第36話 山賊の頭は、四勇騎に敗れた元S級冒険者だった
瓦礫と悲鳴が入り混じる山賊のアジト。
燃えかけた松明が揺れ、空気は煙と血の匂いに満ちていた。
「――そこまでよ、坊や」
不意に、背後から声が降ってくる。
ねっとりと甘く、だが底の見えない声音。
「……!」
振り返った瞬間。
空気が、重くなった。
肺に入る空気すら、粘つくような圧。
そこに立っていたのは――
派手な外套。鍛え抜かれた肉体。
そして、不自然なほど“隙のない立ち姿”。
「へぇ……アンタが噂の新人冒険者?」
口元は笑っている。
だが、その目は一切笑っていない。
周囲の山賊たちがざわめく。
「お、お頭……!」
「へへッ…終わりだな……あのガキ……」
――お頭。
(……それだけじゃない。)
本能が告げる。
(こいつ、“戦場を知ってる人間”だ)
「女を取り返しに来たのよねぇ?」
ゆっくりと歩み寄り、す、と腰を落とす。
「いいじゃない。そういうの、嫌いじゃないわ」
構えは自然体。
――だが、崩せる気がしない。
「今すぐ仲間を返せ!」
喉が焼けるように乾くが
それでも、言葉を吐く。
お頭は、くすりと笑う。
「無理に決まってるじゃない。大事な商品だもの」
そして、少しだけ視線を細める。
「……まぁ、昔のアタシなら」
ぽつりと、零した。
「アナタと同じことしたかもしれないけどねぇ」
「……昔?」
「元・冒険者よ」
軽く言う。
だが、その一言で空気が沈む。
「そこそこ名は売れてたのよ?」
指をひらひらと振る。
「前線でね。何回死にかけたか分かんないわ」
自虐的に笑う。
だがその奥にあるのは、笑いじゃない。
「で、最後はどうなったと思う?」
一歩、近づく。
「仲間に見捨てられたわ、
金と引き換えにね……笑っちゃうでしょ?」
沈黙が落ちる。
「……だからやめたのよ」
肩をすくめる。
「仲間だの信頼だの――バカらしくなった」
視線が、突き刺さる。
「そして、気づいたの。
人間なんて、“使えるか”“金になるか”でしかないのよ」
にやり、と歪む。
「……で、今は山賊ってワケ」
薄笑いをやめ、ケイトを鋭い目で見る。
「アンタも売れば、そこそこ値がつきそうねぇ?」
――来る。
そう思った瞬間。
「っ!?」
視界が弾けた。
放たれたのは拳――
だが見えなかった。
腹に鋭い衝撃だけが叩き込まれた。
「がっ……!!」
身体が宙を舞い、柱に叩きつけられる。
息が、抜ける。
(……速すぎる……!)
「やぁねぇ」
気が付くと、首領がケイトを見下ろしている。
「その程度で驚いてたら、生き残れないわよ?」
距離感が、おかしい。
「ほら、立ちなさい」
「…言われなくてもッ!!」
歯を食いしばり、立つ。
剣を握り必死に踏み込む。
――ガンッ!!
だが簡単に弾かれる。
「っ!?」
「甘いわねぇ」
ため息混じりに。
「その踏み込み、素人でしょ?
そんな腰抜けた剣じゃ、戦場ではやっていけないわよ」
次の瞬間、蹴り。
剣で防ぐが、吹き飛ばされ
床を転がり、血を吐く。
「強さってのはね」
ゆっくり、歩み寄りながら。
「“生き残った回数”なのよ」
見下ろしながら呟く。
「アンタ程度じゃ、お話にならないわ。
今、降伏したら命だけは助けてあげるわよ?」
「断る!…まだ見習いだけど、俺は勇者だ。
勇者が仲間を見捨てて自分だけ逃げるなんてしない!」
痛みに耐えケイトは力の限り答える。
お頭は、ふと遠くを見るように目を細めた。
「……まぁ、勇者ねぇ」
小さく、笑う。
「”本物の勇者”はもっと凄かったわ」
空気が、変わる。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ――
“本物の恐怖”が滲んだ。
「アタシもさ、勇者目指してた時期があったのよ。
無敵だって、思ってた」
「本物の勇者――”四勇騎”に会うまではね」
空気が凍る。
「このアタシが何もできなかった。」
笑う。
だが、その笑みは歪んでいる。
「何もさせてもらえなかった。今のアンタみたいにね。」
指先が、わずかに震える。
「“格が違う”って、ああいうこと言うのねぇ」
沈黙――
そして。
にやり、と笑う。
「……だからやめたのよ」
「勇者を目指すのも、夢見るのも……」
目が、鋭くなる。
「どうせ辿り着けない場所があるなら
下で好き勝手やった方が楽じゃない?」
その言葉が、胸に刺さる。
(……逃げたのか……?)
だが。
それでも。
この男は――強い。
「……まだ……終わってない……」
ケイトはふらつきながら、立つ。
お頭が、目を細める。
「へぇ……」
少しだけ、嬉しそうに。
「その目。昔のアタシみたいで、嫌いじゃないわ」
だが。
次の瞬間。
「――だからこそ、潰しがいがあるわ」
殺気が、膨れ上がり、空間を押し潰す。
逃げ場が、ない。
(……勝てない)
その確信だけが、静かに胸に落ちた。




