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第35話:11:00 - 英雄の捏造と、スーツの進駐軍

【2026年6月21日 10:30 - 東京都内 キー局ラジオ放送ブース】

 『非常事態宣言』による国家の完全統制は、ライフラインや治安維持にとどまらず、国民の「感情と記憶」の書き換えにまで及んでいた。

 電力が喪失した首都圏において、唯一の娯楽であり情報源となった乾電池式ラジオから、荘厳な鎮魂曲レクイエムが流れていた。

 それに続き、沈痛な面持ちのアナウンサー(※背後には情報保全隊の自衛官が銃を携帯して立っている)が、用意された原稿を一言一句違えずに読み上げる。

『――国民の皆様に、悲しいお知らせをお伝えしなければなりません。昨日、首都圏を襲った電磁パルス攻撃の混乱の中、首相官邸の地下危機管理センターにおいて、最後まで陣頭指揮を執られていた前内閣総理大臣をはじめとする全閣僚が、設備の致命的な損壊により殉職されました』

 避難所の体育館で、配給の列に並ぶグラウンドで、あるいは薄暗い自宅のリビングで、何千万という市民が息を呑んでラジオに耳を傾けた。

『前総理は、最期の瞬間まで「武力ではなく、対話による平和的解決」を信じ、同盟国との連携を模索し続けておられました。しかし、非道なるミサイル攻撃が彼らの命を奪いました。彼らは逃げることなく、最後まで国家の盾として、その崇高な命を捧げられたのです』

 市民たちの目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。

 開戦直前、「自衛隊を出すな」「アメリカに追従するな」と弱腰の姿勢を見せていた旧政府への不満は、この瞬間に完全に「浄化」された。

 死人に口なし。官邸の地下で、「アメリカの核の傘」という妄想にしがみついたまま酸欠で無様に死んでいったという滑稽な真実は、冷徹な幹事長の手によって、美しく悲劇的な「殉教の神話」へと完璧にすり替えられたのだ。

『彼らの平和への遺志は、我々国民の心の中で永遠に生き続けます。そして、その遺志を受け継いだ救国暫定委員会が、今、不退転の覚悟でこの国を導いています。……我々は、彼らの死を無駄にはしません』

 放送が終わると、避難所のあちこちですすり泣く声が漏れた。

 誰もが、散っていった旧政府の政治家たちを「国の英雄」として称え、そして、その英雄の遺志(と捏造された物語)を引き継いで強権を発動している新政府(暫定委員会)に対して、狂信的とも言える強固な支持を固めたのである。

 これこそが、情報統制による「完全なる大衆操作マインド・コントロール」であった。

【2026年6月21日 11:15 - 台湾・台北市 松山シャンシャン空港】

 同じ頃、台湾の空の玄関口である松山空港の滑走路に、日の丸を描いた日本の政府専用機(ボーイング777)と、航空自衛隊のC-2輸送機が次々と着陸していた。

 タラップが下ろされ、降りてきたのは、迷彩服を着た自衛官たちだけではない。

 アイロンの効いた高級なスーツに身を包み、分厚いアタッシュケースを持った数十人の男たち――日本のメガバンクの役員、大手総合商社の幹部、そして巨大ゼネコンのトップたちであった。

「ようこそ、台湾へ。お待ちしておりました」

 出迎えた台湾政府の経済部長が、複雑な笑みを浮かべて握手を求めた。

「被害の大きさに、胸が痛みます」

 日本の財界を代表する商社のトップが、慇懃無礼な態度で深く頭を下げた。

「しかし、ご安心ください。我が国のインフラ復旧チームと、莫大な復興資金はすでに準備が完了しております。……まずは、破壊された新竹シンジュの半導体工場群の再建から取り掛かりましょう。我々の持つ最新の建築技術と製造ラインを『独占的に』提供させていただきますよ」

