第13話 試験前の街で出会ったのは、助けを求める僧侶の少女でした
俺達は一度冒険者ギルドを後にし、試験に備えて街へと出た。
プルミエの商店街は活気に満ち、武器屋の金属音、露店の呼び声、人々のざわめきが入り混じっている。
だが現実は厳しい。所持金はほとんど無く、買えるものは最低限――安価な防具、簡単な回復薬、消耗品がせいぜいだった。
「……これで何とかなるかな」
「ええ。完璧とは言えませんが、今の状況では十分ですわ」
必要なものを揃え終え、袋の口を結びながら息をつく。
「なんとか買えたし、広場に向かうか」
「そうね。同じような冒険者志願者達も集まっているはずですし、情報収集も兼ねて行きましょう」
そう言って歩き出した、その時だった。
「おいおい、人にぶつかっておいてタダで済むと思ってんのか……?ああ?」
荒れた低い声が、人混みのざわめきを切り裂く。
「本当に申し訳ございません……」
視線を向けると、そこには一人の少女と、その前に立ちはだかる大男の姿があった。
少女は小柄で、白を基調とした修道服を身に纏っている。俯きがちに震えながら、必死に頭を下げていた。
「言葉じゃなくてよぉ、誠意を見せて欲しいんだよなぁ」
「誠意……と言いましても……何をすればよいのでしょうか?」
不安に揺れる声。
それに対し、大男は口元を歪め、下卑た笑みを浮かべた。
「へへ……分かってんだろ?ちょっと俺と遊んでくれりゃあ、それでいいんだよ」
次の瞬間、大男の手が少女の身体に伸びる。
「や……止めて下さい!!私は神に仕える僧侶ですので、このようなことは……!」
「ちょっとだけだって。神様だって許してくれるさ。な?いいだろ?」
「いやぁ、離して!!きゃあ!!」
必死に抵抗した拍子に、少女は大男の手を振りほどく。しかし、その反動で足元がもつれ、地面に倒れ込んでしまった。
――見ていられなかった。
「おい。その子、嫌がってるだろ。それくらいで放してやれよ」
気づけば、前に出ていた。
「はぁ?」
大男がゆっくりとこちらを振り返る。
「なんだぁ、このちびガキ。俺様に逆らおうってのか?このジャイトス様によぉ……!!」
腕をパキパキと鳴らしながら、威圧するように一歩近づいてくる。
近くで見ると、なおさら異様だった。身長は二メートル近く、膨れ上がった筋肉が服の上からでも分かる。
まるでオークそのものだ。
「へへ……邪魔したからには、少しお仕置きしてやらねぇとなぁ……!!」
正直、勝てる気はしない。
逃げたい、そう思う気持ちは確かにあった。だが――ここで背を向けたら、一生後悔する。
「ガキが調子に乗るとどうなるか、教えてやるぜ!!!」
怒声と共に、大男が拳を振り上げ、一気に間合いを詰めてくる。
「勇者様!!」
背後からアスティの叫び声が響いた。
「――っ、あぶねぇ!!」
寸前で身体を捻り、拳をかわす。
風圧だけで頬が痛むほどの一撃が、地面を砕いた。
その時だった。
背後から慌ただしい足音が響き、張り詰めた空気を切り裂くような怒声が飛ぶ。
「そこのお前達、何を騒いでいる!!!」
鎧が擦れる金属音と共に現れたのは、数名の警備隊だった。
その姿を目にした瞬間、大男――ジャイトスの表情が露骨に歪む。
「……ちっ、やべぇな。警備隊かよ」
舌打ちを一つすると、さっきまでの威勢はどこへやら、露骨に後ずさる。
「……くそ、今日は勘弁してやる。覚えてろよ、ガキ」
捨て台詞を吐き捨てると、大男は人混みをかき分けるようにして走り去っていった。
警備隊員がその背中を睨みつけるが、周囲に被害が出ていないことを確認すると、軽くこちらに一瞥を寄越し、その場を収める。
張り詰めていた緊張が、ようやく解けた。
「……ふぅ」
俺は大きく息を吐き、足元に視線を落とす。
そこには、先ほどまで恐怖に震えていたであろう少女が、地面に尻餅をついたまま呆然としていた。
俺はゆっくりと近づき、手を差し出す。
「大丈夫か?怪我は……」
「は、はい……」
少女は少し戸惑いながらも俺の手を取り、立ち上がる。
その瞳はまだ怯えを残していたが、どこか芯の強さも感じさせる澄んだ目だった。
「あの……助けて頂いて、本当にありがとうございました。
私、モナカ・アムレートって言います」
修道服の裾を軽く押さえ、丁寧に頭を下げる。
「俺はケイト・シャヴルールだ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
短く握手を交わすと、彼女は少し安心したように微笑んだ。
「さっきみたいな輩は厄介だからな。あまり一人で歩かない方がいい」
「……はい。気をつけます」
そう言葉を交わし、俺はアスティと共にその場を後にする。
モナカは何度もこちらを振り返りながら、別の通りへと消えていった。




