第5話 クソザコの勇気
「勇者様、あれを……見てくださいですわ!」
森を抜けた瞬間、アスティが震える指で前方を指差した。
「なっ……村が……」
そこにあったのは、俺たちが知っている“いつもの村”ではなかった。
赤黒い炎が家々を包み込み、屋根は崩れ、火の粉が夜空へと舞い上がっている。
煙と焦げた匂いが鼻を刺し、耳には至る所から悲鳴や泣き叫ぶ声が飛び込んでくる。
「……嘘だろ……」
言葉が、喉からこぼれ落ちる。
さっきまで確かに存在していた日常が、無残に焼き払われていた。
何が起こっているんだ。
一体、誰が……。
真っ先に浮かんだのは、義父さんと義母さんの顔だった。
胸がざわつき、心臓が嫌な音を立てる。
(無事でいてくれ……!)
走り出そうとした、その瞬間。
「待って……誰かがいるわ。いったん隠れましょう」
アスティに腕を掴まれ、俺ははっとして足を止めた。
理性が、辛うじて俺を引き戻す。
二人で倒壊した木材と崩れた塀の影に身を潜め、息を殺して様子を窺う。
見えたのは――村長だった。
いや、正確には“かつての”村長だ。
彼は地面に膝をつき、恐怖に歪んだ顔で何者かに囲まれている。
その周囲を取り囲むのは、犬のような顔をした亜人たち。
短い体躯に毛むくじゃらの腕、手には血に濡れた剣や棍棒。
――コボルトだ。
「いっ……命だけは勘弁してくれ! 金ならいくらでも出す!」
村長の必死の叫びが、夜の空気に響く。
だが、その懇願を嘲笑うように、コボルトの一匹が喉を鳴らした。
「グルルル……ああ。金は頂こう……」
歪んだ笑みを浮かべ、剣を構える。
「お前を殺った後で、ゆっくりとなぁ!!」
「ひっ……や、やめ――」
言葉は最後まで続かなかった。
鈍い音と共に剣が振り下ろされ、血飛沫が闇に散る。
「ぎゃあああああああああああ……!」
断末魔の叫びが、炎にかき消されるように途切れ、村長の身体は力なく崩れ落ちた。
俺は歯を食いしばり、目を逸らすことも出来ず、その光景を見つめていた。
アスティの肩が、小さく震えている。
「どっ……どうしよう……魔王軍が……攻めてきたんだ……」
自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
魔王軍。
その言葉だけで、背筋が冷たくなる。
だが、どうしてこんな辺境の村に――。
理由なんて、今はどうでもよかった。
この村には、兵士などいない。
傭兵すら雇えない、ただの貧しい村だ。
武器を持てるのは、せいぜい猟師くらいのもの。
国に助けを求める?
近くの町まで半日。
今この状況で、そんな時間は残されていない。
(……間に合わない)
嫌でも理解してしまう。
このままでは、村は滅ぶ。
そして――。
(義父さん……義母さん……)
胸が張り裂けそうになる。
放っておくなんて、出来るはずがない。
だが、ここで飛び出せばどうなる?
魔王軍に見つかれば、俺の命は――いや、アスティも。
恐怖と焦り、そして守りたいという想いが、頭の中でぐちゃぐちゃに絡み合う。
(どうする……どうすればいい……)
燃え盛る村を前に、俺は選択を迫られていた。
……
…………
悩んでいる時間なんて、どこにもなかった。
やっと手に入れたんだ。
居場所を、家族を、温もりを。
それを見捨てて生き延びるなんて、俺には出来ない。
「アスティ……俺は両親を探しに行く」
震える喉を押さえ、言葉を絞り出す。
「キミは、早く村から離れるんだ。キミの大きさなら、物陰を使えば見つからずに逃げられるかもしれない」
別れを覚悟した言葉だった。
だが――アスティは首を横に振った。
それも、迷いのない、凛とした動きで。
「お断りしますわ」
俺は思わず息を呑む。
彼女の瞳は、いつもの柔らかさの奥に、強い意志を宿していた。
「わたくしも勇者様と一緒に行きます。どこまでも、ですわ」
「どうしてだよ!」
思わず声を荒げてしまう。
「敵に見つかったら、殺されるかもしれないんだぞ!
それに……アスティには、関係ないはずだろ!」
すると彼女は、少しだけ眉を下げ、でもはっきりとした声で答えた。
「そんな悲しいこと、言わないでください」
小さな身体で、胸に手を当てる。
「短い間かもしれません。でも……わたくしは皆さんのことを、本当の家族だと思っていますわ」
燃え盛る村を背に、彼女は続ける。
「大切な人を助けたい。そう願うのは、当然のことですわ」
……敵わないな。
「……アスティ」
喉の奥が、熱くなる。
「そうだな。ごめん……俺が間違ってた」
彼女はふっと微笑み、軽く頷いた。
「さぁ、早く行きましょうですわ」
「ああ……ただし、危ないから俺の服の中に隠れてくれ」
俺は腰のバッグを開き、アスティをそっと入れる。
彼女は抵抗もせず、小さく身を丸めた。
こうして俺たちは、両親の元へと走り出した。




