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第16話:15:00 - 焦土の島と、本土への鉄槌

【2026年6月20日 15:05 - 沖縄県・石垣島】

 真っ青な夏の空を、死を告げる幾筋もの白い飛行機雲が切り裂いていた。

「弾道ミサイル接近! 複数! 目標、当駐屯地および……民間港湾施設、避難所指定の市立体育館!」

 石垣島の陸上自衛隊・駐屯地で、レーダーオペレーターの絶叫が響き渡った。

「目標が民間施設だと!? 連中、ついに無差別攻撃に切り替えやがったか!」

 駐屯地司令は血の気が引くのを感じながらも、即座に迎撃コマンドを叫んだ。

「PAC-3部隊、全弾撃ち尽くせ! 島民と難民の頭上に、一発たりとも落とすな!」

 ズドォォォォンッ! と、駐屯地の各所からPAC-3(地対空誘導弾パトリオット)が連続して打ち上げられる。空中で轟音とともに白い閃光がいくつも瞬き、中国のロケット軍が放った短距離弾道ミサイル(SRBM)が次々と粉砕されていく。

 しかし、数十発に及ぶ飽和攻撃のすべてを防空網だけで完璧に防ぎ切ることは、物理的に不可能であった。

「迎撃漏れ、3発……落ちます!!」

 凄まじい衝撃波が、美しいサンゴ礁の海を揺らした。

 1発目は駐屯地の外縁部に着弾し、弾薬庫の一部を吹き飛ばした。そして最悪なことに、残る2発は、自衛隊の防空エリアのわずかな隙間を抜け、台湾からの難民を収容し始めていた港湾のコンテナヤードと、そのすぐ背後にある市街地へと直撃した。

「うわあああああっ!!」

「助けて! 子供が、子供が瓦礫の下に!」

 先ほどまで安全な避難所と思われていた場所が、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。

 アスファルトはめくれ上がり、炎が建物を舐め回す。逃げ惑う島民たちと、台湾から命からがらたどり着いた難民たちが入り乱れ、黒煙の中で悲鳴を上げていた。

「衛生科部隊を急行させろ! 瓦礫の撤去と人命救助を最優先だ!」

 司令は血の滲むような思いで指示を飛ばした。

「……これが、戦争か。自分たちの都合が悪くなれば、平気で女子供を焼き殺す。こんな野蛮な真似が、21世紀に許されていいはずがない……!」

【2026年6月20日 15:20 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】

 石垣島および与那国島の市街地にミサイルが着弾し、多数の民間人に死傷者が出たという映像データが、市ヶ谷の地下指揮所にも届いていた。

「なんということを……! 民間人への無差別攻撃など、明らかな国際法違反だ!」

 『国民民主連盟』の代表は、ホログラムモニターに映し出された燃え盛る石垣島の映像を見て、激しい怒りに拳を震わせた。

「中国は狂っている! 奴らは日米の戦意をくじくためなら、民間人の虐殺すら躊躇しないというのか!」

「代表、これが独裁国家のやり方ですよ!」『国政参画党』の代表もまた、憤怒の表情で声を荒げた。

「彼らに人道など通用しない! 統幕長、やられたらやり返せ! 我々の持つすべての長距離巡航ミサイル(スタンド・オフ・ミサイル)を使って、中国の沿岸部にある都市を火の海にしてやりなさい! 目には目をだ!」

「それはできません」

 統合幕僚長が、苦渋に満ちた声で即座に否定した。

「我々自衛隊は正規軍です。どれほど怒りがあろうと、敵の民間施設を報復として攻撃することは、我が国の法理のみならず、軍人としての誇りが許しません。そんなことをすれば、我々も奴らと同じ『テロリスト』に成り下がります」

