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クソザコナメクジから始まる最弱勇者~スライムすら倒せない俺が世界を救うって本当ですか?~  作者: 小鳥遊 千夜
第一章 旅立ちの冒険者編

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第19話 弱者の証明――ベヒーモスから生還した俺、冒険者になる

 

 森に、静寂が戻ってきた。


 ベヒーモスの巨体は、怒りと警戒を残したまま霧の奥へと退いていった。

 勝ったわけじゃない。

 討ち取ったわけでもない。


 ――ただ、生き残った。


「……行った……のか……」


 震える声で、イバールが呟く。

 腰を抜かしたまま、地面にへたり込んでいた。


「……まだ……終わってない……」


 俺は息を整えながら、森の奥を見る。


 今回の目的は、討伐じゃない。

 試験だ。


 この森には、冒険者試験のために設置された確認用のフラッグがある。

 そこへ到達し、無事に持ち帰ること。

 それが合格条件。


「……フラッグを……回収しないと……」


 イバールは目を見開いた。


「ま、待て……!

 さっきの魔物が、また戻ってくるかもしれないんだぞ……!」


「……それでも……」


 俺は、剣を杖代わりに立ち上がる。


「……行かなきゃ……意味がない……」


 弱者が、たまたま生き残っただけじゃダメなんだ。

 試験に合格したという事実がなきゃ、何も始まらない。


 森の奥は、異様なほど静かだった。

 折れた木、抉れた地面。

 ベヒーモスが暴れた痕跡が、まだ生々しく残っている。


 やがて――


 木立の間に、それはあった。


 鉄杭に結び付けられた、赤い布。

 試験用フラッグ。



「……これが……」



 俺は、震える手でフラッグを掴む。


 引き抜いた瞬間、

 全身から一気に力が抜けた。


「……合格……だ……」


 その場に膝をつき、荒い息を吐く。


 ――終わった。

 ようやく。


 王都に戻った後、試験の結果はすぐに出た。


 生還。

 フラッグ回収。

 条件達成。


「――合格です」


 ギルド職員の言葉に、現実味はなかった。

 ただ、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 俺は、正式な冒険者になった。


 その帰り道。


「……待ってくれ」


 呼び止めたのは、イバールだった。


 いつもの尊大な態度は影も形もない。

 彼は、真っ直ぐこちらを見て――深く頭を下げた。


「……本当に、ありがとう。

 ボクは……何もできなかった」


 言葉を探すように、一度唇を噛みしめる。


「……これを」


 イバールは、護衛に合図を送る。

 差し出されたのは、一本の剣だった。


 鞘に走る宝石のような光沢。

 ただの装飾ではない。

 刃を覆う気配そのものが、明らかに“格”の違いを語っていた。


「かつて勇者も使っていたという名剣。

 ダイヤモンドソードだ」


 その名を聞いた瞬間、喉がひくりと鳴った。


(……冗談だろ……)


「こ、こんな高そうな剣、受け取れないよ。

 今日冒険者になったばかりで、勇者でも無い俺には……」


 正直な気持ちだった。

 こんなものを手にしていい人間じゃない。

 俺は、たまたま生き残っただけの、弱い人間だ。


 だが、イバールは首を横に振る。


「そんなことはない」


 真っ直ぐな目で、はっきりと言い切った。


「ボクを助けてくれた君は、立派な勇者だ。

 だから、受け取ってくれ」


 一瞬、言葉を失う。


 さっきまで、震えて動けなかった青年が。

 見栄と虚勢で自分を大きく見せていた貴族の子が。

 今は、誤魔化しのない表情で、そう言っている。


「それに――」


 イバールは、少しだけ照れたように笑った。


「ボクはお金持ちだからね。

 気にすることはないさ」


 その軽い口調が、かえって真剣さを際立たせた。


 俺は、しばらく剣を見つめ――

 そして、そっと手を伸ばした。


 重い。

 だが、不思議と嫌な重さじゃない。


 俺は、一瞬迷い――

 それから、受け取った。


「……ありがとう」


 その言葉しか、見つからなかった。



「……それと、もう一つ」


イバールは、剣を受け取った俺を見て、少しだけ言い淀んだあと、腰のポーチを外した。

留め具を外し、中から取り出したのは――深い黒色のマント。


ただの布じゃない。

光を吸い込むような質感で、揺れるたびに輪郭が曖昧になる。


「これは、ステルスマント。

相手から存在を隠す、Sレアの魔道具だ」


「……え?」


思わず声が漏れた。


(ちょ、ちょっと待て……剣だけでも十分すぎるのに……)


「こんなのまで、さすがに受け取れないよ……!」


慌てて首を振る俺に、イバールは苦笑しながら肩をすくめる。


「君は、正面から戦えるタイプじゃないだろ?」


図星だった。


「無理に強がらず、

生き残ることを優先できる人間の方が、よほど冒険者に向いている」


その言葉は、不思議と胸に刺さった。


「ボクは、剣を振るえる人間を目指す。

でも君は、君の戦い方をすればいい」


マントを差し出す手に、押し付けるような強引さはない。

ただ、純粋な善意だけがそこにあった。



「……それに」


「今日の森で、生き残れたのは君のおかげだ。

この程度で、命の礼になるとは思ってないよ」



イバールは、少しだけ声を落とす。



――守られる側だった人間が。

初めて、誰かに“生き残るための力”を託される。


俺は、一瞬迷い――

それから、マントにも手を伸ばした。


「……ありがとう」


剣の重み。

マントの柔らかさ。


どちらも、今までの俺には縁のなかったものだ。


「困ったことがあったら、言ってくれ」


イバールはそう言って、手を差し出す。


俺は、その手を握り返した。




温かくて、確かな感触。

それは、初めて得た“対等な繋がり”だった。


――こうして。


試験用フラッグは回収され。

冒険者試験は、正式に合格となり。

名もなき少年は、一本の剣とマントを手にした。


自分でも気づかぬまま――

弱さを積み重ねた先にある力を、胸の奥に抱えながら。


それが、後に世界を揺らすことになるとも、

この時の俺は、まだ知らなかった。








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