第15話 冒険者試験が始まったら、森の中で追放された僧侶を拾うことになりました
「それではこれより試験を開始致します」
受付のアイリスが一歩前に出て、澄んだ声で続ける。
「詳細はお渡しした書類をご確認くださいませ。制限時間は夕方まで。くれぐれもご無理のないように。それでは……いってらっしゃいませ」
その合図と同時に、約五十名の受験者たちが一斉に駆け出した。
地面を蹴る音、装備が鳴る音、闘志に満ちた叫び声が入り混じる。
「腕が鳴るぜ!」
「てめぇ!抜けがけは許さねぇ!一番は俺様だ!」
「ゴブリンなんて、私の魔法で一撃ですわ!」
それぞれが自信満々に森へ向かっていく。
「勇者様。ほら、わたくし達も参りましょうですわ」
「あ、ああ……そうだな」
悪魔の森――その名を聞いた瞬間から、俺の足は完全に竦んでいた。
心臓が早鐘のように鳴り、背中を冷たい汗が伝う。
だが、アスティの声に我に返り、慌ててその背中を追いかける。
しばらく進むと、木々が密集し、昼間だというのに薄暗い森の入り口が見えてきた。
風が吹くたび、枝葉が擦れ合い、不気味な音を立てる。
「なぁ……やっぱり、どうしても行かなきゃいけないんだよな……」
思わず弱音が漏れる。
「今さら何を言っているんですか」
アスティは振り返りもせず、きっぱりと言い放つ。
「勇者様なら大丈夫ですわ。ほら、早くしないと置いていきますわよ」
その背中は、不思議なほど頼もしかった。
俺とは正反対に、恐怖よりも使命感に満ちている。
「……分かったよ」
俺は深く息を吸い、拳を握りしめる。
「こんな森に、女の子一人で行かせられるわけないからな。」
覚悟を決め、俺たちは森の中へと足を踏み入れた。
――しばらく進んだ、その時。
奥の方から、言い争うような声が聞こえてきた。
木々の隙間から見えたのは、見覚えのある少女。
(あれは……モナカ?)
町で絡まれていた、あの僧侶の少女だ。
どうやら彼女も冒険者志願者で、数人の仲間とパーティを組んでいるようだったが……。
「お前、全然役に立たないな」
冷たい男の声が響く。
「まともなサポートも出来ないなんて、本当に使えない僧侶ね」
嘲るような女の声。
「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……」
モナカは俯き、震える声で何度も謝っていた。
「何コソコソ言ってんだよ、お前?」
リーダーらしき男が睨みつける。
「まぁ、もういい。お前、このパーティ抜けろ」
「そ、そんな……! 次は頑張りますから……!」
必死に縋るモナカ。
「次なんてねぇんだよ」
吐き捨てるように言い放たれる。
「リーダーの判断だ。お前は用済みだ。クズ僧侶」
「じゃあな。足手まとい」
「後は一人で頑張れよ。ハハハ!」
下卑た笑い声を残しパーティのメンバー達は森の奥へと消えていった。
残されたのは、膝をつき、呆然とその背中を見送るモナカ一人。
――なんて奴らだ。
仲間を、こんな場所に置き去りにするなんて。
モニカは、その場に立ち尽くしたまま、小さく肩を震わせている。
「こんな森の中で……一体どうしたら……」
その声はか細く、今にも消えてしまいそうだった。
「大丈夫か? モナカ」
俺が声をかけると、モニカははっとしたようにこちらを見た。
「あなたは……ケイトさん」
一瞬だけ安堵したように微笑むが、すぐに力なく笑ってみせる。
「大丈夫です。置いて行かれちゃいましたが……あはは……」
その笑顔は明らかに無理をしていた。
自分に言い聞かせるような、壊れそうな笑い方だ。
「仲間を置いていくなんて、本当最低の奴らね」
アスティの声には、怒りと軽蔑がはっきりと滲んでいた。
小さな拳を握りしめ、その背中がわずかに震えている。
さっきまで穏やかだった彼女の表情は、今は明らかに険しい。
「あなたはケイトさんと一緒にいた……」
モナカはそう言いながら、俺とアスティを交互に見た。
突然一人きりにされた不安と恐怖が、まだ消えきっていないのだろう。声は少し震え、視線も定まらない。
「こいつはアスティだ。アスティ・アマテラスナントカカントカ」
俺が適当に紹介すると、即座にアスティが反応した。
「もう~違いますわ!
アマテラスじゃなくてアストライア。
アスティ・アストライア・エスペラント・エヴァンジルですわ」
胸を張り、これでもかというほど堂々と訂正する。
その勢いに、場の空気が一瞬だけ和らいだ。
「ふふ……私はモナカです。モナカ・アムレート。
改めてよろしくお願いしますね、アスティさん」
その笑顔は控えめで、どこか儚い。
だが、見捨てられた直後とは思えないほど、声には人を思いやる優しさが残っていた。
「ねえモナカさん。一人だと危険だし、私達と一緒に来ない?」
アスティが真っ直ぐに提案する。
「でも……私なんか、ご迷惑にならないでしょうか?」
「そんな迷惑だなんて思わないわよ。ねぇ、勇者様」
アスティがこちらを見る。
「ああ。寧ろ心強いくらいだぜ。
もちろん、モナカが良ければだけどな」
モナカは一瞬俯き、何かを考えるように唇を噛んだ。
「どうしよう……えっ……うん。そうだよね……」
「ん? どうかしたか?」
「いえいえ……ありがとうございます。よろしくお願いします」
その言葉と共に、彼女は深く頭を下げた。
「決まりですわね」
アスティが満足そうに頷く。
「ああ、こちらこそよろしくな」
こうして俺達は、心強い仲間・モナカを加え、さらに森の奥へと進む。




