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この世の隙間で百物語

ミトコンドリアの憂鬱

作者: 一飼 安美

 ……やれやれ、揃いも揃って物好きなものだ。どこの誰が言っていたかわからない話を、次から次へと。まあいい、怖けりゃいいんだろ?怖くないという者も多いだろうが、少し違った話をしよう。幽霊も妖怪も出てこない、怖い話だ。


 月の裏側は誰も見たことがない、って聞いたことがあるか?自転周期と公転周期が一致するために、常に片側しか見せていない。月の裏側には、どんな世界が待っているかわからない。……まあ、半世紀も前だったらこれを本気にする奴がそこそこいた。今はいない。月の裏側は灼熱の世界、それが当たり前。……誰も見たことねえのは変わらねえのに、当たり前になっている。まあそこは特に異論がない。月面に文明が!なんて話はあり得ない。……生物だったら、いるかもしれない。


 月面人間、なんて話は流石にするつもりはないんだが、表は極寒、裏は灼熱。……その界面は、どんな世界だ?ごく限られた面積の、ごく限られた環境。そこに生物が存在するとしたら、微生物とか、原生生物。アメーバの類だ。


 かつて地球がまだ雨と粘土しかなかった時代、生物とはそういう姿だった。40億年ほど前の地球原産種と同じ生物が、月にいたとしてあり得ないとは言わない。地球にいたんだしな。わずかな位置関係と大きさの違いから、地球の生物は一気に多様化した。今はただの粘土のような生き物なんて、誰もピンと来ない。みんな似たようなもんなのによ。


 粘土から生物が生まれて、生物が人間になった。その境目は、人間が勝手に決めただけで、驚くほど変わっていない。今ここに、40億年前の生命と同じようなアメーバが、混じっていたとしたらどうだろう。人間と、アメーバ。俺たちがイメージするより、ずっと似通ったこの二つの生き物は、片方が片方を食う。……アメーバを食う趣味はあるか?流石にねえだろ。アメーバが食うんだ。


 アメーバの定義は広い。粘菌、つまり黴の塊だってアメーバの一種とされることがある。どれだけ遅くとも、どれだけ弱くとも、アメーバが人間を食おうと思ったら、入り込んでしまえばいい。体の中に、アメーバが入ったら。この二つの生き物は俺たちが思うよりずっと近しく、体内を食い荒らされたら取り返す手段は限られる。限られてるってのに聞いたことがないもんだから、わかってやってる奴はなかなかいない。時間をかけて、少しずつ、確実に、ただ食われる。食われた末に残るのは、粘土。40億年前、地球に生命のかけらがようやくできた頃にあった粘土が、人間の形のまま残る。問題は、ここからなんだ。


 このアメーバは時間をかけて人間を食う。人間が活動を停止しかけたら、アメーバは食い物がなくなって、小さくなる。すると人間は元気になる。またアメーバが食う。まるで自転車操業で命を繋ぐように、アメーバ優勢の生殺しが、一生続く。最低限の活動だけを残した人間の体は、アメーバに殺されないためにもがくのが精一杯。他人のことなど構っていられるはずがなく、殺し合い。共食い、戦争の類になる。そんな生き物が、案外近くにいるかもしれないって話だ。


 地球にだって、アメーバも細菌も粘菌も山ほどいる。この間みんなでタコ踊りしただろう。……月なら、どうだろう。これだけ位置関係の近い二つのでっかいマントルの塊。高等生物であれば、いないと言い切れても……月に、そういうアメーバはいないのか。地球にはいたから生き物がいるってのに、月にはいない。そう言い切れる根拠なんて、どこにある?時間を四十億年ほど巻き戻すなら、地球と月には同じ粘土があった、と考えるのが、自然だと思わないか?……そうか、思わないか。自分はアメーバじゃない。アメーバの部分なんて、一つも持っていないってか。いや、この話は終わりだ。続きはない。蝋燭消して、次の奴に回してくれよ。

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