ライセンス共有(特級魔石吸収)と、役員たちの無双業務
六本木と新宿の上空に、絶望が顕現していた。
六枚の光の翼と、顔面に巨大な「一つ目」を持つ神の遣い――特権階級天使。
『対象バグの完全初期化を開始。……セーフモード移行。全物理法則を停止します』
モデレーターが無機質な音声を発した瞬間、新宿の空気が「重く」なったのではない。空気そのものが『固まった』のだ。
凛のシステムブレードがピタリと静止し、ルシスの幻影も掻き消え、カーミラですら指先一つ動かせなくなる。
「な……ッ! 体が、動かないわよ!?」
「物理的な拘束ではありません……世界そのものの『時間と空間の処理』が止められています!」
カーミラとルシスが驚愕の声を上げる。
モデレーターは、物理攻撃で戦う相手ではない。ゲームの運営(GM)が、プレイヤーのアカウントを凍結するように、ただ権限で対象を消去するだけの存在。
『……不用意な権限統合(M&A)。それが命取りとなりましたね、相田蒼太。貴方の権限ごと、このエリアを白紙に戻します』
モデレーターの巨大なレンズに、世界を消し去る極大の消去光線が収束していく。
だが、その凍りついた空間の中で、蒼太だけは平然とため息をついていた。
「……あーあ。せっかく風呂上がりで休んでたのに。てか、お前らみたいな運営の都合で、現場の物理法則を勝手に止めるなよ」
「蒼太様……! 逃げてください、奴の権限は、炎帝の比ではありません!」
凛が叫ぶ。
「逃げる必要はないさ。……なぁ、カーミラ」
蒼太は、動けずに固まっているカーミラの胸元(ドレスの谷間)に、スッと右手を伸ばした。
「えっ……? ひゃんっ!? そ、蒼太様!? こんな時に、アタシの胸を……っ!?」
顔を真っ赤にするカーミラ。凛が「な、なにを痴態を!」と声を荒げるが、蒼太の目は真剣そのものだった。
「勘違いすんな。お前も七大帝なら、炎帝と同じ『特級魔石(覚醒コア)』を体内に持ってるだろ。それを俺に寄越せ」
「え……っ!? で、でも、それを抜かれたらアタシ、炎帝みたいに死んじゃう……!」
「死なねぇよ。お前はもう俺のシステムに紐付いた『正規雇用(社員)』だからな」
蒼太の右手が白銀の光を帯び、カーミラの胸の奥にある特級魔石のデータに直接アクセスする。
「物理的に心臓をえぐり出すんじゃない。ネットワーク経由で、お前の特級魔石の『管理者ライセンス(権限データ)』だけを、俺のメインサーバーにコピー(吸収)するんだ」
【対象:カーミラの『覚醒コア』より、特権ライセンスの同期を実行】
【ホスト(相田蒼太)への統合完了。対象のステータス低下はゼロです】
「あ……んっ! 力が抜けるどころか……むしろ、全身に凄まじいエネルギーが……ッ!」
カーミラの体が青白いオーラに包まれる。彼女の【無限貪欲】の力はそのままに、システムと完全に一体化したのだ。
そして、特級魔石を新たに一つ取り込んだ蒼太のスマホが、爆発的な光を放った。
【条件クリア。スキル『アーキテクト』第2段階覚醒(2/5)を実行します】
【Ver 3.0へアップデート完了。……ホストのシステム権限が、モデレーター(監視者)の権限を上回りました】
「さてと。アップデートも終わったし」
蒼太はスマホをポケットにしまい、ペントハウスのソファにドカッと腰を下ろして、コーラのプルタブを開けた。
「CEO(俺)が現場の力仕事をするわけにはいかないからな。……おい、役員共(三幹部)。お前らに『最上位のフルアクセス権限』を付与してやる。あの空飛ぶカメラのゴミを、片付けてこい」
『ピイィィィィン……ッ!!』
蒼太の言葉と同時に、固まっていた空間が文字通り「粉々に砕け散った」。
Ver3.0の権限付与。
凛、ルシス、カーミラの三人の身体から、モデレーターの拘束を完全に上書きする、神話級の神々しいオーラが噴き上がった。
『……エラー!? バグの権限が、運営を凌駕した……!? 馬鹿な、あり得ない!!』
無感情だったはずのモデレーターが、初めて明らかな「動揺」の音声を上げた。
「あり得ない、だと? 蒼太様を舐めるなよ、羽虫が」
凛が、進化したシステムブレード――光の奔流となったプラズマの刃を構え、音速の十倍の速度で空へと跳躍した。
『消去光線、出力最――』
「遅い。……『概念切断』!」
モデレーターがレンズから光線を放つより早く、凛の白銀の刃が、光線という「データ」そのものを真っ二つに切り裂いた。
『ガァァァァッ!? 攻撃プログラムが、物理的に切断された……!?』
「休む暇など与えませんよ。貴方たちは、我が主君の安眠を妨げたのですから」
モデレーターの背後の空間から、漆黒の軍服を翻したルシスがふわりと現れた。
「『幻影処刑』」
ルシスの影がモデレーターの六枚の光の翼に絡みつき、ウイルスに感染したかのように、翼をボロボロとノイズに変えて強制切断していく。
『ピガッ……!? 翼の制御権を喪失! 離脱、即時離脱ヲ――』
「逃がすわけないでしょぉぉぉぉぉッ!!」
モデレーターの真上。成層圏近くまで跳躍していた真紅の暴君、欲帝カーミラが、狂ったような笑顔で拳を振り下ろしていた。
蒼太のVer3.0バフに加え、彼女自身の「この最高に快適な生活を邪魔されたくない」という凄まじい『欲望』が、彼女の腕力を天文学的な数値へと跳ね上げている。
「アタシの和牛と! 温泉と! 蒼太様の隣で寝る権利を! 奪おうとする奴は神だろうがブッ飛ばすぅぅぅッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!
カーミラの、純粋なステータスの暴力。
世界を消去する権限を持っていたはずの特権階級天使は、カーミラの極大の右ストレートをレンズのど真ん中に食らい、一瞬にしてひび割れ――。
『チ、致命的論理エラァァァァァァァァァ……ッ!!』
断末魔の電子音と共に、モデレーターの巨大な身体が、ガラス細工のように木端微塵に砕け散った。
その破片は、空から降る雪のように、虹色に輝く莫大なAPの結晶となって新宿の街へ降り注いでいく。
「ふぅぅ……。スッキリしたわ♡」
カーミラがふわりとペントハウスのバルコニーに着地し、満足げに拳の煙をフッと吹いた。続いて、凛とルシスも息一つ切らさずに舞い降り、ソファでコーラを飲んでいる蒼太に向かって優雅に跪く。
「蒼太様。害虫の駆除(デバッグ作業)、完了いたしました」
凛が誇らしげに報告する。
「お疲れ。いやー、やっぱり優秀な社員(配下)が育つと、社長は座ってるだけでいいから最高だな」
蒼太は笑いながら、三人に向かって親指を立てた。
自らは一切手を下さず、ただシステムをアップデートするだけで、神の遣いすらも圧倒的な物理の暴力で粉砕する。
新宿セーフゾーンの「三幹部(役員)」の力は、蒼太のVer3.0覚醒に伴い、完全に世界の理を超越したバグ軍団へと仕上がっていたのだった




