堕落の味と、神の箱庭の拡張
「……ん、ぁ……」
凛が目を覚ますと、そこはふかふかのベッドの上だった。
怪我をしていたはずの左腕の痛みは完全に消え、包帯が綺麗に巻かれている。
(私、死んだの……? いや、ここは……)
「お、起きたか。腹減ってんだろ、食うか?」
パソコン用のキャスター付きの椅子を回転させ、青年――相田蒼太が差し出してきたのは、湯気を立てる『カップラーメン』だった。
「あ、ありがとうございます……」
恐る恐る麺をすする。
「――――っ!」
豚骨醤油の濃厚なジャンクな旨味が、極限状態だった凛の細胞一つ一つに染み渡っていく。涙がボロボロと溢れて止まらなくなった。外の世界で死の恐怖に怯えていたのが嘘のようだ。
「うっ、ううっ……美味しい……こんな美味しいもの、初めて食べました……!」
「いや、ただのインスタントだけどな。落ち着いたか? ここは俺の部屋だ。俺が設定した『ルール』のおかげで、外のバケモノは絶対に入ってこれないし、傷も治りやすくなってるみたいだな」
蒼太は、テレビのリモコンを操作しながら淡々と告げた。
「ルール……あの恐ろしい魔物を、指も触れずに一瞬で消し去るほどの……!」
凛の中で、目の前の無気力な青年に対する評価が、天元突破しようとしていた。
世界が崩壊し、政府も軍隊も機能しない中で、完全に独立した『絶対安全の領域』を作り出し、あまつさえ見ず知らずの自分を助け、神々の食事を与えてくれた存在。
(この方は、ただ者じゃない。狂った世界を正すために降り立った、超越者なんだ……!)
凛はベッドから跳ね起き、その場で深く綺麗な土下座を決めた。
「蒼太様! 命を救っていただき、ありがとうございます! 私の剣は、今後すべて蒼太様のために振るいます! どうか、私をこの『神域』の騎士としてお使いください!」
「えぇ……めんどくさい……。いや、外に出て戦わなくていいから。俺はここで一生ゲームして寝てたいだけだから。君も適当にくつろいでていいよ」
「なんと慈悲深い……! はいっ! 蒼太様のお邪魔にならないよう、全力でくつろがせていただきます!」
完全に勘違いのベクトルが明後日の方向に向かっている凛を見て、蒼太は頭をかいた。まあ、可愛い女の子が部屋にいるのも悪くない。
その時だ。蒼太のスマホが、再びけたたましい通知音を鳴らした。
【通知:先ほどの高ランク魔石吸収により、アーキテクトポイント(AP)が一定値を超えました】
【『神域』の領域拡張が可能です。対象:コーポやすらぎ(アパート全体)を『要塞化』しますか? YES / NO】
「お? アパート全体を安全にできるのか。じゃあ、隣の空き部屋をこの子の部屋にしてやるか」
蒼太は軽い気持ちで「YES」をタップした。
それが、彼が『人類の救世主』として、全世界の生存者や権力者たちから狂信的な崇拝を受けることになる、最初の一歩だった。
蒼太がスマホをタップした瞬間――アパート全体を包み込むように、天を衝くほどの巨大な「青い光の柱」が立ち昇り、新宿中の生存者、そして空を舞う超巨大なボスクラスの魔物たちの視線を一斉に集めてしまったのだ。
「……なんか、外が急にピカピカ光ってないか?」
「蒼太様……! 外の気配が、一気にこちらに……!」
最強の引きこもり生活は、開始早々、最大の試練を迎えようとしていた。




