第10話 弱者のための僅かな希望――スキル『下剋上等』
その刃が、ボイスに触れようとした――
まさにその瞬間。
突如、世界が白く染まった。
眩い光が、辺り一面を包み込む。
温かく、それでいて懐かしい光。
胸の奥が、強く揺さぶられる。
――この光。
ケイトがかつて見た――あの曖昧で温かく、それでいて胸の奥をざわつかせる夢の中の光に酷似していた。
そう。
あの時、夢の中で――ケイトは“何か”を授けられていた。
――「こういうのはいかがでしょうか?……強くするのではなく、弱さを活かす。逆説的に干渉する力みたいな……自分より下の者には勝てなくなりますが、強い者にだけ勝てる。そんなスキルですわ」
柔らかな声。だが内容はあまりにも異端だった。
通常ならば力とは、積み重ね、鍛え、弱者を踏み越えて得るもの。
しかしそれは真逆――弱さを起点に、強者のみを打ち倒す力。
――「おお、それは妙案かもしれんのう。それならば能力を上げられない才能ゼロのこやつでも問題は無さそうじゃ」
――「それは面白そうやな……めっちゃテンションあがるやん。ならスキル名は《下剋上等》でどうや!」
冗談めいた笑い声。
だがその場に漂う空気は、決して軽くはなかった。
――「まぁ~良いですわね……ただ、その辺りにいる雑魚キャラに勝てないので、冒険に出るのは難しいかもしれませんけど……」
――「その辺りはなんとかなるやろ。後は本人の気合次第や。」
――「ホッホッホ……決まりじゃな!」
その瞬間、夢は途切れた。
そしてケイト自身は――その選択も、授与も、知らぬまま、特別なスキル《下剋上等》を宿していたのであった。
――時は現在。
剣先から放たれたのは、単なる斬撃ではない。
白銀の光を纏った一閃が、空気を裂き、地を鳴らし、
圧倒的な質量差すら無意味だと言わんばかりに――
ボイスの身体を、縦に、一刀両断した。
「ぐ……がああああああああああああああっ!!」
断末魔が夜空に引き裂かれ、巨体が崩れ落ちる音が、大地を震わせる。
そして次の瞬間――
「お……お頭がやられた!!」
「ひいいいい……こんな奴に勝てるわけねぇ……!」
「逃げろ!!逃げろおおお!!」
群れの誇りも、凶暴さも、忠誠心も――
ボイスの死と共に一瞬で瓦解した。
コボルト達は我先にと森へ散り、
炎と血の匂いだけを残して、その姿を闇に消していった。
剣を握ったまま、ケイトは呆然と立ち尽くしていた。
自分が何をしたのか、どうして出来たのか、理解が追いつかない。
その背後で――
アスティはただ、その光景を見つめていた。
「……今の光……どこかで……」
言葉にならない既視感。
夢と現実が重なった、その瞬間を――
アスティは静かに、確かに、胸に刻み込んでいた。
俺とアスティは、互いの無事を確かめ合いながら、簡単な応急処置を済ませた。
裂けた服、乾ききらない血、痛みを押し殺すたびに軋む身体。だがそれ以上に、胸の奥が重く沈んでいた。
村のほとんどは焼け落ち、使える木材は限られている。
だから、立派な墓など作れなかった。
それでも俺達は、崩れかけた家屋から拾い集めた木を組み、土を掘り、両親の亡骸を丁寧に横たえた。
焦げた地面に掘った、あまりにも簡素な墓。
だが、その横にはアスティが静かに摘んできた小さな花が添えられている。
黒く焼けた土の中で、その色だけが不自然なほど鮮やかだった。
「本当は……もっと、ちゃんとした墓を作ってやりたかった」
声に出した瞬間、喉が詰まる。
悔しさと情けなさが込み上げるのを必死に抑えながら、俺は膝をついた。
「今は……これで許してくれ。安らかに眠ってくれ……義母さん、義父さん……」
俺とアスティは並んで手を合わせ、静かに祈りを捧げる。
返事はない。
ただ、焼け落ちた村の向こうから、風に乗って灰が舞ってきた。
村からは、まだ煙が立ち昇っている。
それを消そうとする者はいない。
泣き声も、叫び声も、もう聞こえない。
……生き残ったのは、俺とアスティ、たった二人だけだった。
もし俺に、もっと力があったら。
もし俺が、もっと強かったら。
救えたのだろうか。
誰も失わずに済んだのだろうか。
何度問いかけても、答えは返ってこない。
胸に渦巻くのは、魔王軍への激しい憎しみ。
そして、それ以上に、自分自身へのどうしようもない無力感。
「ちくしょー!!」
叫びながら、俺は力任せに地面を殴りつける。
拳に痛みが走るが、構わなかった。
「俺にもっと……! もっと力があれば……! 誰も死なずに済んだかもしれないのに!!」
怒りも悲しみも、悔しさも、全部吐き出すように叫ぶ。
答える者はいない。
「勇者様……」
アスティの声だけが、静かに俺を呼んだ。
「俺は……どうしたらいいんだ……どうすれば、この運命を変えられるんだ……」
俯く俺を、アスティは真っ直ぐに見つめていた。
迷いのない目で、はっきりと言い切る。
「決まっていますわ。魔王を倒し、世界を平和な世界にするのですわ。」
「魔王……だって?」
思わず笑いそうになる。
スライム一匹すらまともに倒せなかった俺が?
「そんなの無理だ……俺は勇者でも何でもない。ただの……」
「勇者とは、力ではありませんわ。」
アスティは一歩近づき、静かに言葉を重ねる。
「勇者とは、勇気ある者。わたくしは、あなたの中に確かに光を見ました。あなたは……わたくしの勇者様ですわ。」
「勇気の……光……」
胸の奥で、何かが小さく揺れた。
「私と一緒に、世界を救ってもらえませんか? 勇者様」
沈黙のあと、俺はゆっくりと顔を上げる。
「……俺に、もし……ほんの少しでも、本当に力があるのなら」
両親の墓に視線を向ける。
「誰かの役に立てるのなら……俺は、戦う」
「ありがとうございます、勇者様」
アスティは微笑んだ。
「きっと……義母さんと義父さんも、そう願っているはずだ」
俺は最後にもう一度、村と墓に深く頭を下げる。
「一緒に行こう。アスティ」
燃え尽きた故郷を背に、
俺達は魔王討伐を目指し、静かに歩き出した。
――失ったものの重さを胸に抱えながら、
それでも前へ進むために。