「では、ただ殴られ続けろと言うのか! このままでは南西諸島の島民が全滅するぞ!」

 激昂する二人の代表の間に、スッと静かな影が割り込んだ。

 『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長である。

「……統幕長の言う通りです。我々はテロリストではない。報復として民間人を殺すことは、国際社会の支持を失う最悪の愚策だ」

 幹事長は、冷え切った目でモニターの地図を睨みつけた。

「しかし、黙ってサンドバッグになるつもりもありません。撃ち込んでくるミサイルを空で防ぐのに限界があるなら、ミサイルを撃ってくる『弓を引く腕』そのものを切り落とせばいい」

 幹事長は統幕長の方へ視線を向けた。

「統幕長。中国軍がミサイルを撃ってきているのは、福建省や浙江省の沿岸部にあるロケット軍の基地からですね?」

「はい。移動式のミサイル発射台(TEL)が多数展開しており、そこから撃ち込まれています」

「ならば、そこを叩く」

 幹事長の言葉に、指揮所の空気が一瞬で凍りついた。

「な、幹事長! それはつまり……『中国本土メインランド』への直接攻撃だぞ!」『国民民主連盟』の代表が青ざめて叫んだ。

「これまで戦闘は海峡と海上に留まっていた。本土を直接空爆すれば、それこそ中国が『国家存亡の危機』と見なし、核兵器を使用してくる決定的な引きレッドラインになる!」

「すでにレッドラインなど越えているのですよ」

 幹事長は、自らの党のトップを冷たく一瞥した。

「自国の領土の民間人が焼き殺されているのに、相手の領土への攻撃を躊躇する国家がどこにありますか。……私が、アメリカを動かします」

 幹事長は、直通ラインが繋がったままになっている米軍への通信用コンソールへと歩み寄った。

【2026年6月20日 15:35 - アメリカ・ワシントンD.C. ホワイトハウス】

(※日本時間)

「……以上が、我々日本国からの要請です」

 スピーカー越しに響く、日本の野党幹事長の静かな、しかし確固たる声。

『日本は、米空母打撃群を守るために自衛隊の潜水艦隊を死地に送り込み、中国の「狼の群れ」を抑え込んでいる。我々は血の義務を果たした。今度は、合衆国が義務を果たす番だ。……中国本土のロケット軍基地を、米軍の戦略爆撃機とトマホークで完全に破壊していただきたい』

 シチュエーションルームは、重苦しい沈黙に包まれた。

 合衆国大統領は、眉間を深く揉みほぐした。

「ミスター。君の要請の戦略的合理性は理解できる」大統領は慎重に言葉を選んだ。「しかし、中国本土への直接打撃ストライクは、紛争のレベルを局地戦から『第三次世界大戦の全面核戦争』へと引き上げるリスクがある。北京の指導部が狂乱し、ICBMのボタンを押しかねない」

『大統領』幹事長の声が、わずかに鋭さを増した。

『北京はすでに、日本の民間人を無差別に攻撃することで「恐怖による支配」を試みています。ここでアメリカが本土攻撃をためらえば、中国は「アメリカは核を恐れて本土を攻撃できない」と確信し、より凶暴になるだけです。独裁者に「聖域」を与えてはならない。彼らが最も恐れるのは、自らの足元が燃えることのはずです』

 大統領は、傍らに立つ国防長官と統合参謀本部議長と視線を交わした。

 将軍たちは、無言で深く頷いた。日本の自衛隊が文字通り盾となり、米軍の被害を最小限に食い止めてくれているのは事実だ。ここで日本を見捨てれば、アメリカは同盟国の信頼を永遠に失い、インド太平洋の覇権は完全に崩壊する。

「……君の言う通りだ、ミスター・幹事長。独裁者に聖域を与えてはならない」

 大統領は決断を下した。

「国防長官。グアムおよびディエゴガルシアに待機しているB-21『レイダー』戦略爆撃機部隊を出撃させろ。目標は、福建省および浙江省の中国人民解放軍・ロケット軍の弾道ミサイル発射基地。……通常弾頭による、精密ピンポイント爆撃だ。奴らのミサイルサイトを、一つ残らず更地にしろ!」

