慢心と絶望〜『代行者』の空間切断と、ファイアウォールの理不尽〜
「がはははっ! 見たか! あの巨大なオークが一撃だ!」
新宿の神域から北へ数キロ離れた、廃墟と化した高田馬場周辺。
蒼太から『資源回収班』の権限を付与された権田と十数人の生存者たちは、完全に慢心しきっていた。
これまでは逃げることしかできなかった魔物たちを、その辺で拾った鉄パイプやバットで次々と粉砕していく。蒼太が与えたシステム権限は、ただのメタボなサラリーマンを、強力な異能を持つ『上位の覚醒者』に匹敵する超人へと引き上げていたのだ。
「すげぇぞ、権田さん! 俺たち、もう無敵じゃないですか!」
「ああ! 蒼太様の加護さえあれば、この崩壊した東京でも俺たちが覇者だ! このまま池袋の方まで探索エリアを広げて、しこたま魔石を稼いで蒼太様に――」
権田が高笑いした、その瞬間だった。
『ズレた』。
「え?」
権田の隣で笑っていた部下の男の身体が、腰のあたりで音もなく上下にズレた。
血すら噴き出さず、まるで空間のパズルピースを間違えてはめたように、彼の身体は真っ二つに「切断」され、数秒遅れて地面に崩れ落ちた。
「……は?」
「ヒャハハ! なーにが覇者だ、雑魚どもが。寝言は安全なベッドでほざけよ」
瓦礫の山の上に、銀髪にピアスを開けた男がしゃがみ込んでいた。
男の周囲には、目に見えない「刃」のような空圧が渦巻いている。
「き、貴様……何者だ! 蒼太様の加護を受けた我々に、こんな――」
「蒼太? 誰だそりゃ。俺は東京北部を支配する組織『七大帝』が一人、炎帝様の右腕。その力を振るう最強のコマ、【代行者】のリュウヤだ」
七大帝の、代行者。
世界が崩壊し始めた直後、まだスマホの電波が辛うじて生きていた頃に、SNSのタイムラインでまことしやかに囁かれていた都市伝説のような狂気の組織。
『池袋にヤバい能力者の集団がいる』『逆らった避難所は皆殺しにされた』。
ただの悪質なデマだと思っていたソレが、本当に存在していたという事実に、権田たちの顔から一気に血の気が引いた。
「俺のスキルは【空間切断】。硬さや防御力、お前らみたいな中途半端な加護なんて関係ねぇ。その空間ごと『切り取る』最高ランクのチートだ」
リュウヤが指先を軽く振る。
今度は、権田たちの背後にあった放置トラックごと、空間が斜めに切り裂かれた。
「ひぃぃぃっ!?」
「バ、バケモノだ……! 噂は本当だったんだ! 逃げろ、権田さん!! 神域に逃げ込めぇッ!」
つい数秒前まで覇者を気取っていた彼らは、本物の「インフレした強者」の前に、無惨に血祭りにあげられた。部下たちが次々と空間ごと切り裂かれ、権田自身も左腕をスッパリと切断されながら、半狂乱で新宿の『メガ・マート』を目指して走り出した。
「ギャハハ! 逃げろ逃げろ! 絶望に顔を歪ませたまま死ぬのが、一番良い魔石になるんだよ!」
リュウヤは獲物をいたぶるように、ゆっくりとその後を追った。
――数十分後。新宿、メガ・マートの駐車場。
「た、助けてくれぇぇっ! 蒼太様ぁぁぁっ!」
血まみれの権田が、薄青く光る『神域』の結界の中に転がり込んだ。
結界内に入った瞬間、蒼太の『絶対回復ルール』によって権田の傷の進行は止まり、切断された腕の断面も光に包まれていくが、背後には悠然と歩いてくるリュウヤの姿があった。
「ほう。なんだこのふざけた青いドームは。随分とビビリな奴が引きこもってんじゃねえか。おい豚、その中にいれば助かるとでも思ったか?」
リュウヤは薄笑いを浮かべながら、結界を見上げた。
「これごと真っ二つにしてやるよ。炎帝様への良い手土産になる」
リュウヤが大きく腕を振りかぶり、渾身の【空間切断】を結界へと放った。空気が歪み、絶対の切断波が、薄い青色のワイヤーフレームに激突する!
『カキィィィィンッ……!!』
「……は?」
リュウヤの間の抜けた声が漏れた。
空間そのものを切り裂くはずの絶対の刃が。
結界の表面で、まるでガラスの壁に当たったBB弾のように、あっさりと弾き返されたのだ。
「な……んだと? 俺の、俺の【空間切断】だぞ!? 概念ごと切り裂く『代行者』の最強スキルが、ただの結界に防がれた!?」
混乱するリュウヤの頭上に、スーパーの屋外スピーカーから、のん気な店内放送が響き渡った。
『あー、マイクテス、テス。そこの銀髪のヤンキー。うちのファイアウォール(結界)に向かって、不正なアクセス(空間干渉)しないでくれる? ペネトレーションテスト(侵入テスト)ならお断りなんだけど』
「な、なんだ貴様! 中にいるのか!」
『凛。うちの従業員(権田)がボコボコにされてムカつくから、ちょっとその迷惑メール業者、追い払ってきて。アイス溶けちゃうから』
ウィィィン。
スーパーの自動ドアが開き、一人の少女が結界の外へと歩み出てきた。
蒼太のシステム権限『防衛騎士長』を付与された、九条凛。彼女の手には、白銀に輝く『システムブレード』が握られていた。
「小娘が……舐めるなァッ! 俺は炎帝様の代行者だぞ!!」
リュウヤが激昂し、無数の【空間切断】の刃を凛に向けて乱れ撃った。
しかし、凛は一切動揺することなく、手にしたシステムブレードを一閃した。
『パァンッ!!』
乾いた破裂音が響いた。
リュウヤの放った【空間切断】の波が、凛の剣に触れた瞬間――まるで「エラーを起こして強制終了したプログラム」のように、ノイズにまみれてフッと消滅してしまったのだ。
「……え?」
「蒼太様の付与されたこの剣は、ただの鉄ではない。あらゆる物理・概念攻撃の『処理をキャンセル(無効化)』する、神の権限そのもの。代行者か何か知らないが、バグは速やかに修正する」
凛が一歩、踏み込む。
リュウヤは防御行動をとる間すらなく、脳天に峰打ちの強烈な一撃を食らった。
「が、はっ……!?」
白目を剥き、アスファルトに崩れ落ちる代行者。
絶対の自信を持っていた人間側最強のコマは、引きこもりSEの「不正アクセス対策」と、その配下の前では、文字通り児戯に等しかった。
「おのれ七大帝……我が従業員に手を出した落とし前は、きっちりポイント(AP)で払ってもらうぞ」




