊】
漆黒の海を、空母「ロナルド・レーガン」を中心とする巨大な艦隊が、最大戦速で北西へと進んでいた。目指すは台湾海峡。
空母の戦闘指揮所(CDC)では、青白いモニターの光がオペレーターたちの緊張した顔を照らし出している。
「提督! インド太平洋軍司令部より『オースチン』発令。交戦許可が出ました! 対象は全ての中国人民解放軍部隊です!」
「ついに来たか」
第7艦隊司令官は、腕を組みながらモニターを睨みつけた。
「日本の自衛隊からの援護はない。対潜水艦哨戒も、イージス艦による防空の傘も、我々の単独で回すことになる。損耗率は跳ね上がるぞ。各艦に厳戒態勢を――」
その時、戦術データリンクのコンソールを担当していた士官が、驚きの声を上げた。
「提督! Link 16ネットワークに、大量の戦術データが流入してきています! こ、これは……日本の海上自衛隊と航空自衛隊からです! 台湾海峡周辺に潜伏している中国の潜水艦の音響シグネチャ、沿岸部の防空レーダーの周波数、さらには揚陸艦隊の正確なGPS座標まで……完璧なターゲティング・データです!」
司令官は目を見開いた。
「日本政府は動かないはずだろう!?」
「発信元は市ヶ谷の統幕、および現場の自衛隊アセットからです! 官邸を通さない、独自のデータ共有と思われます。データにはこうタグ付けされています……『For Information Gathering Purpose Only(情報収集目的に限定する)』と」
「ハッ……!」
司令官は思わず笑みをこぼし、そして目頭が熱くなるのを感じた。
政治家たちが腐りきっても、現場の兵士たちの絆は死んでいなかった。「情報収集」という建前の裏に隠された、自衛隊からの決死の援護射撃。このデータがあれば、闇雲に突っ込むよりもはるかに戦いを有利に進めることができる。
「……日本のサムライたちに感謝しろ。このデータを取り込み、トマホーク巡航ミサイル及び艦載機の攻撃プログラムにセットせよ。目標は、台湾西海岸に接近中の中国軍・強襲揚陸艦隊!」
司令官の目に、猛禽類のような鋭い殺意が宿る。
「さあ、反撃の時間だ。レッド・ドラゴンの喉笛を食い破れ!」
作中時間、05:00まであとわずか。
狂気の独裁者たちの思惑が交錯する中、ついにアメリカの圧倒的な軍事力が、中国軍へと牙を剥こうとしていた。
※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。




