元社畜SEの逆襲〜『読み取り専用(リードオンリー)』の盾と、神へのウイルススキャン〜
パリィィン……ッ!
スーパーの結界が砕け散り、無感情な白銀の瞳を持った機械天使が、結衣と凛の眼前に降り立った。
『エラーデータ(不当に延命された命)の消去を開始します』
機械天使が振り下ろした「光の剣」。それは物理的な刃ではない。触れた対象の存在確率そのものを『無』に書き換える、絶対的な削除コマンドだった。
「結衣殿、下がって!」
凛が結衣を庇い、己の全魔力を込めた真剣で光の剣を弾こうとする。
だが――
スッ……。
「え……?」
凛の必殺の剣撃は、まるで幻影を斬ったかのように光の剣をすり抜けた。
物理法則を無視したデータ攻撃の前に、剣技は無力だった。光の刃が、凛の華奢な肩口に触れようとした、その瞬間。
「……ッ! 舐めるな、三流プログラムが!!」
蒼太の怒号が響いた。
ブラック企業での地獄のデスマーチで培われた、極限状態での異常な集中力。蒼太の指先が、スマホの画面上で目にも留まらぬ速さで踊っていた。
相手が「魔法」ではなく「削除プログラム」なら、物理防壁で弾くのは素人のやり方だ。元SEの蒼太の脳内で、ファンタジーの戦闘が『システムの書き換え合戦』へとシフトした。
「ファイル属性変更! 対象:九条凛、星野結衣! およびこの敷地内の人間全員!」
【コマンド受理:対象エンティティの権限を書き換えます】
【属性を『読み取り専用・システム必須ファイル』に設定完了】
直後、機械天使の光の剣が凛の肩に触れた。
しかし、凛の体が消滅することはなかった。代わりに、凛の頭上に真っ赤な『エラーウィンドウ』がポップアップしたのだ。
『Error:アクセスが拒否されました。対象は読み取り専用ファイルのため、削除・変更・上書きを実行できません』
「なっ……!?」
結衣が目を丸くする。無感情だった機械天使の動きが、エラーを吐き出してピタリとフリーズした。
「ははっ、ざまぁみろ。管理者権限を持ってるのはお前らだけじゃないんだよ」
蒼太は額の汗を拭い、ニヤリと笑った。
「相手が直接システムに干渉してくるなら、こっちだってやりようはある」
スーパーの結界を破られ、APは残り数万まで削られていた。だが、蒼太の目は死んでいない。むしろ、理不尽な仕様を押し付けてくる「クソみたいなクライアント(神)」に対する、社畜特有のドス黒い怒りが燃え上がっていた。
「おい、システム・ゴッドとかいうポンコツAI。俺のアパートとスーパーに、勝手に外部ツール(天使)を送り込んでんじゃねえよ」
蒼太はスマホのアプリ【アーキテクト】の裏側――開発者用コンソール画面を無理やり開き、新たなコマンドを叩き込んだ。
【セキュリティ設定:侵入してきた機械天使を『悪質なマルウェア(ウイルス)』に指定】
【システム全体のスキャンを開始……ウイルスを検知しました】
【一斉駆除、および隔離フォルダへの圧縮を実行しますか? YES / NO】
「消えろ。NO残業デーなんだよ、今日は」
蒼太が『YES』を力強くタップする。
『ピガッ……!? 警告、警告、予期せぬ権限奪取――』
空から舞い降りていた数十体の機械天使たちが、一斉に痙攣を始めた。
彼らの白銀の体が、まるで解像度の低いモザイクのように崩れ、あっという間に手のひらサイズの「Zipファイルのような立方体の箱」へと圧縮されてしまったのだ。
ポロポロポロッ……。
ただの箱と化した天使たちが、無力にアスファルトへ転がり落ちる。
【ウイルスの駆除に成功しました。圧縮データを解析し、APに逆変換します】
【APを 12,000,000 獲得】
「っしゃあ! これで防壁を再構築できる!」
蒼太が再びタップすると、砕け散っていた青い結界が、先ほどよりもさらに分厚く、強固なものとなってスーパーを包み込んだ。
空に開いた亀裂の奥から覗いていた『白銀の瞳』が、忌々しそうに細められる。
『……異常な演算能力を確認。当バグは、単なるエラーではなく『特異点』と認定。……一時撤退。次回は世界そのものの再起動を以て、完全消去を実行します』
無機質なシステム音声がそう告げると、赤い空の亀裂は徐々に閉じ、新宿に再び重苦しい静寂が戻ってきた。
「ふぅ……」
蒼太はスマホをポケットに突っ込み、その場にへたり込んだ。
「そ、蒼太様! 今のは一体……!」
「蒼太さん、あんたマジで神様なの……!? あのバケモノを箱にしちゃったじゃん!」
凛と結衣が駆け寄ってくる。その後ろでは、権田たち生存者が「神の奇跡だ! 神が本気を出されたぞ!」と狂喜乱舞して再び土下座を始めていた。
だが、蒼太の顔は晴れない。
(次来る時は、世界の再起動……? 冗談じゃない。俺の平和な引きこもり生活ごと、この地球を初期化するつもりか……!)
ただの事なかれ主義だった青年は、己の「究極の怠惰」と「数少ない居場所」を守るため、ついに世界を創った『神』そのものとの全面戦争を決意するのだった。