「イエス、ミスター・プレジデント!」

【2026年6月20日 15:45 - 中国・福建省上空】

 中国軍の厳重な防空網が敷かれた福建省の沿岸部。

 日本へ向けてミサイルを撃ち続けていた移動式発射台(TEL)の部隊は、次弾の装填作業に追われていた。彼らは、自国の防空網を過信し、空からの脅威を全く警戒していなかった。

 その頭上、高度1万5千メートルの成層圏を、音もなく忍び寄る「黒いエイ」のような機体があった。

 米空軍が誇る最新鋭ステルス爆撃機「B-21レイダー」である。

 レーダー反射断面積が「ゴルフボール以下」と言われるこの極限のステルス機は、中国軍の防空レーダーに一切感知されることなく、中国本土の上空へと侵入していた。

『こちらナイトメア1。目標上空に到達。これよりペイロードを投下する』

 爆弾倉が静かに開き、数十発の「GBU-53/B(長距離空対艦/空対地ミサイル)」とGPS誘導爆弾が、雨のように降り注いだ。

 数分後。

 福建省の山間部にある中国軍のロケット基地は、地響きとともに連続する巨大な爆発に包まれた。

 隠蔽されていたミサイル発射台、弾薬庫、そして指揮通信施設が、一切の警告もなく、空から降ってきた不可視の鉄槌によって木端微塵に粉砕されていく。

 アメリカによる「中国本土への直接攻撃」が、ついに決行された瞬間であった。

【2026年6月20日 15:55 - 日本・東京 首相官邸 地下危機管理センター】

 世界が全面戦争の狂気に呑み込まれ、互いの領土を焼き払い合っているその頃。

 日本の首相官邸地下は、静かな、そして無残な最期を迎えようとしていた。

 非常灯の赤い光もすでに明滅を始め、バッテリーの限界が近づいていることを示していた。

 酸欠による二酸化炭素中毒で、数十人の官僚と政治家たちは、次々と意識を失い、床に倒れ伏していた。

「……息が……できない……」

 『立憲民政党』の女性幹部は、もはや声を出す気力もなく、床に張り付いてピクピクと痙攣していた。

 『令和新風会議』の党首も、白目を剥き、口から泡を吹きながら完全に気絶している。

 オーバルテーブルの真ん中で、日本の首相は、霞む視界の中で、ただひたすらに「自分が信じていた世界」の崩壊を見つめていた。

(なぜだ……なぜ、こうなった……)

 彼の意識が、ゆっくりと遠のいていく。

(私はただ……平和を、戦争をしない国を、作りたかっただけなのに。……誰も、傷つけたくはなかったのに……)

 「話し合いで全てが解決する」という、戦後何十年にもわたってこの国を支配してきた甘美な幻想。

 その幻想を最後まで信奉し、現実から目を背け続けた最高権力者は、自らが「安全」だと信じて引き篭もったこの暗い地下室で、外界の戦火を知ることもなく、最も惨めな形でその政治生命――いや、生命そのものを終えようとしていた。

 彼が最後に見たのは、床にこぼれたコーヒーのシミが、真っ黒な「底なし沼」のように広がっていく幻覚だった。

 ガタンッ、と音を立てて、首相の上半身がテーブルの上に崩れ落ちる。

 そして、非常灯の赤い光がプツンと途切れ、官邸の地下は完全な暗黒と静寂に包まれた。

 作中時間、16:00。

 開戦から16時間が経過した。

 「お気楽な平和主義」を掲げた日本政府が物理的に消滅した正にその時、米国の爆撃機は中国本土を火の海にし、中国の指導部は極限の報復を決意しようとしていた。

 残り32時間。独裁者の激怒は、世界を破滅させる「最後のボタン」へと指を伸ばす。

※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。

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