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第40話:19:00 - 奇跡の演出と、神となった者たち

【2026年6月21日 19:45 - 東京都内・各地】

 漆黒の闇に包まれた首都圏の街角で、数千万の市民たちが、乾電池式ラジオから流れる『救国暫定委員会』の「重要発表」を固唾を呑んで待っていた。

 電力供給が途絶えてから丸二日が経過しようとしている。

 水不足、食料不足、そしていつ終わるか知れない「現代の暗黒時代」への絶望。市民の心は極限まで削られ、ただ「日常」という名の光が戻ってくることだけを渇望していた。

『――国民の皆様。救国暫定委員会より、重大な発表があります』

 ラジオから流れる総理代理の声は、昨夜よりもどこか神々しく、力強さを増していた。

『我が国を襲った未曾有の災厄に対し、我々は全力で立ち向かってきました。アメリカとの同盟の絆を再確認し、インフラ復旧チームを総動員し、この暗闇を払うために、ただ一つの執念を持って動いてきました。……そして今、その努力が報われる時が来ました』

 各街角で、ラジオを囲んでいた人々が顔を見合わせた。

 周囲は真っ暗だ。しかし、この言葉には確かな「希望」が満ちているように聞こえた。

『国民の皆様。これからカウントダウンを行います。我が国の、そして我々の未来を照らす光を、共に迎えましょう。……5、4、3、2、1……』

 その瞬間であった。

【2026年6月21日 20:00 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】

 幹事長が、静かに手元のスイッチを押し込んだ。

 それは、ただの電気のスイッチではない。国家の民心プシュケを支配するための、極めて冷酷なトリガーであった。

「……送電開始」

 統合幕僚長の無機質な報告と同時に、都心の主要エリアに設置された米軍規格の非常用トランスが唸りを上げた。

 一瞬の揺らぎの後、消え去っていた街路灯が、信号機が、ネオンサインが、一斉に目覚めた。

 バンッ! と音を立てるかのように、東京の闇が引き裂かれた。

【2026年6月21日 20:05 - 東京都・新宿区 街角】

 暗黒の街に、再び光が戻った。

 グラウンドで配給の列に並んでいた市民たちは、一瞬、自分の目が眩んだのかと思った。

「つ、点いた……!」

 誰かの叫び声とともに、周囲で一斉に歓声が上がった。

 高層ビルの窓という窓が、まるで宝石箱をひっくり返したかのように輝き始める。暗闇に沈んでいた街が、突如として不死鳥のように蘇ったのだ。

「ああ……ああ……!」

 高齢の女性が、膝から崩れ落ちてその光を拝んだ。

「委員会の方々が、本当に光を戻してくれたんだ……! やっぱり、救国暫定委員会は、私たちが信じた通り、本当に日本を救う神様なんだわ!」

 周囲の若者も、会社員も、皆が泣いていた。

 昼間の過酷な配給、そして先の見えない暗闇への恐怖が、この「圧倒的な光」の到来によって、全て「救国暫定委員会への感謝」へと強制的に変換リライトされたのだ。

 幹事長の計算は、恐ろしいまでに正確であった。

 国民は、電力インフラを復旧させたのが、米軍の物資と自衛隊のバイパス工事による「技術的な必然」であることを知らない。

 彼らにとってそれは、自分たちを支配し、強権を振るう暫定委員会がもたらした「奇跡の神技」として記憶に刻まれることになったのである。

【2026年6月21日 20:20 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】

 モニターには、光を取り戻した東京の各エリアが映し出されている。

 歓喜に沸く市民、自衛官に向かって敬礼をする者、ラジオに向けて涙を流す者。その光景を見つめながら、『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長は、懐中時計の蓋をパチンと閉じた。

「……どうです、代表? 我々が望んだ通りの『熱狂』です」

「か、幹事長……。恐ろしいな。ただ電気を点けただけで、国民がこれほどまでに我々を信奉するとは……」

 総理代理は、震える声で呟いた。彼は今、自らが「神」として崇められていることに、一種の麻痺のような快感を覚え始めていた。

「これが政治ですよ、総理代理。大衆は、論理よりも『体験』を信じる。飢えさせて、恐怖を与え、その後に光を与える。この単純なコントラストさえ操れば、どんな強権も『国民のための愛』に塗り替えられる」

 幹事長は、統合幕僚長の方を向いた。

「統幕長。この熱狂のうちに、国民投票の準備を済ませてください。新憲法の発布は、週明けの月曜日に強行します。……誰も、この奇跡を起こした我々に反対などできはしない」

「了解しました。……我が国の国民は、もはや我々の言葉を疑うことはないでしょう」

 冷徹な支配者たちの間で、日本という国の「魂」が、完全に売却された。

 もはや、この国に旧来の自由主義や平和主義が戻ることはない。

 国民は、自らの手で「自分たちを支配する絶対的な権力」を歓迎し、その鎖に繋がれることを心から望んでいるのだから。

 作中時間、21:00。

 開戦から45時間が経過した。

 光を取り戻した首都で、救国暫定委員会による支配は「神格化」という最終段階に達した。

 残り3時間。この48時間のシミュレーションが幕を下ろす時、日本という国は、世界でも類を見ない「国民の支持を得た鉄の軍事国家」として、完全に完成することになる。

※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。

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