 台湾の経済部長は、内心で舌打ちをした。

 戦争が終わってまだ半日も経っていない。焼け跡から遺体すらすべて回収しきれていないというのに、日本の財界ハゲタカたちは、自衛隊の輸送機に乗って、莫大な復興利権を貪るために最速で乗り込んできたのだ。

「……随分と、お仕事が早いですな」

「ええ。何しろ、我が国の『大本営』からの至上命令でしてね。同盟国を全力でお助けしろと」

 商社のトップは、ニコリと笑った。

 それは、実質的な「スーツを着た進駐軍」であった。

 台湾政府に拒否権はない。日米の軍事力に依存しなければ中国の脅威から国を保てない以上、経済的な主導権を日本に握られることは、生存のための絶対条件だった。

 日本の『国民民主連盟』幹事長が描いた「鉄の三角形(政治・軍事・経済)」のシナリオは、早くも海を越えて台湾の地で猛烈な勢いで稼働し始めていた。日本のゼネコンと商社は、この焼け野原を舞台に、空前の「戦後特需」を意のままに操り始めたのである。

【2026年6月21日 11:45 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】

 市ヶ谷の地下大本営。

 『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長は、台湾へ送り込んだ財界のトップたちからの「第一段階の契約締結完了」の暗号報告を受け取り、冷たい笑みを浮かべた。

「……順調ですね。これで戦後日本の『財布』は潤う。防衛費をGDP比20%に引き上げても、国家財政は十分に回ります」

「幹事長」

 『国政参画党』の代表が、少し怯えたような目で声をかけた。

「国民の世論調査(ラジオのアンケート等による簡易調査)の結果が出た。……我々『救国暫定委員会』の支持率は、なんと95%を超えている。旧政府の『悲劇の死』の放送が効いたんだ。誰も我々に逆らおうとしない」

「当然です。人間は、恐怖と感動を同時に与えられると、思考を停止して強いリーダーに従うようにできている」

 幹事長は、机の上の『新・日本国国防憲法 草案』のファイルを手に取った。

「鉄は熱いうちに打て。……正午の時報とともに、総理代理に全国放送で発表していただきます。この新しい憲法の制定と、『国防軍』の創設を」

 自党のトップであり、新しく首相代理となった男が、ごくりと唾を飲んだ。

「ほ、本当にやるのか? 戦争が終わったばかりで、今度は国の形を根底から変えるなんて……歴史に独裁者として名が残るぞ」

「臆病風に吹かれましたか?」

 幹事長の言葉は、氷のように冷たかった。

「歴史に名が残る? 結構なことではありませんか。我々は、アメリカの属国として平和のぬるま湯に浸かっていたこの国を、自立した『本物の帝国』に作り変えるのです。この憲法を通さなければ、日本は再び『遺憾の意』しか言えない三流国家に逆戻りする」

 幹事長は、総理代理の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで迫った。

「あの官邸の地下で死んだ連中のように、何もしないまま歴史のゴミ屑になりたいのなら、今すぐそのバッジを外してここから出て行きなさい。……我々の手で、この国を新しく生まれ変わらせる覚悟があるなら、マイクの前に立ちなさい」

 総理代理は、幹事長の凄まじい気迫と、その背後にある圧倒的な「国家の暴力(自衛隊と警察)」のプレッシャーに押され、力なく頷くしかなかった。

「……分かった。やる。私が、発表する」

「よろしい」

 幹事長は、懐中時計を取り出し、カチャリと蓋を開けた。

「時刻は間もなく正午。……戦後の終焉であり、新しい戦前の始まりです」

 作中時間、12:00。

 開戦から36時間が経過した。

 戦争という物理的な破壊が終わった後、極東の島国は、たった一人の冷徹な政治家の手によって、その精神と国家の在り方を根本から作り変える「無血のクーデター(新憲法の発布)」という最大のクライマックスを迎えようとしていた。

 残り12時間。時計の針は、新しい時代へのカウントダウンを冷酷に刻み続ける。

※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。

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