第10話:09:00 - 女帝の声明と、市ヶ谷の宣戦
【2026年6月20日 09:05 - 北朝鮮・平壌 労働党本部ビル】
国会議事堂が崩落し、日本の首都が黒煙とパニックに包まれたその時刻、平壌の朝鮮中央テレビはすべての通常番組を中断し、不気味な軍歌の響きと共に「特別重大報道」の画面へと切り替わった。
画面に現れたのは、アナウンサーではない。
漆黒のチマ・チョゴリに身を包み、冷徹な光を宿した瞳でカメラを凝視する女性――先代の妹にして実質的な最高指導者である、彼女その人であった。
『――偉大なる我が共和国の人民、そして全世界の同胞たちよ』
彼女の声は低く、しかし驚くほど明瞭に、世界中へ同時配信された。
『本日早朝、我が共和国の無敵のロケット砲兵部隊は、アジア太平洋地域において米帝の侵略策動に加担する不純勢力に対し、容赦のない正義の鉄槌を下した。東京の中枢へ下された我が方のミサイル第一撃は、南朝鮮の傀儡ども、そして狂犬米帝に対する厳重な警告である』
彼女は、最初のミサイルが「誘導装置の故障」で東京に落ちたという不都合な事実を、瞬時に自らの「偉大な軍事的決断」へとすり替えたのだ。独裁国家の指導者にとって、エラーなどという弱みを見せることは許されない。むしろ、狙って日本の首都を撃ち抜いたと誇示する方が、国内の軍部を掌握し、西側を恐怖させるのに都合が良かった。
『日本国政府は、今なお横須賀をはじめとする自国領土を米帝の出撃基地として差し出し、東アジアの平和を乱している。もしこれ以上、米帝の戦争犯罪に加担するならば、我が方は保有するすべての戦術核兵器の封印を解き、日本列島を跡形もなく焦土と化す用意がある。これは空言ではない。選択せよ。アメリカと共に滅びるか、平伏して正義の軍門に降るかだ』
彼女は冷酷な笑みを浮かべ、声明を締めくくった。
この声明は、事実上の「核恐喝」であった。そして北京の指導部にとっては、米軍をさらに心理的に揺さぶるための、最高の上書き陽動作戦となった。
【2026年6月20日 09:20 - 日本・東京 首相官邸 地下危機管理センター】
「見たか! ほら見ろ!!」
地下のモニターで北朝鮮の声明を見た『令和新風会議』の元俳優の党首が、泡を飛ばしながら首相のデスクを激しく叩いた。
「北朝鮮は本気だ! 核を使うって言ってるんだぞ! これ以上アメリカに協力したら、本当に東京に核ミサイルが降ってくる! 総理、今すぐホワイトハウスに電話して、第7艦隊を横須賀から追い出してください! 日本が生き残る道はそれしかない!」
「彼の言う通りよ!」
『立憲民政党』の女性幹部も、取り乱した髪を必死に抑えながら叫んだ。
「国会議事堂が壊されたのは悲惨なことだけれど、これは私たちが中国や北朝鮮との『対話』を怠り、アメリカの軍事戦略に引きずり込まれた結果の、手痛いペナルティなのよ! ここで自衛隊を動かしたら、それこそ北朝鮮の核のスイッチを押させることになるわ! 総理、今すぐ国連に緊急調停を申し立てて、我が国は『無防備都市宣言』を出すべきよ!」
防衛省からの連絡ラインがすべて遮断され、前線の正確な情報が入ってこない中、地下の首脳陣はただテレビの映像と自分たちの恐怖心だけで議論を空転させていた。
首相は、床のコーヒーのシミを見つめたまま、ゆっくりと息を吐き出した。その表情には、国家指導者としての威厳は欠片もなく、ただ己の信奉してきた「法理」と「対話」の崩壊に対する、深い困惑だけが広がっていた。
「……核、ですか」
首相はねっとりと、しかし力なく呟いた。
「我が国に対する直接的な武力攻撃の意図が、北朝鮮の公式声明によって示された……法理的には、そのように解釈することも可能であります。しかしね、ここで我が国が防衛出動を発令し、武力による報復を行えば、東アジアの数百万、数千万の命が失われる核戦争へ突入する。それは、絶対に避けねばならない。私は……私はやはり、中国の国家主席と、そして北朝鮮の指導者同志と、直接話がしたい。外務省、平壌への極秘裏の通信ルートはまだ生きているかね?」
「総理、すべての外部通信は中国のサイバー攻撃で麻痺しています……」外務官僚が絶望的な声で答える。
「だったら、親書を届ける特使を今すぐ送るのよ! 船でも何でもいいから!」
女性幹部が叫ぶが、その言葉自体が、もはや現実の戦火の前には何の重みも持たない、空虚なパニックの絶叫に過ぎなかった。彼らはまだ知らなかった。自分たちが座っているその場所が、すでに日本の「最高司令部」としての機能を完全に失っているということを。
【2026年6月20日 09:35 - 新宿区市ヶ谷・防衛省 地下中央指揮所】
「平壌からの通信、および官邸地下の音声ログ、すべて傍受しています」
情報通信を管理する自衛官の報告に、超党派の「救国暫定委員会」を立ち上げた『国民民主連盟』の代表は、激しい嫌悪感を露わにして吐き捨てた。
「……まだ言っているのか、あのバカどもは。国会議事堂を灰にされ、核で脅されて、まだラブレターを出す方法を考えているのか。信じられん」
「これが、私たちが戦後育ててしまった『お気楽な政治』の末路ですよ、代表」
『国政参画党』の代表が、腕を組んだまま冷徹に言った。
