第12話 生き延びるだけで精一杯だった俺が、初めて“冒険者”として一歩を踏み出す
道中、俺達は極力モンスターとの遭遇を避けながら、慎重に、しかし確実にフリーデン王国の王都を目指して歩き続けた。
昼は木陰を選び、夜は焚き火の明かりを抑え、物音一つにも神経を尖らせる。
傷はまだ完全には癒えていないが、立ち止まるわけにはいかなかった。
そんな旅を数日続けた頃、視界の先に見慣れない建物の群れが現れた。
石造りの家々が並び、人の往来も活発で、遠くからでも賑わいが伝わってくる。
「……着いたみたいだな」
「ええ。ここは村と王都を繋ぐ中継地点にある、冒険者の町――プルミエですわ」
初めて見る“町”の光景に、思わず息を呑む。
焼け落ちたあの村とは違い、ここには人の生活があり、活気があり、未来があった。
「やっぱり村とは違うな……人も店も、こんなに沢山あるなんて」
露店の呼び声、鍛冶屋の金属音、子供たちの笑い声。
それら一つ一つが、失われた日常を否応なく思い出させ、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「ここには冒険者ギルドがありますので、まずはそこで冒険者登録をしましょう」
「冒険者……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、アスティは丁寧に説明を続ける。
「ええ。いくら勇者様と言えども、お一人で魔王討伐を成し遂げるのは現実的ではありませんわ。それに旅は長くなりますし、資金も必要になります」
確かに、これまでの道中だけでも食料や道具の重要性は痛いほど実感している。
「冒険者登録をすれば、クエストを受注することが出来ますし、一緒に冒険してくれる仲間を募ることも可能ですわ。きっと勇者様の助けになります」
「……なるほどな」
一人で戦うことに固執する理由はない。
守るためには、力を借りることも必要だ。
「確かにそうだな。案内よろしく頼むよ」
「かしこまりましたわ」
アスティに先導され、商店街へと足を踏み入れる。
武器屋、防具屋、薬草屋、酒場――所狭しと並ぶ露店と店の数々に、思わず目移りしてしまう。
しばらく歩くと、周囲の建物よりも一際大きく、堂々とした石造りの建物が視界に入った。
入口には剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられている。
「着きましたわ。ここが冒険者ギルドですわ」
「……ここが」
思わず喉が鳴る。
これまでただ生き延びることで精一杯だった俺が、ここに足を踏み入れていいのだろうか。
「緊張するな……」
「大丈夫ですわ、勇者様」
アスティの言葉に背中を押され、俺は大きな扉に手をかけ、力を込めて押し開いた。
中に入った瞬間、空気が一変する。
酒と鉄の匂い、ざわめく声、ぶつかり合う視線。
そこに集っているのは、明らかに“只者ではない”人々ばかりだった。
剣を腰に下げた剣士、杖を携えた魔導士、拳に包帯を巻いた格闘家、祈りを捧げる僧侶。
さらにはエルフや獣人といった亜人種まで、種族も職業も様々だ。
その視線が一瞬、俺に集まる。
場違いな存在だと悟られたようで、思わず背筋が強張る。
「冒険者ギルド、フリーデン支部へようこそ」
聞き慣れた穏やかな声に振り向くと、カウンターの向こうに一人の女性が立っていた。
整った制服に身を包み、柔らかな笑顔を浮かべている。
「私は受付のアイリスと申します。本日はどのようなご要件でしょうか?」
「あ……えっと……」
一瞬言葉に詰まりながらも、意を決して口を開く。
「ここで……冒険者登録が出来ると聞いたのですが……」
「冒険者志望の方ですね」
アイリスはにこやかに頷き、カウンター横に置かれた水晶を示す。
「それではデータをお調べ致しますので、こちらに手をかざしてくださいませ」
「……こうですか?」
言われるがまま水晶に手を伸ばす。
次の瞬間、水晶が淡く輝き始め、空中に文字が浮かび上がった。
「ありがとうございます……ケイト・シャヴルール様ですね」
自分の名前が表示され、思わずごくりと唾を飲み込む。
「冒険者は実力に応じてSSSからDランクまでの階級に分かれております。実績を積むことでランクアップが可能となり、報酬や受注できるクエストの幅も広がります」
淡々と説明される現実的な制度に、冒険という言葉の重みを感じる。
「ケイト様には、まず一番下のDランク試験を受けていただきます。これをクリアすれば、正式に冒険者として登録が可能です」
「……試験、ですか?」
思わず聞き返すと、アイリスは柔らかな笑みを崩さず、慣れた口調で頷いた。
「はい。試験はパーティでの参加や装備の持ち込みも可能です。
最初の試験なので大型モンスターとは遭遇しないと思いますが
ゴブリンやスライムといったモンスターは現れますのでご注意ください。
試験会場はお昼過ぎに、当冒険者ギルド裏手の広場となっております。ご準備が整いましたら、そちらへお集まり下さいませ」
淡々とした説明の中に、何百人もの冒険者志望者を見送ってきたであろう余裕が滲んでいる。
「分かりました。よろしくお願いします」
少し緊張しながらそう答えると、アイリスは胸の前で手を重ね、丁寧に一礼した。
「それでは、ご武運をお祈りしておりますね」




