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【短編小説】Water

掲載日:2025/12/18

 雨の三鷹の曲がり角。

 俺の頭が狂っていく。

 それはまるで歯止めの効かない奈落を転げ落ちていく様だ。

 またはビルディングが俺の周囲を猛スピードで上昇していくのを眺めている。


 落ちているんじゃないかって?


 そこに違いがあるなら、その時は林檎にでも訊いてくれ。ニュートンだっていい。またはパブロだ。

 何にせよ俺の人生がクソったれていると言う事は疑う余地が無い。満場一致で採択される。

「大丈夫だよ、それは単なる妄想だから」

 誰の人生だってクソだ。とっくの昔に閣議決定されている。



 そんなのがフルフェイスのヘルメットでずっと反響していたら誰の頭だっておかしくなるさ。

 信号で停まるんだ、マシな方だろ。

「どこいくと」

 女が言うのを見てたんだ。

 時は戦国。いや、午前様直前。

 赤子が猫や軟体動物の様に身を捩って乳母車からすり抜ける。

 群青色の中に溶け込もうとする裸足の赤子はまっすぐ交差点に走っていく。

 赤い光で切り裂きながら救急車のサイレンが響く。

 俺はエンストを起こしたバイクをキックする。

 咳き込むエンジン。


 間に合わない!!


 違う、そうじゃない。

 俺が言いたいのは違う事だ。

 俺の前を横切って車線を跨いだ軽自動車がいて、俺はそいつを呪ったんだ。

「横転して死なない程度に酷い目にあいますように!!」

 だからもう大丈夫。

 呪いなんてのはその程度だ。


 俺はもう何が言いたかったのかも忘れちまったが、忘れちまうような事だってならそれは大した事じゃないだろ。

 どうでもいいんだよ、そんな事は。

「なにしとうと」

 女が訊く。

 俺はヘルメットを脱いでアンダーパスに入って行く。

 水冷オイルが漏れだしてチャンバーを濡らしていく。

 白い煙が立ち上る。

 サンセット大通り。ノープ、甲州街道ブルバード。

 下り線を遡上する。



 俺は帰るんだよ、俺の部屋に。


 鮭は岩に身をぶつける度に鱗を剥がしていく。

 俺は車にぶつかる度に恨みと辛みを纏っていく。

 累積レッドカード。

 明日が無くなる。

「そんなもの最初から無かっただろう」

 俺の免許証を見た警察官が笑う。俺は愛想笑いで応える。

 いつだってそうしてきた。

 これからもそうしていくさ。

 警察官は俺に興味を無くす。

 俺は気配を殺して警察署を出る。


 腹が減った。

 


「やきそば革命が見つからない」

 俺は独り言を引きずりながらスーパーの冷凍食品コーナーを闊歩する。

 どちらかと言えば徘徊に近いかも知れない。

 万引きを警戒した店員がこちらを見ている。

 仲間にしますか?

「いいえ(同意を示す)」

 俺は独りだ。

 だから棚に並べられた文字たちを読む。文字を読んでいる間は孤独なんて関係が無いからな。

 ケチャップ=catch up

 醤油=show you

 あとは何かあるか?

 全部うそだからどうでもいいか。



 そうやって何かを書いた気になっているスノビズムの使徒たちが並べる文字。

 対して夢の島で自然発生した新たな生命体の違いが何かと言う問題についてAIが書いた論文を眺めながら俺は、薄暗い、感情を、弄び、持て余し、眉間の皺に、刻み込んで、いく。



 そうだ。

 不様な事に俺は何かを書こうとしている。

 だが俺はデュシャンを気取って便器に小説を書く訳にも行かないし、クラインを模倣して青いインクで官能小説を書いたって仕方がない。

 インターネット上でOEM供給される文字列に満足してるブンガク童貞とブンガク処女の葬列に火炎瓶を投げ込みたい気持ちでいっぱいだ。

 しかし生憎とその瓶の中に詰まってるのはガソリンと灯油じゃなくて自己憐憫と恨みだけだ。

 当然、火なんかつくはずも無く俺が投げた瓶は割れもしない。

 瓶は滑稽な音を立てて転がる。

 それなのに誰も見ていない。

 俺は自棄になって瓶を蹴飛ばす。

 瓶は勢いよく回るだけだ。



 大丈夫だよ、それは単なる妄想だ。



 いや違うんだ、これは半分が現実なんだ。

 35年前に好きだった女がそこら辺にいる芸人ワナビーのオフィシャルファンクラブイメージガールになったと言う報告を受けた。

 俺は詐欺じゃないかと心配した。

 でもそれは夢なんだ。

 だから構わない。

 俺はションベンを撒き散らしながら商店街を走った。

 これも夢なんだ。

 でも俺のバイクは水冷オイルを撒き散らしながら鱗を剥がし続けて死んだ。



 これは現実なんだ。

 だから俺はこうやって几帳面に文字を並べて慇懃無礼な意味をどうにか捻出しようと躍起になってのたうち回っている。

 不様さとか惨めさには馴れたつもりだがこれでも苦しいと思うならそれは順応が足りないと言う事だろう。

 煙草が吸いたいが緩慢な自殺も取り上げられてしまったと嘆く君の手を俺は優しく噛む事しか出来ない。



 あとは君の勝手だ。

 その手の中に悪意や善意があってもいいし何も無くたっていい。俺の歯型が虚無への供物だとかその手の中に回る功徳や業と言うものが何かを語ってもいい。

 検索履歴に残る全角スペースと病気、または癌と言う文字より強い意味を出せない俺たちのbyteに意味はあるのか。

 せめて時給は越えたい。



「お前は正社員だったのか」

「そう云ったろ」

 多くの人間が他人の話なんか聞いちゃいないんだ。

 だからミルフィーユの様に薄っぺらくなってしまう愛の言葉を幾層にも重ねる。

 そうなのだとしたら愛が破れる音は快感なのかも知れない。その為に死ぬのはありかなしか。


 俺は嗤う。

 狂っているかは大した問題じゃないからな。


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