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06「誰が彼女を殺したか」

 初めて知ることばかりで難しい顔をするマオに、ルシルは小さく嘆息する。


「こんなことも知らないとなると、もしかしてマオさんは石の恐ろしさもご存じでない?」


「石が怖い? ……いや、落石とかは危ないか」


「危機感が薄い!! 私たち白色の人間は石や鉄といった岩石由来のもので傷つけられると死んじゃうんですよ! 傷がふさがらず血も止まらないので軽傷でも命取り。気をつけて下さい」


「……それ、エジランカさんも知ってました?」


「いくらアホの子でも、そのくらいは知っていたかと~」


 つまり、エジランカの死は弓で遊ぶなどして起こった事故ではない。あるいは第三者が手を滑らせたとしても、そもそも致命的な弱点となる石器を気軽に扱うことはしないはずだ。


 エジランカの死は不慮や過失とは違う。殺された可能性があるのだ。


「ってか、ルシルさんもさっきは殺す気満々だったんじゃん!?」


「もちろん!」


 とはいえ、これまでの態度からしてルシルが犯人とは思えない。


「そんな気軽に殺意を覚えないでほしい……」


「これ、護身用の短剣なんですけど、刃だけが石で他の部分は全て木製なんです。万が一にも自分を傷つけないようにめちゃくちゃ用心してるんですよ~」


 ルシルはマオの疑念など思い至るはずもなく、凶器を見せびらかして胸を張った。


「何にせよ、だいぶ物騒な世界観なのは理解できました」


 エジランカを殺した犯人も気になるが、それとは別に、殺害された少女の中身に別人が転生していると知れたらどうなるか。ルシルに対しては正直に打ち明けて正解だったが、同じ対応でほかの人物も味方にできるとは限らない。


 それこそ、再び殺されてしまうかもしれない。


「エジランカさん周辺の人間関係が分かるまでは、やっぱり本人のフリをしてた方がよさそうだな……」


「それはあるかもしれませんね~」


 ルシルの場合は単に運が良かっただけだ。彼女はエジランカの治癒能力に興味がないらしく、マオが言ったとおり「転生の特典」――そういうものとして許容し、それ以上の詮索はなかった。


 これがもし研究熱心な誰かに見つかれば、その理由を探るため実験動物にされることもあるだろう。傷は癒えても相応の痛みはあるので最悪の結末だ。


 マオは恐ろしい未来を頭から追い出すように首を振り、残る疑問を口にする。


「今のところこれでたぶん最後になるんですが、〈我ら白色陣営〉と言ったからには他の勢力も……」


 言いながら、マオは声をすぼめて部屋のドアを振り返った。


 数秒遅れてノックがあり、返事を待たずに扉が開く。ルシルが素早く椅子から腰を上げたので、マオも倣って立ち上がった。


「ああ、本当にいた」


 現れたのは青年だった。彼はエジランカが蘇生した場面に居合わせた一人で、マオはその声を覚えていた。


「ついさっきまで死んでいたのに、フラフラと歩き回ってはいけいないよ、エジランカ」


 エジランカの目ではジワリと滲んだ輪郭が動いているようにしか見えないが、青年は見目麗しい人物だった。背中に届く銀の髪にごく薄い青の瞳を持ち、中性的な顔立ちなのもあって上背がなければ女と間違えたかもしれない。ただ、ニヒルな表情がいかにも軽薄で、長髪と相まって軟派な印象を与える。


 ルシルがマオにささやく。


「マオさん。あちらがアルヴレド様で、二番目のお兄様です」


「エジランカさんの兄弟は何人?」


「あとは一番上のお兄様のレヴィヲ様がいます。お嬢様は末っ子」


「三人兄妹。どうもありがとうございます」


「エジランカ」


 アルヴレドが強い口調で呼びかけた。マオはルシルから聞いたエジランカ像をもとに、生意気なクソガキを演じる。


「ごめんあそばせ、お兄様。私ったら、どうにもお腹が減ってしまって。ルシルに軽食を運ぶよう言いつけに来たの」


「いつもは呼びつけていたのに?」


「その暇も惜しかったの」


 チラリとルシルに目を向けると、表情の判別はできないが雰囲気でムカついているのが伝わった。特にダメ出しもないので、方向性は合っているようだ。ただし、一つだけ間違っている部分があった。


「ふぅーん。しかし珍しいな、お前が自分のことを〈私〉なんて言うのは」


「あら、ルシルの言葉が移ってしまったようね。まったく、死の淵から蘇ったはいいものの、色々とあやふやでいけないわ」


「だから安静にと言われたんだよ」


「空腹を満たさないことには休んでいたって体も心も回復しないもの」


 プーンとそっぽを向きつつ、ルシルがエジランカの口調を真似た場面を思い出す。


 ――これがわたくしの実力よ! とかってウザ絡みして……。


 そう、エジランカの一人称は「わたくし」なのだ。


「ところでお兄様、わたくしに何かご用?」


「うん。そろそろ中間色の合戦が始まるから呼びに来たんだ。さあ、お手をどうぞお嬢さん。テラスまで一緒に行こうじゃないか」


「……ええ」


 合戦という単語に耳を疑いつつ、エジランカは誘いに応えてアルヴレドの手を取った。兄からは甘い芳香が漂っていた。香水にしては煙っぽさがあり、独特の香りだ。彼の足音は退屈をかみ殺したような調子で、所々に苛立ちが混ざっていた。


 アルヴレドの態度にせよ、合戦にせよ、非常に嫌な予感がする。


 エジランカは助けを求めてルシルを振り返るも、二人の視線が合うより先にアルヴレドが扉を閉めてしまった。


 部屋に残されたルシルは両腕を抱えてわなないていた。その仕草の意味をマオが知るのは、だいぶ後のことである。

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