第6話 打ち砕かれた小さな幸せ
――煙が、視界を覆っている。
火の粉が舞い、焼けた木材の匂いが鼻を刺す。
魔王軍に見つからないよう、物陰を選び、壊れた家屋の裏を縫うように進む。
幸い、濃い煙が目隠しとなり、俺たちはなんとか前へ進めていた。
(もう少しだ……)
家は、すぐそこだ。
頼む、無事でいてくれ。
そのとき――
自宅近くの道端に、人影が倒れているのが見えた。
嫌な予感が、背筋を走る。
「……義父さん!!」
駆け寄った瞬間、最悪の予感が現実になる。
そこに倒れていたのは、義父だった。
「御父様……その傷は……!!」
身体中に無数の斬り傷。
服は血に染まり、地面に黒い水たまりを作っている。
俺は必死に抱き起こす。
かすかに、胸が上下していた。
バッグから飛び出したアスティも、顔を青ざめさせて駆け寄る。
「……ケ……ケイト……それに……アスティ……」
か細い声が、確かに聞こえた。
「……良かっ……た……無事……だった……な……」
「待っててくれ!すぐ止血する!」
震える手で、布を押し当てる。
「直ぐに、直ぐにだ!!」
だが――
どれだけ押さえても、血は止まらない。
「……お……俺のことは……いい……」
義父は、首を小さく振った。
「この傷じゃ……もう……ダメだ……」
「そんなこと言うな!!」
声が裏返る。
「それより……母さんを……頼む……」
「嫌だ!義父さんを置いて行けるわけねぇだろ!!」
必死に、必死に止血を続ける。
だが、時間と共に、義父の顔から色が消えていく。
「……お前は……やはり……優しい子だ……」
義父は、俺を見つめる。
「だが……だからこそ……頼みたい……」
息が、途切れ途切れになる。
「判断を……間違えるな……今度は……お前が……」
「家族を……守る番だ……母さんと……アスティを……」
その言葉に、胸が張り裂けそうになる。
「そして……アスティ……」
義父は、彼女へと視線を向ける。
「短い間……だったが……俺は……お前を……本当の……娘だと……思っている……」
アスティの瞳から、涙が零れ落ちる。
「ケイトと……仲良く……してやってくれ……」
「お前達は……俺の……自慢の……子……だ……」
そう言って、義父は――
優しく、穏やかな笑みを浮かべたまま、目を閉じた。
「……お義父様……!!」
アスティの悲痛な叫びが、燃え盛る村に響く。
「嘘だろ……」
俺は、義父の肩を揺さぶる。
「目を開けてくれよ……義父さん……」
喉が、裂けそうだ。
「義父さん!!
義父さああああああああああん!!!!」
俺の叫びは、燃え落ちた家々の残骸に虚しく吸い込まれていくだけだった。
腕の中で横たわる義父の身体は、もう二度と温もりを返してはくれない。
どれほど強く肩を揺さぶっても、どれほど必死に名を呼んでも、その瞳が再び開くことはなかった。
……
…
胸の奥が、音を立てて崩れていく。
だが、それでも立ち止まることは許されなかった。
——俺には、まだ果たすべき約束がある。
「……行こう、アスティ」
声は震えていたが、無理やり絞り出した。
溢れ続ける涙を乱暴に腕で拭い、義父の亡骸から視線を逸らす。
アスティをそっとバッグに入れ、地面に伏した義父に深く頭を下げた。
(さようなら、義父さん。……後で、きっと迎えに来るから)
そう心の中で告げ、俺は踵を返した。




