ポテチのための領土拡大と、強制労働(クエスト)の始まり
「スーパーと接続……ってことは、あそこにあるポテチもコーラも、冷凍食品も全部俺の物ってことか……?」
蒼太はスマホの画面を見つめながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
現在、彼の部屋にはカップラーメンを無限生成する機能があるが、毎日そればかりでは流石に飽きる。何より、休日のゲームのお供にはジャンクフードと炭酸飲料が不可欠だ。
「蒼太様? いかがなさいましたか?」
真剣を鞘に収めた凛が、不思議そうに首を傾げる。
「いや、ちょっと俺たちの『領土』を広げようと思って」
「領土……! ついに、この腐りきった世界を浄化するための聖戦(進軍)を開始されるのですね!」
「違う違う。おやつの確保。あと、あそこのおっさん達の処遇決め」
蒼太は2階の廊下から、未だに駐輪場で土下座を続けている生存者の群れを見下ろした。
100倍の重力で地面にめり込んでいる元ブラック上司・権田は、白目を剥いて泡を吹く寸前になっている。
「えーっと、設定変更。権田部長の重力を元に戻す、と」
蒼太がスマホをタップすると、権田を押し潰していた見えない力がフッと消え去った。
「がはっ……! げほっ、ごほっ……! た、助かっ……」
「おい、あんた達」
蒼太が上から声をかけると、権田を含む十数人の生存者たちは、弾かれたようにビクッと肩を震わせ、再び綺麗な土下座の姿勢をとった。
「あ、相田様ぁぁっ! いえ、蒼太神様! ど、どうか命だけは……! 奴隷でも家畜でも何でもやりますぅぅ!」
昨日までの傲慢さはどこへやら、権田は完全に心が折れ、額から血が出るほどアスファルトに頭を擦り付けている。
「家畜はいらないけど……よし、決めた」
蒼太はスマホの【アーキテクト】の画面を開き、新たなルールの文章を打ち込んだ。
「今から、このアパートの『安全な結界』を、向こうの大通りにある大型スーパー『メガ・マート』まで広げる。あんた達は、そのスーパーの敷地内なら自由に寝泊まりしていいし、そこにある食料も食っていい」
「え……?」
生存者たちが、信じられないものを見るように顔を上げた。
外はバケモノが徘徊する地獄だ。それなのに、「絶対に安全な場所」と「大型スーパーの膨大な食料」を無償で提供される?
「そ、そんな……私たちのような見ず知らずの者に、そこまでの恩寵を……!?」
「あ、もちろんタダじゃないから」
感動で涙を流しかけた生存者たちに、蒼太は冷酷に(本人的には事務的に)言い放った。
「家賃と食費の代わりに、外にいるバケモノを倒して『魔石』を拾ってこい。それを俺に納品すれば、結界の中にいさせてやる。ノルマを達成できなかった奴は、結界から追放(強制排除)な」
蒼太としては、自分が外に出たくないから「代わりにポイント(魔石)を稼いでくるシステム」を作っただけだ。
しかし、この言葉を聞いた生存者たちの反応は、彼の予想とは全く違うものだった。
「おおおお……!!」
「なんて慈悲深いんだ……! 結界のギリギリから魔物をおびき寄せて倒せば、安全に魔石が手に入る! しかも、それで命と食事が保証されるなんて……!」
「蒼太様! 一生ついていきます! 魔石でも何でも、死ぬ気で集めてみせます!!」
(……ん? なんか勝手に感動してるな。まあ、いっか)
世界が崩壊し、何の希望もなかった彼らにとって、蒼太の提示した条件は「明確な報酬がある超絶ホワイトな労働」に他ならなかった。特にブラック企業で蒼太を酷使していた権田は、「相田様バンザァァァイ!!」と誰よりも狂信的な声を上げている。皮肉な話である。
「よし、商談成立。じゃあ、広げるぞ」
蒼太がアプリの【神域拡張】ボタンをタップした。
『ピイィィィィン……ッ!』
先ほどレイドボスを消し飛ばした時と同じ、青い光の波動がアパートから爆発的に広がった。
光は道路のアスファルトを瞬時に修復し、周囲の瓦礫を消し去りながら、100メートル先にある大型スーパー『メガ・マート』をすっぽりとドーム状に包み込んだ。
【神域の拡張が完了しました。現在の総面積:約5,000平方メートル】
【施設『メガ・マート』のインフラ(電気・冷蔵庫・空調)を復旧・掌握しました】
「うおおお……っ! スーパーに明かりが点いたぞ!!」
「すげえ……神の奇跡だ……!」
歓喜に沸く生存者たち。
一方その頃――。
蒼太が掌握した『メガ・マート』の店内、真っ暗な精肉コーナーのバックヤードでは、一人の少女が息を殺して震えていた。
「ひぐっ……誰か、助けて……」
金髪にギャルメイクの女子高生・星野結衣は、包丁を握り締めながら涙を流していた。
扉の向こうからは、スーパーに侵入してきた『オーク(豚頭の魔物)』たちが、生存者を探して棚を破壊する恐ろしい足音が近づいてきている。
バンッ!!
ついにバックヤードの扉が破られ、巨大なオークが血走った目で結衣を見つけた。
「ブモォォォッ!!」
「いやぁぁぁぁっ!!」
結衣が目をギュッと閉じた、その瞬間。
『ピーンポーンパーンポーン♪』
突如、スーパーの店内に、どこか気の抜けた「店内放送」のチャイムが鳴り響いた。
同時に、真っ暗だった店内の照明が一斉に点灯し、眩しいほどの光がオークと結衣を照らし出す。
『あー、マイクテス、テス。えー、ただいまより、このスーパーは俺の領地となりました。えーっと、店内で暴れてる豚のバケモノは、ルール違反なので死んでください』
スピーカーから響く、やる気のない青年の声。
直後――結衣の目の前にいた巨大なオークが、見えない圧縮機にかけられたように「ポンッ」と音を立てて、紫色の魔石へと変わって床に転がった。
「……え? ぶた……さんが、石に……?」
腰を抜かした結衣の頭上に、再び店内放送が響く。
『あ、生存者の人がいたら、とりあえずレジ前まで集まってくださーい。ポテチの場所、案内してほしいんで』
最強の引きこもりによる、規格外の「領土経営」が、今まさに始まろうとしていた。




