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とまり湯トコハネ

 これはどういった状況だろうか。

 熱い湯に浸かりながら、カンジはここまでのことを思い返しました。

 この日、カンジは仕事を終えた後で、いつものように電車に揺られていました。

「次は終点、トマリユトコハネマエー」

 不意に聞こえてきた車内アナウンス。カンジは聞き覚えのない駅名に思わず立ち上がりました。

 終点ということは、ひょっとして乗り過ごしたのだろうか。

 そう思ったカンジは駅についた瞬間、すぐに電車を降りました。駅員に尋ねようと小走りで運転席へと向かいましたが、驚いたことにそこには誰もいませんでした。

 加えて、自分以外に乗客がいなかったことにも気がつきました。

「どういうことだ……?」

 カンジは混乱していました。するとそこに誰かが声をかけてきました。

「本日のお客様ですね!」

「うわっ!」

 小心者のカンジは驚いたあまり大声をあげてしまいました。

「あら、驚かせたようですみません」

「い、いえ、こちらこそ気づかずすみません」

 互いに謝った後、目の前にいた若い女性はこう言いました。

「お待ちしていました。ご案内しますね!」

「ご案内って、どこに?」

「もちろん『とまり湯トコハネ』ですよ!」

「トマリユトコハネ……?」

 カンジは首を傾げてすぐに、先程聞こえた駅名を思い出しました。どうやら「トマリユトコハネ前」ということだったようです。

 しかしカンジはまだ「トマリユトコハネ」がなんなのか、少しもわかっていませんでした。

「あの――」

 声をかけた瞬間、突然周囲の景色が変化しました。

「はい、着きました!」

「えっ……」

 カンジは状況がうまく飲み込めずにいました。

 それもそのはず。気づけば古めかしい駅のホームから、建物の前に移動していたのですから。

「お客様、『とまり湯トコハネ』へようこそ!」

「あ、そういうことか……」

 カンジは店に掲げられた「とまり湯トコハネ」の看板を見て、ようやくその正体を理解することができました。

「さあさあ、お入りくださいな」

「え、いや、でも――」

「あなたは本日のお客様ですから!」

 強引に背中を押され、カンジは引き戸をカラカラと開けました。するとそこには一人の女性が立っています。

「ようこそお越しくださいました。どうぞごゆっくりお楽しみください」

 その女性はとびきり美しく、カンジはつい見惚れてしまいました。背後から先程の若い女性が言います。

「お客様、鼻の下伸びてますよ。いくらうちの女将が美人だからって、みっともないですよ?」

「こらマユミ、お客様に失礼なことを言ってはいけませんよ」

「はぁい」

 女将にたしなめられたマユミは、顔に出ていることを指摘され動揺しているカンジに言いました。

「改めましてお客様、こちらへどうぞ」

「あ、はい」

 こうしてカンジは今、湯に浸かっているわけです。

「ふぅ……」

 漂う樹木のような匂いを嗅ぎながら、深い息を吐きました。

「こんなにゆっくり湯に浸かるのって、久々かもしれないな」

 毎日ヘトヘトで仕事から帰ってくるカンジは、風呂を沸かす気力も残っておらず、シャワーだけで済ませる日が増えていたのです。

「はぁ……」

 カンジは湯気と一緒に日々の疲れが消えていく気がしました。 

「本日はお越しいただきありがとうございました」

「いえいえ、すっかり長居しちゃって」

「いいんですよ。時は止めてありますから」

「え?」

「それでは、駅までお送りしますね!」

「あ、えっと、ちょっと――」

 そこでカンジは、はっと目を覚ましました。

 ここは最寄り駅のホームの中、どうやら夢でもみていたようです。

 あれはなんだったのだろうか。

 不思議に思いつつ鞄からスマートフォンを取り出そうとして、身に覚えのない匂い袋が入っていることに気がつきました。

「これって……」

 思わず取り出して嗅いでみると、覚えのある樹木のような匂いがしました。

「また、行けるといいな」

 カンジは匂い袋を見つめながら、静かに呟きました。

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