フィッシング詐欺(布教活動)と、逆アセンブル
結衣のオムライスを堪能し、文字通り「食って寝るだけ」の平和な数日が過ぎた頃。
ペントハウスの巨大モニターの隅で、ずっとバックグラウンドで起動させていた『聖帝監視用トラッキング・ツール』が、ピコンと控えめな警告音を鳴らした。
「ん……? 聖帝の野郎、神のサーバーからなんか怪しいデータ(パケット)をダウンロードしてんな」
ポテチを齧る手を止め、蒼太はキーボードを叩いてログを拡大した。
「データ種別は……『信仰心上書き用プログラム』? なるほど、物理で攻めてこないと思ったら、搦め手で来たか」
その時、ペントハウスの扉が開き、防衛長官の凛が足早に入ってきた。
「蒼太様、ご報告が。現在、新宿の南ゲートにて、東京湾エリア(聖帝の領地)から逃げてきたと名乗る難民の集団を保護したのですが……彼らが奇妙な『アイテム』を持ち込んでおりまして」
「奇妙なアイテム?」
「はい。聖帝の教団で配られているという『聖なるロザリオ』です。持っているだけで傷が癒えるレアアイテムだと言って、彼らがゲート内に持ち込もうと」
蒼太はモニターのログと、凛の報告を瞬時に結びつけた。
「……なるほどな。凛、俺も直接ゲートに行く。その難民たちを待たせておけ」
「ハッ!」
――新宿セーフゾーン・南ゲート(旧甲州街道)。
「後生です! このロザリオは、聖帝様が我々のような貧しい者にも分け与えてくださった奇跡の石なのです! どうか没収しないでくだされ……!」
ボロボロの服を着た難民の老人が、権田たち警備部隊に向かって必死に懇願していた。老人の手には、淡く発光する美しい十字架の石が握られている。
「そうは言ってもなぁ。うちのルール(セキュリティ・ポリシー)では、出所不明の魔導具の持ち込みは禁止されててね」
権田が困り顔で対応していると、そこにスウェット姿の蒼太が凛とカーミラを伴って現れた。
「蒼太様! わざわざ現場まで足を運ばせてしまい、申し訳ありません!」
「いいよ。権田、ちょっとその石、貸してくれ」
蒼太が老人の手から発光するロザリオを受け取った瞬間。
蒼太の網膜に、真っ赤な警告ウィンドウがポップアップした。
『警告:外部ストレージ(ロザリオ)内に、悪意のあるマルウェア(トロイの木馬)を検知しました』
『ファイル名:【God_Worship_Override.exe】』
『機能:周囲のエンティティの脳波に干渉し、システム・ゴッドへの絶対的な信仰心(洗脳)をバックグラウンドでインストールします』
「……やっぱりな。怪しいフリーソフト(奇跡の石)の裏で、こっそり洗脳プログラムを走らせる典型的な『フィッシング詐欺』だ」
蒼太は鼻で笑った。
聖帝の狙いは明白だった。難民を装ってこのロザリオを新宿内に持ち込ませ、一万人の市民たちを内部から「神の信者」へと洗脳し、暴動を起こさせる気なのだ。
炎帝のように外から結界を壊せないなら、中から壊せばいいという陰湿な作戦である。
「な、なんだって!? 蒼太様、まさかこの難民たちは聖帝の刺客……!?」
権田が武器を構え、老人が「ひっ」と悲鳴を上げる。
「いや、違う。この爺さんたちはただ騙されて、ウイルス入りのUSBメモリを運ばされた(媒介にされた)だけだ。殺すなよ」
蒼太は怯える老人たちを一瞥すると、手の中のロザリオを弄りながらニヤリと笑った。
「蒼太様、直ちにその不浄なアイテムを破壊いたしましょう!」
凛がシステムブレードに手をかけるが、蒼太は首を振った。
「もったいない。敵がわざわざ新宿内に『受信機』を配ってくれたんだ。壊すんじゃなくて、中身のプログラムを書き換えて(逆アセンブルして)、有効活用させてもらおうぜ」
蒼太の右手が白銀の光を帯び、ロザリオの深層データに直接アクセスする。
【対象マルウェアのソースコードを解析中……】
【ペイロード(実行内容)の書き換え(オーバーライド)を実行します】
【『神への信仰』の記述を削除。代替データとして『新宿の福利厚生(A5和牛と極楽温泉)のプロモーション映像』を挿入しました】
「よし、書き換え完了。ただの洗脳ツールが、新宿の『ターゲティング広告』に生まれ変わったぞ」
蒼太は光の収まったロザリオを、ポカンとしている老人にポンと投げ返した。
「え……? あの、蒼太様? これは……」
「爺さん。その石、持ち込んでいいぞ。ただし、他の難民たちにもしっかり見せて回ってくれよな」
「は、ははぁっ! ありがとうございます、偉大なる新宿の王よ!」
老人たちは涙を流して感謝し、ゲートの中へと入っていった。
「……蒼太様。よろしいのですか? いかに書き換えたとはいえ、敵のアイテムを……」
凛が不安そうに尋ねるが、蒼太の隣にいたカーミラが、呆れたようにため息をついた。
「アンタ、本当に頭が固いわね。蒼太様が『ただの宣伝』で終わらせるわけないじゃない」
カーミラの言葉通り、蒼太の悪魔のような笑みはさらに深まっていた。
「カーミラの言う通りだ。さっきのロザリオの通信機能を使って、聖帝の領地にいる『全信者』の脳内ネットワークに、逆ハッキングを仕掛けた」
蒼太の意地悪な作戦はこうだ。
聖帝の領地(東京湾)で祈りを捧げるすべての信者たちの頭の中に、突如として**『新宿の温泉の心地よさ』と『口の中でとろける極上の和牛の味』**を、VR映像よりも鮮明な五感データとして強制送信(スパム送信)し続けるのだ。
「飢えと恐怖で神にすがるしかない連中の脳内に、毎秒『新宿の超絶ホワイトな福利厚生』の快感を流し込み続ける。……神への信仰心なんて、和牛と温泉の前には一瞬で吹き飛ぶだろ」
「えぐっ……! さすが蒼太様、人間の欲望を完全に理解してるわね!」
【欲帝】であるカーミラが大爆笑し、権田も「悪魔の所業……!」と戦慄している。
「向こうがこっそり客(市民)を盗もうとするなら、こっちは堂々と『引き抜き営業』をかけてやる。聖帝の教団ごと、システムの下に買収(M&A)してやるよ」
物理戦の第一章から一転。
最強の引きこもりSEによる、敵国のリソースを根こそぎ奪い取る「極悪非道な経済・情報戦争」が、いよいよ本格的に幕を開けたのだった。




