不可侵条約(SLA)の締結と、冷戦の幕開け
「――『万象よ、我が前に平伏せよ(アブソリュート・ゼロ)』!!」
「――『対象エリア、完全フォーマット(初期化)』!!」
最強の王命と、最強のハッキング。
二つの規格外の力が、新宿の境界線で正面から激突した。
音は、なかった。
ただ、世界の色が反転した。
光と闇が入り混じり、周囲の空間そのものが「処理落ち」を起こしてモザイク状に崩壊する。お互いの力が拮抗しすぎた結果、世界がどちらの命令を優先すべきかバグを起こし、巨大な『無の空間』を生み出したのだ。
「がぁぁぁぁぁッ!!」
「ぐあぁぁぁぁぁッ!!」
凄まじい反発エネルギーの衝撃波が吹き荒れ、天帝は数百メートル後方へ吹き飛ばされ、蒼太もまた、要塞の壁に激しく叩きつけられた。
「蒼太様ぁぁぁッ!!」
凛とルシスが悲鳴を上げ、倒れた蒼太に駆け寄る。
蒼太のスマホは、完全にオーバーヒートを起こして真っ黒に焦げ付き、沈黙していた。(システム自体は蒼太の魂とリンクしているため無事だが、端末が物理的に死んだのだ)。
一方、吹き飛ばされた天帝もまた、血の池の中で膝をついていた。
これ以上、あの狂気じみた出力に耐えれば、彼の【絶対王権】そのものが崩壊する。
静寂が降りた。
結界は、ボロボロになりながらも、まだ青い光を保っていた。新宿の街は、守り抜かれたのだ。
「……くっ、ふふ……。あっはははははッ!!」
突然、膝をついた天帝が、血を吐きながら大爆笑を始めた。
「傑作だ! 俺の全力を以てしても、その小さな箱庭一つ、削り切れなかったとはな! 相田蒼太、お前は紛れもなく、俺と並び立つ『バケモノ』だ!」
天帝はふらつく足で立ち上がり、煤けたスーツの埃を払った。
彼の目に、もう殺意はなかった。あるのは、自分と互角に渡り合った狂気のエンジニアに対する、絶対的な評価と敬意。
「これ以上の戦闘は無意味だ。互いに共倒れになるか、世界そのものがバグって消え去るだけだろう」
天帝は、遠くから蒼太に向かって大音声で告げた。
「相田蒼太! 今日この日より、お前のその『新宿』を、七大帝の不可侵領域として公式に認定する! 誰も手は出さん。お前はそこで、好きに引きこもっているがいい!!」
蒼太は凛に抱き抱えられながら、力なく右手を上げて中指を立てた。
「……当たり前だ。二度と、うちのサーバーに……アクセスして、くんな……。次やったら、賠償金……請求するからな……」
「ふははっ、どこまでも減らず口を叩く男だ! だが、忘れるなよ。七大帝は俺だけではない。そして……この狂ったシステムを作った『神』は、俺たちのようなエラーをいつまでも放置しておかんぞ」
天帝は最後に不敵な笑みを残し、空間を歪めてその場から転移していった。
終わった。
東京の半分を支配する最強の覇王を相手に、新宿という一つの街を守り抜いたのだ。これは事実上、独立国家「新宿セーフゾーン」が、七大帝と対等な勢力として世界に認められたことを意味していた(冷戦の成立)。
「……勝った、のか?」
権田が震える声で呟き、やがて要塞内から一万人の大歓声が爆発した。
「蒼太様……! よくぞ、よくぞご無事で……!」
ルシスと凛が、涙を流しながら蒼太の手を握りしめる。
「あー……。凛、権田、ルシス。あと、頼んだ……。俺は、寝る……」
蒼太はそう言い残すと、完全に糸が切れたように意識を手放した。
ブラック企業での経験を活かした、七大帝最強との72時間のデスマーチ。
それを乗り越えた主人公は、ようやく念願の「超絶ホワイトな引きこもり生活」の第一歩(永い眠り)を手に入れたのだった。
――しかし、天帝の予言通り。
はるか上空、宇宙の彼方では、世界の管理者たる【システム・ゴッド】が、巨大な『リセット・ボタン』に指をかけ、冷たい機械の瞳で新宿を見下ろしていた。
【第1章・新宿建国編 完】




