システム・ゴッドの強制排除(デバッグ)と、削られる楽園
「……は? 世界の、管理者?」
コーポやすらぎとメガ・マートを覆う青い結界の内側で、蒼太は空を見上げた。
赤く染まった空に走った、ガラスのひび割れのような巨大な亀裂。そこから覗くのは、生物の目ではない。無機質で、冷酷な白銀の『機械の瞳』だった。
これまで現れたオークや、魔王軍幹部のヴァルグとは根本的に異質な存在感。
それはまるで、PCの画面の外から、中のプログラムを無感情に覗き込んでいる人間のようだった。
『対象エリア【Tokyo_Shinjuku】にて、致命的な論理エラー(バグ)を検出』
『物理法則の無断改変。未承認の無敵領域の生成。……これより、該当バグの初期化を実行します』
空から響く合成音声と共に、白銀の瞳から一筋の光が放たれた。
それは熱も、音も、物理的な質量も持たない「ただの光」に見えた。
だが、蒼太のスマホの画面が、かつてない勢いで真っ赤に点滅し始めた。
【警告! 警告! 上位管理者権限による『削除コマンド』を受信】
【神域の維持に、莫大なアーキテクトポイント(AP)を消費して相殺中――】
「なっ……!?」
蒼太は目を見開いた。
これまで、どんな攻撃を受けてもビクともせず、消費APもゼロだった絶対の結界。その表面の青いワイヤーフレームが、ノイズまみれになって明滅している。
そして、先ほどの魔族から奪って500万まで跳ね上がっていたAPが、滝のような勢いで削られ始めていた。
「400万……300万……おいおい、嘘だろ。何もしないのにポイントがゴリゴリ減っていくぞ!?」
結界が不安定になったことで、スーパーの駐車場にいた権田たち生存者も異変に気づいた。
「ひぃぃっ! 結界が……神様の結界が消えかかってるぞ!」
「外の魔物が、中に入ってきちゃうぅぅ!」
パニックに陥る生存者たち。
「蒼太様! いかがなさいましたか!」
凛が真剣を構え、結衣と共にスーパーから駆け寄ってくる。
「……あいつ、俺のアプリと同じ『システム側』の存在だ。物理攻撃じゃなくて、この結界のプログラムごと消去しようとしてきてる」
蒼太はギリッと奥歯を噛んだ。
『バグの抵抗を確認。……無駄です。システム・リソースを増強。第一級デバッガー(執行天使)を投下します』
空の亀裂から、十字架を背負った白銀の機械天使たちが数十体、音もなく舞い降りてきた。彼らの手には、空間そのものを切り裂く光の剣が握られている。
「防衛システム起動! 全ミサイル、迎撃しろ!」
蒼太がスマホを連打する。結界から無数のプラズマミサイルが放たれたが――機械天使たちはそれを「すり抜け」、結界の表面に光の剣を突き立てた。
バチバチバチッ!!
【AP残量:150万……80万……】
「くそっ……! 攻撃が『データ』だから物理迎撃が効かない……!」
かつてブラック企業で、修正しても修正しても湧いてくる理不尽なバグと、上司からの重圧に押し潰されそうになった記憶がフラッシュバックする。
蒼太の額から、冷たい汗が滝のように流れ落ちた。
「蒼太、さん……? 顔色、すっごく悪いよ……」
結衣が不安そうに蒼太のスウェットの裾を掴む。
(俺は……ただ、もう二度と苦労したくなくて、安全な部屋で寝ていたかっただけなのに。なんで、こんな「世界そのもの」と戦う責任を背負わされてるんだ……?)
【AP残量:10万……限界値に接近。結界の維持が困難です】
パリィィン……ッ!
ついに、スーパーの端を覆っていた結界の一部が砕け散った。
そこから、機械天使の一体が、無感情な瞳で結衣と凛を見下ろした。
『エラーデータ(不当に延命された命)の消去を開始します』
「――っ! 結衣殿、下がって!」
凛が結衣を庇うように前に出るが、相手は物理法則を無視した管理者ツールだ。剣が通じる相手ではない。
「や、やめろ……俺の領域で、勝手なこと……するな……!」
震える手でスマホを握りしめる蒼太。
だが、事態は彼の「怠惰」を許さない、極限の選択を迫っていた




