七大帝会議(オンライン)と、潜伏するトロイの木馬
その日の夜。
新宿ペントハウスの巨大な有機ELモニターの前に、蒼太はバスローブ姿のまま座っていた。手元には、コーラとポテチの特大サイズが用意されている。
背後には、万が一のサイバー攻撃に備え、凛、ルシス、カーミラの三幹部がフル武装(ただし水着の上に上着を羽織っただけ)で控えていた。
「おいカーミラ。アンタの元同僚たちと顔合わせるんだぞ。気まずくないのか?」
「ぜーんぜん! アタシは今や新宿の超絶ホワイト企業のCFOよ! あんな野蛮で汗臭い連中、もう知ったこっちゃないわ!」
カーミラが鼻で笑う。完全に新宿の福利厚生に染まりきっていた。
「よし、ホスト(管理者)としてルームを開くぞ。パスワード認証、ヨシ」
蒼太がEnterキーを叩くと、モニターの画面が5分割され、それぞれの枠に【五大帝】のホログラム映像が浮かび上がった。
『……繋がったか。相田蒼太、感謝する』
中央の枠に、かつて死闘を繰り広げた天帝・神宮寺が腕を組んで座っていた。
そして残る4つの枠には、東京の各エリアを支配する異形の覇王たちが並んでいる。
『ふん。こいつが、カーミラを飼い慣らし、炎帝を殺したというイレギュラーか。優男じゃねえか』
獣の毛皮を纏い、凄まじい野生のオーラを放つ巨漢――『獣帝』。
『ククク……魔力の深淵に触れた男。ぜひ解剖してみたいものですなぁ』
全身を黒いローブで覆い、不気味な呪文を呟き続ける老人――『魔帝』。
『…………』
無言のまま、ただ研ぎ澄まされた日本刀を抱えて座る、眼帯の剣士――『剣帝』。
そして最後の一枠。
『お初にお目にかかります、相田様。私が、東京湾エリアを預かる【聖帝】と申します。神の御使いを退けた貴方様の御威光、お見事の一言に尽きます』
純白の法衣を纏い、聖職者のような穏やかな笑みを浮かべる美青年。彼が放つオーラだけは、他の血生臭い大帝たちとは違い、どこか「清浄」で人工的なものを感じさせた。
(獣、魔、剣、聖、そして天か……。どいつもこいつも、面倒くさそうな連中だな)
蒼太はポテチをボリボリと齧りながら、彼らを値踏みした。
『全員揃ったな。これより、神のフォーマットに対する【人類防衛・不可侵条約(SLA)】の締結会議を始める』
天帝が場を仕切り、互いの領土の確認と、来るべき半年後に向けた魔石エネルギーの備蓄計画が淡々と話し合われていく。
だが、蒼太は会議の音声を聞き流しながら、手元のタブレットで「別の作業(裏タスク)」を並行して行っていた。
(……このVR会議室は、俺が作った『Ver3.0』のサーバー内だ。ここにアクセスしてきた時点で、お前らの通信パケット(データ構成)は、全部俺のシステムで丸裸にスキャンされてるんだよ)
蒼太のタブレット画面には、五大帝それぞれの魔力波形や、スキルのソースコードの一部が緑色の文字で滝のように流れていた。
それは、相手の隠し持つ切り札や弱点を事前に把握するための、悪質なクラッキング行為だったが、蒼太に罪悪感などない。
「……ん?」
その時、蒼太の手がピタリと止まった。
『警告:不審なデータ通信を検出』
『対象者:【聖帝】の接続ポートより、システム・ゴッドの本体へ向けた暗号化通信が行われています』
『プロトコルの一致を確認。先日撃破した「特権階級天使」と同一のハッシュ値です』
(……マジかよ)
蒼太は、サングラスの奥で目を細めた。
モニターの中で、平和や共闘を誰よりも声高に語っている純白の美青年、聖帝。
(こいつの能力のソースコード……人間のパケットじゃねえ。神のシステムに直結した『トロイの木馬』だ)
七大帝という人類の頂点の中に、すでに神の陣営が送り込んだ「スパイ(運営のサクラ)」が紛れ込んでいる。半年後の世界フォーマットを待つまでもなく、彼らを内側から瓦解させるための毒が、この同盟の中に仕込まれていたのだ。
「……相田蒼太。お前も、この条約(NDA)に同意でいいな?」
天帝が話を振り、全員の視線が蒼太に集まる。
「ああ、いいぜ。お互い、背中を刺されないように気をつけようぜ。……特に、『神に祈るのが得意な奴』はな」
蒼太が意味深にニヤリと笑うと、聖帝の穏やかな眉が、ほんの1ミリだけピクリと動いた。
絶対的な休息を求める引きこもりと、世界の破滅を企む神のスパイ。
水面下での静かで、しかし致命的な「情報戦」の火蓋が、オンライン会議の画面越しに切って落とされた瞬間だった。




