29「平穏はまだ先の話」
決闘に決着が付いてから四日がたった。エジランカは「融和の乙女」ともてはやされ、これには父母も満足げだった。エジランカが脚本を書いた白黒陣営の対決も好評で、多少大げさに振る舞った方が分かりやすいだろうと踏んだのが功を奏した。
ちなみに、彼女の「不死」特性を知っているのはあの日、氷凍の室に居合わせた七名だけである。
隠しておきたい秘密だったが、ナーヴェに生死をかけた役目を頼んでおいて自分だけが安全圏にいることは許されない。もっとも、そのからくりにしても結局は「不明」としか言いようがなく、期待はずれの種明かしは不興を勝った。だが、石のナイフで指先を傷つけて瞬く間に治癒する様を見せれば、とりあえず死なない事実は認めてもらえた。
また、仮にアロージャの魔法でエジランカが死んでしまったとしても、台本通り相打ちで決着してほしいと頼んだ。命を賭けた少女の並々ならぬ覚悟は王二名の評価を得た。彼女が死亡した際には中間色の境遇改善を引き継ぐ約束も取り付けた。
現在、エジランカは自室で療養中だ。ルシルに食事から着替えに至るまであらゆる世話を焼かれている。少女は口を開けてスプーンを迎え、舌の上に転がされた木の実をもぐもぐした。
「私、もう大丈夫だと思うんですけど。まだ休んでなきゃいけないんですか?」
「最低でも夜が七回過ぎたらって御当主様に言われたでしょう。今日の夜で五回目です」
「あと二日も。地上に一回顔を出しておきたいのに……」
エジランカはアロージャの魔法を受けてなお生き残った。中間色の件は一切、彼女が主導する方向で決まっている。
「貴方の計画はまだ始まったばっかり。最初から全力疾走してたら足がもげちゃいますよ」
「勝手に合戦を始めちゃったりしません?」
「心配性~。あのあとすぐに私が行って、お嬢様が来るまでは大人しくしてろって伝えたから大丈夫ですって。独断で動いたらこうだって脅しておきました」
ルシルは頭を殴る仕草をした。実際に拳を振られたら脳味噌が飛び出るだろう。白色頂点の白麗公家の戦いを間近に見て、そこに仕えるメイドも生半可な強さでないことは中間色の皆も実感したに違いない。
黒色側にも沙汰があるまでは休戦するようアロージャが布令を出したというし、しばらくは地上も平穏が続きそうだ。
「何にせよ、白黒の諍いが解決できてよかったです。ルシルさんにはお礼を言わないといけませんね」
「私ですか? 何もしてないのに」
「氷凍の室でレヴィヲさんに掴まれたとき、庇ってくれたでしょ。私も冷静じゃなかったですし、貴方がいなかったらもっと拗れてたかもなので」
「私は私の思うとおりに行動しただけです。前にも言ったでしょ。貴方ってばこんなに可愛いんですもの、レヴィヲ様といえど私のお気に入りに傷を付けることは許しません」
「……それ真顔で言うのやめてくれます?」
「ンマー! 照れちゃって~!!」
「違いますよ恐怖してるんです」
スプーンを持っていない方の手でエジランカの頭を撫でるルシル。少女はその手をやんわりと払いのけ、メイドから上半身を遠ざけた。
「共通の倫理観を持ってるならともかく、暴力至上主義の人に言われたら普通に怖いからね。それ」
「マオさんはひっどいなぁ」
「でも、感謝しているのは本当ですよ。力になってくれてありがとう」
「いえいえ!」
二人でエッヘッヘと笑い合っていると、例のごとくエジランカがドアを振り返った。ノックもなしに開いた扉から顔を出したのはアルヴレドだ。ルシルがピリッと緊張したのが伝わってくる。
次兄はニコニコ笑顔でエジランカのベッドまでやってきた。
「元気にしているかい? 我が妹」
「おかげさまで。ルシルが部屋から出してくれたら、また魔法の特訓をお願いね、お兄様」
「もちろんだとも。私は優しいお兄ちゃんだからね!」
果たしてそうかな? とは言わずにおこう。
だが、続いた言葉にエジランカはそれを後悔した。
「いやぁ、こんなに面白いことになるならもっと早くにお前を殺しておくんだったよ」
「は?」
「ん? 誰がお前を殺したか、気づいていたのではないのかい?」
「……身内だろうと見当はつけていましたが」
「うん。普段の態度からしてバレバレみたいなものだよね」
「ええっと……本当に? お兄様がわたくしを殺した?」
「そうだよ」
「……」
「……そうだよ?」
「 ア ン タ か ! ! ! 」
エジランカは布団を蹴飛ばして兄に襲いかかった。アルヴレドはそんな妹の両手を簡単に掴み、空中に引き上げる。それでもエジランカは諦めず、自由になる足をブンブンと振り回して抗議した。
「ホンットお兄様、貴方という人はっ、クソが! 大っ嫌い!! 今すぐわたくしの前から消えてちょうだい! いつかその顔ボコボコにブン殴ってやるわ覚えてやがれ!!」
「キミは口が悪いんだなぁ」
暴れるエジランカをルシルに預け、アルヴレドは部屋から退散する。ドアを閉めたあと、彼はもう一度わずかに開き、その隙間から弓なりの目を覗かせてからかった。
「私ともルシルみたいに仲良くしてネ」
「寝言はいっぺん死んでから言えーーーッッ!!」
投げつけた枕がバタンとドアを閉じた。アルヴレドは扉の向こうで散々に笑って去っていった。ゼーハーと息を荒くするエジランカの隣で、ルシルが表情を険しくした。
「マオさん、これはアレですよ」
「何ですか!」
「前途多難ってやつ。ヤバい人に目を付けられてしまいました」
彼女は自身の肩を抱いてブルリと震え上がった。
「自分で殺したくせして生き返ったあとのお嬢様にノリノリで絡んでくるもんだから、ヒョワワ怖いなーって思ってたんですけど。まさかこんなことになるとは」
「貴方も知ってたの!?」
「お嬢様を殺した犯人? ええ。奥様と旦那様以外、この家の者は皆」
「え? エッ!? それじゃあまさか、お婆様も!?」
「御当主様の許可もなしに、さすがのアルヴレド様も手は下せないでしょうね」
「うわぁ……、人間不信だ。身内がみんな敵だったなんて……強く生きたい……」
「安心して下さい。私は貴方の味方ですよ、マオさん!」
「エジランカさんの味方もしたげてよぉ」
中の人はついにメソメソと泣き出してしまった。胸に魔法を受けた時でさえ堪えたというのに、亡き少女を思って涙する。
そこでルシルがはたと気づく。
そういえば、お嬢様の泣き顔を見るのはこれが初めてだ。
「ふぅーん……」
ルシルの心にエジランカを亡くした後悔はない。彼女が気に入っているのはあくまで少女の中に転生した魂である。このメイドがたったいま感慨を漏らしたのは、マオに対する庇護欲が自分でも意外なほど深いことに気づいたからだった。そんなお気に入りが何者かの汚名返上を望むのなら、己の記憶に注釈を入れるのも満更ではない。
過去を振り返って、思い出されるのは最悪な経験ばかりだ。それに伴う様々な感情を排し、ただの「事実」として再構成された記録にルシルはこう付け加える。
悪童令嬢の振る舞いにも、それなりの理由があったらしい――と。




