第23話 戦場の外れで始まる本当の戦い
森に入ってしばらくすると、
前方――正面突破を任された部隊の方角から、景気のいい音が聞こえてきた。
「ギャギャッ!」
「グギィィッ!!」
断末魔の叫び。
続いて、金属が肉を断つ音、魔法が炸裂する轟音。
「――行け! 一匹も逃すな!」
「了解! 右から回り込め!」
王国騎士団の号令が、はっきりと響く。
木々の隙間からちらりと見えた光景は、
まさに“正規戦力”の力を見せつけるものだった。
重装騎士が盾を並べ、ゴブリンの突撃を真正面から受け止める。
その背後から、冒険者たちが剣や槍で次々と討ち取り、
さらに後方では魔術師が火球を撃ち込んで巣穴を焼き払っていた。
「すげぇな……」
思わず、呟きが漏れる。
数で押してくるゴブリンたちが、
まるで雑草を刈るように倒されていく。
「これじゃ……私たち、出る幕ありませんわね」
アスティが肩をすくめる。
俺たち第三班――
与えられた役目は、森の東側ルートの警戒。
つまり。
「……完全に、見張り役ですね」
モナカの言葉が、静かに落ちた。
戦闘音は前方から聞こえてくるが、
こちらには一匹のゴブリンすら現れない。
ただ、風が木々を揺らし、
遠くの喧騒だけが、別世界の出来事のように響いている。
「……ちっ」
プラティナが、歯噛みするように小さく舌打ちした。
「アタシたち、完全に外れ配置じゃない……」
尻尾が、不満げにぱたぱたと揺れている。
「危険が少ないのは、いいことですわ」
アスティはそう言いつつも、
視線はどこか冷めていた。
(信用されてない、ってことだ)
新人の寄せ集め。おまけに実績も無い。
だから、
“戦力にならなくても問題ない場所”に回されたってわけだ。
「……まぁ、何かあったらすぐ動けるようにしよう」
俺は剣を握り直し、周囲を見渡す。
静かすぎる森。
戦場から切り離された、取り残されたような空間。
その時だった。
「……あれ?」
モナカが、ふと足を止める。
「……音、止まりましたよね?」
確かに。
さっきまで響いていた戦闘音が、急に遠のいた。
森が、妙に静かだ。
「終わった……?」
プラティナが首を傾げる。
だが――
俺の胸の奥に、嫌な感覚が広がっていく。
“何も起きない”という状況ほど、
油断できないものはない。
「……おかしい」
前方から、聞こえてくるはずの勝鬨がない。
代わりに、低く、腹の底を震わせるような――
異質な音が、森の奥から這い出してきた。
ズゥン……
ズゥン……
地面が、わずかに揺れる。
「な、何……?」
プラティナが耳を伏せ、尻尾を強張らせる。
獣人の本能が、危険を告げていた。
次の瞬間。
「――う、うわぁぁぁっ!!」
正面部隊の方角から、
さっきまで聞いたことのない“悲鳴”が上がった。
「撤退だ! 隊列を――」
「盾を構えろ!!」
「魔法、間に合わな――」
言葉は、途中で途切れる。
――ドォンッ!!
爆発のような衝撃音。
木々がへし折れ、土煙が空へ舞い上がる。
そして。
森の奥から、
それが姿を現した。
「……あれは……」
喉が、張り付いたように動かない。
体長は、人間の三倍以上。
歪に肥大した筋肉、岩のように盛り上がった腕。
粗悪な鉄を繋ぎ合わせただけの巨大な棍棒を肩に担ぎ、
その先端には、血と肉片がこびり付いている。
緑色の皮膚は、無数の傷跡で覆われ、
そのすべてが“生き延びてきた証”のようだった。
頭には、王冠のように歪んだ鉄輪。
赤く充血した目が、獲物を見下ろす。
――ゴブリンキング。
ただのゴブリンではない。
魔王軍に名を連ねる、
“指揮官級”の魔物。
「ギィ……ギィヒヒヒ……」
その笑い声は、
獣の咆哮とは違った。
「ギ……ギィ……ヒ、ヒト……にんげん……」
――言葉だった。
たどたどしく、
しかし確実に“意味”を持った音。
「……喋ってる……?」
誰かが、信じられないというように呟く。
お飾りの見張り。
――そう思っていた、この配置こそが。
後になって、
俺たちが最初に“試される場所”だったと知ることになる。