「命が一番大事と言いながら、敵の慈悲にすがることでしか生き残れない奴らに、この国を率いる資格は最初からなかったんです。統幕長、官邸の回線はそのまま完全に遮断してください。我々暫定委員会が、これより全責任を持って自衛隊の指揮権を代行します!」
指揮所の中央にある巨大なホログラムモニターの前で、統合幕僚長は無言で頷いた。
その隣で、『国民民主連盟』の冷静沈着な幹事長は、騒ぐ二人の代表の姿を冷ややかな目で見つめていた。二人の党首は、国難の恐怖から脱し、今や「自衛隊を動かす救国の英雄」という新しいポジションに酔い始め、防衛省の指揮所で主導権を握ることに高揚しているようだった。
(どいつもこいつも……目の前の権力に目が眩みおって)
幹事長は声を荒げることなく、静かに一歩前に出ると、統幕長の肩を叩いた。
「統幕長。政治の玩具の相手は私がする。あなたは、自衛官としての職務を全うしてください。現場の命がかかっているんだ」
統幕長の目が、幹事長の言葉に救われたように揺れた。
「……感謝します、幹事長。これより、我が国の『本当の防衛戦』を開始します」
統幕長は指揮台に上り、全軍に向けてマイクを握った。その声は、市ヶ谷の地下から、日本全国の駐屯地、基地、そして洋上の護衛艦へと直接響き渡った。
「――全軍に通達。我が統合幕僚監部は、これより超法規的措置として、自衛隊法第76条に基づく『防衛戦闘』への全面移行を宣言する。ターゲットは、我が国の領土・領空・領海に侵入、あるいは主権を侵害するすべての敵対勢力である。専守防衛の呪縛は、我が波動によって破られた。国民の命を守るため、全火力を解放せよ!」
【2026年6月20日 09:45 - 沖縄県・与那国島及び南海空域】
「市ヶ谷より『防衛戦闘』発令!! 武器使用基準(ROE)、全面解禁!!」
与那国島の自衛隊沿岸監視隊基地に、その電波が届いた瞬間、現場の隊員たちから地鳴りのような怒号が上がった。
「待ちかねたぞ! 敵艦隊、距離25キロ! 接続水域を完全に突破、我が国の領海へ侵入中!」
基地司令は、拳を握りしめて叫んだ。
「地対艦ミサイル連隊、撃てぇぇぇっ!!」
次の瞬間、与那国島、そして石垣島の山林に隠蔽されていた陸上自衛隊の「12式地対艦誘導弾(SSM-1)」の発射機が一斉に火を噴いた。
シュゴォォォォォォッ!! と、凄まじい爆音と共に、数十発のミサイルが白煙の尾を引いて朝空へと飛び出していく。それらは海面すれすれを這うように飛行し、台湾本島へと向かっていた中国人民解放軍の強襲揚陸艦隊の「第二陣」へと向かって一直線に突っ込んでいった。
一方、宮古島上空の空域。
航空自衛隊那覇基地から緊急発進したF-15J「イーグル」の編隊は、市ヶ谷のAWACS(早期警戒管制機)から送られてくる正確なデータをもとに、中国軍のステルス戦闘機J-20の編隊を完全にロックオンしていた。
「こちらアルファ1、ターゲットを捕捉。これより『自衛の武力行使』を行う」
パイロットは、官邸の顔色を伺う必要のなくなった操縦桿を強く握り締め、発射ボタンを押し込んだ。
「マトリクス、撃て(フォックス3)!」
最新鋭の国産中距離空対空ミサイル(AAM-4B)が、イーグルの翼下から解き放たれる。
これまで「撃たれるまで撃てない」という、世界で最も不条理なルールに縛られていた日本の空の守護者たちが、ついにその牙を剥いたのだ。数分後、宮古島上空の青空に、中国軍の戦闘機が爆発したことを示す無数の炎の華が咲き誇った。
【2026年6月20日 09:55 - アメリカ・ワシントンD.C. ホワイトハウス】
(※日本時間)
「大統領! 状況が激変しました!」
国家安全保障担当補佐官が、シチュエーションルームに飛び込んできた。
「日本の市ヶ谷です! 自衛隊の統合幕僚長が、首相の命令を完全に無視し、超法規的に『防衛戦闘』を発令しました! 現在、南西諸島で自衛隊が中国軍と全面的な交戦を開始。米軍の第7艦隊とも完璧な連携をとっています!」
大統領は、驚きのあまり手に持っていたペンを落とした。
「何だと……? 日本の軍部が、あの操り人形の首相を無視して動いたというのか?」
「はい。さらに、日本の国会内で危機感を持った有志の議員たちが、防衛省に乗り込んで『救国暫定委員会』を組織。自衛隊の行動を全面的に承認した模様です。官邸の地下はいまだにパニック状態ですが、日本の『現場』は、我々と共に戦うことを選びました!」
大統領の顔に、この日初めて、獰猛な笑みが浮かんだ。
「……Samuraiどもめ。最高じゃないか。彼らは自らの国を、自分たちの手で救うことを選んだんだな」
大統領は立ち上がり、国防長官に向き直った。
「補給線を再構築しろ! 日本の自衛隊が盾になってくれるなら、我々の空母打撃群の生存率は一気に跳ね上がる。北朝鮮の指導者が核で脅してきているが、我が国の核抑止力が健在であることを平壌に見せつけてやれ! 第7艦隊、全火力を挙げて台湾海峡の中国軍を壊滅させろ!」
作中時間、10:00。
日本の政治中枢が死に絶え、現場の自衛官たちが血を流して「国家」を繋ぎ止めたその瞬間。
アジアの運命を決める48時間は、日米連合軍による、中国・北朝鮮への苛烈極まる大反撃のフェーズへと突入した。
※本作はIFシミュレーションであり、実在の団体・個人・国家に対しての誹謗中傷を目的としたものではありません。




