世界滅亡のお知らせと、最強の引きこもり環境構築
「……ん、なんだ? やけに外が騒がしいな」
相田蒼太は、ノイズキャンセリング・イヤホンを外し、重い瞼をこすった。
時刻は月曜日の午前10時。本来なら出社している時間だが、昨日まで48時間連続のデスマーチ(徹夜のバグ取り作業)を終えたばかりの彼は、死んだように眠りこけていたのだ。
サイレンの音でもない、地鳴りのような轟音と、人々の悲鳴。
不審に思い、築40年のボロアパート「コーポやすらぎ」2階、202号室のカーテンを少しだけ開ける。
「……は?」
寝ぼけた脳が、瞬時に覚醒した。
窓の向こうの新宿の空は、毒々しい赤色に染まっていた。
遠くに見える都庁のビルには巨大な植物のツルが巻き付き、下の道路では、全長3メートルはある『巨大な黒い獣』が、ひっくり返ったパトカーを引き裂いている。
映画の撮影ではない。どう見ても、世界がファンタジーのバケモノに侵略されていた。
「……ってことは」
蒼太はカーテンをピシャリと閉め、ベッドにダイブした。
「よし。今日は会社、休みでいいよな。寝よう」
世界が滅亡するなら、俺がプログラムのバグ取りに出社する義務もない。極限の社畜生活から解放された「永遠の休暇」に感謝しつつ、二度寝を決め込もうとした――その時だ。
『ピコンッ』
枕元に放り投げていたスマートフォンの画面が、不自然な青い光を放った。
画面には、見覚えのないアプリが起動している。
【世界創造アプリ『アーキテクト』のインストールが完了しました】
【現在地:新宿区・コーポやすらぎ202号室 を『神域』に設定しますか? YES / NO】
「なんだこれ、新手のスパムか?」
職業柄、怪しいアプリには警戒するが、外は絶賛世界滅亡中だ。どうせ夢か幻覚だろうと、蒼太は軽い気持ちで「YES」をタップした。
【神域の設定を入力してください】
画面にキーボードが表示される。蒼太は迷わず、日頃から抱いていた「理想の引きこもり環境」を打ち込んだ。
1:この部屋への、外部からのあらゆる物理・魔法的干渉を無効化する。
2:電気、水道、ガス、通信インフラは、外界の状況に関わらず無限に供給される。
3:俺に敵意を持つ者、および俺の睡眠を邪魔する者は、強制的に排除する。
【ルールを受理。これより当領域の『物理法則』を書き換えます】
直後、部屋全体が淡い青色のワイヤーフレームに包まれ、スッと消えた。
「……何も起きないな。まあいいや、おやすみ」
再び目を閉じようとした、その瞬間。
ドンッ!! ドンドンッ!!
「誰か……! お願い、開けて……っ!」
玄関のドアを激しく叩く音と共に、少女の悲痛な叫び声が響いた。
直後、獣の恐ろしい咆哮がアパートの廊下に轟く。
「おいおい、初日から安眠妨害かよ……」
蒼太はため息をつきながら、玄関へと向かった。外の地獄が、ついに彼の『絶対安全な部屋』の境界線に迫っていた。




