ブラック企業からのヘッドハントと、身代金(ランサム)要求
「うー、うーっ!」
メガ・マートのバックヤード。
七大帝の代行者リュウヤは、業務用ガムテープでぐるぐる巻きにされ、床に転がされていた。蒼太の『絶対ルール』が適用されたガムテープは、いかなる空間スキルを使っても切断できない神話級の拘束具と化している。
「ふむ。一応、身体検査してみたけど……お、これ生きてるじゃん」
蒼太はリュウヤのポケットから取り出した、黒いスマートフォンをいじっていた。
世界崩壊に伴い、通常のキャリアの電波は完全に死んでいるはずだが、このスマホは魔力か何かで独自のネットワークを維持しているようだった。
「ひぃぃ……蒼太様。そいつ、東京の北半分を支配してるっていう化け物組織の幹部ですよ。殺さなくてよかったんですか?」
蒼太の『絶対回復』で切断された腕がくっついた権田が、怯えたように尋ねる。
「殺したらもったいないでしょ。こいつ、結構良いスキル持ってるみたいだし、あとで魔石回収の自動スクリプト(奴隷)として再利用するから」
蒼太がそんな恐ろしいことを平然と言ってのけた、その時だ。
『プルルルルルッ!』
奪った黒いスマホが、けたたましい着信音を鳴らした。
画面に表示された発信者の名前は『炎帝』。
「おっ、向こうの役員からだ。ちょっと静かにしててね」
蒼太は躊躇なく通話ボタンを押し、スピーカーモードにしてスマホをテーブルに置いた。
『――リュウヤ。新宿の結界の制圧はどうなった。よもや、後れを取ったわけではあるまいな?』
スピーカーから響く、重厚で静かな男の声。
ただの声だというのに、スーパーの室温が一気に数度上がり、空気がビリビリと震えるのを感じた。権田や結衣が「ひっ」と息を呑み、凛でさえも額に冷汗を浮かべて柄に手をかける。
(電話越しでこのプレッシャー……ただ事ではないぞ)
「あー、お電話ありがとうございます。メガ・マート新宿店、支配人の相田です。リュウヤ君なら、今ちょっと弊社のコンプライアンス研修(物理)を受けてまして、電話に出られません」
蒼太はハーゲンダッツのストロベリー味をスプーンで掬いながら、カスタマーセンターのような平坦な声で答えた。
電話の向こうで、わずかな沈黙が落ちた。
激怒するかと思いきや――炎帝は低く、楽しげに笑った。
『……くっ、ははは。なるほど、我が代行者が負けたか。あのリュウヤの【空間切断】を破るとは。貴様が、あの奇妙な青い結界の主だな?』
「ええ、まあ。あんたのところの従業員が、うちのインターン生(権田)を刃物で切り刻んで店舗で暴れたんで、威力業務妨害で拘束させてもらいました」
『素晴らしい』
炎帝の声には、怒りよりも濃厚な「興味」が混じっていた。
『空間そのものを支配する絶対の防壁……実に規格外のスキルだ。相田と言ったな。――どうだ、俺の仲間(配下)にならないか?』
「……は?」
予想外の言葉に、蒼太は思わず眉をひそめた。
『我々【七大帝】は、この崩壊した東京を七分割して統治する頂点の集まりだ。だが、七人の王はあくまで同格。常に互いの隙を窺い合う冷戦状態にある。……もしお前のその結界が俺の陣営に加われば、俺は他の六人を出し抜き、この日本を完全に掌握できる』
炎帝の言葉には、確かな王者の風格と、圧倒的な強者ゆえの余裕があった。
自分と同格のバケモノがあと六人もいるという事実。そして、その均衡を崩すための『特異点』として蒼太を評価し、直々にスカウトしてきたのだ。
『俺の右腕になれ。そうすれば、リュウヤの無礼は不問にしよう。この灰燼に帰した世界で、望むだけの富と女と、安全な地位を約束してやる』
生存者であれば、誰もがすがりつくであろう最強組織からの悪魔の誘い。
しかし、蒼太の答えは決まっていた。
「あー……せっかくのヘッドハンティングですが、お断りします」
『……何?』
「俺は今、有休消化中でして。それに、あんたの組織、武力で他人を従わせるゴリゴリの体育会系でしょ? 企業風土がブラックすぎるんで、転職する気はありません。一生ここで寝てます」
一切の野心も向上心もない、ただ「面倒くさい」という理由だけの即答。
電話の向こうの空気が、一瞬にして氷点下まで冷え込んだのが分かった。炎属性の男から発せられる、絶対零度の殺気。
『……そうか。交渉決裂だな。七大帝は、我々の支配に属さないイレギュラーを許さない』
「それはこっちのセリフです。リュウヤ君の身柄を返してほしければ、身代金として、Aランク以上の魔石を1万個用意してください。明日の正午までに振り込み(納品)が確認できなければ、このデータ(リュウヤ)は完全に初期化します。じゃ、そういうことで」
『ふっ……ははは! いいだろう。ならば明日、俺自らがその結界を焼き尽くし、貴様の首を物理的に回収しに――』
「はいはい、お待ちしてまーす」
ピッ。
蒼太は相手のセリフの途中で、容赦なく通話終了ボタンを押した。
「そ、蒼太様ぁぁっ! な、なんてことを!」
権田が頭を抱えてパニックになる。
転がされているリュウヤも、「お、お前……炎帝様を本気で怒らせたぞ……! あの人は七大帝の中でも随一の火力を持つバケモノだ! 明日、このスーパーごとドロドロに溶かされるぞ!」と涙目で叫んだ。
「来るなら来ればいいさ。わざわざ向こうからポイント(魔石)を配達しに来てくれるんだろ?」
蒼太は空になったアイスのカップをゴミ箱に捨て、ニヤリと笑った。
(システム・ゴッドとの本番の戦いの前に、強力な手駒とポイントはいくらでも欲しい。向こうの社長クラスが来るなら、迎撃の準備をしないとな)
「というわけで、ちょっと店舗の改装工事をするぞ」
蒼太は自身のスマホを取り出し、【アーキテクト】のアプリを起動した。
現在、彼の所有するAPは「1200万」。
「結界の範囲をスーパーから拡張する。対象エリア――【新宿区全域】」
最強の引きこもりによる、巨大要塞都市へのアップデート。
人間界最強の暴君を迎え撃つための、理不尽極まりない罠の構築が、今ここに始まろうとしていた。




