22「生きて勝て」
翌日。各家から人を募り、派手に室の掃除を始めた。突拍子もない要請に家々は首を傾げたが、白麗公フラニーウ・テレスの名で呼びかけられたのなら、詳細は分からずとも応えないわけにはいかなかった。白色総出とも言える行動に、思惑通り黒色陣営の目は天央に釘付けとなっていた。
合戦の機運が高まる中、エジランカはルシルとともに再び地上へと向かった。今回は中間色たちの注目が集まるよう大いに着飾り、純白を強調した姿である。
視野の狭い中間色たちといえど、森の奥から堂々たる風格でやってきた白色の二名は無視できなかった。太古に天樹へ上った強者たちの言い伝えは、ナベ以外の皆も知っている。いつかはたどり着きたい巨樹の使者を前にして、地上にはどよめきが広がった。
エジランカはマントの下から手を振り上げ、尊大に構える。
「聞け、斑紋の者よ。我ら白皙の民は古より汝らの闘争を嘱目してきたが、現下においてその用兵たるや拙劣を極め、惨憺たる有様だ。天樹は地上の不憫を嘆く声に満ち満ちている」
こうして七面倒くさい言い回しがすらすらと出てくるのも、古典的な作品を読んでいたおかげだ。エジランカの言葉に中間色たちが「なんて?」と置いてけぼりだが、とりあえず最後まで言い切る。
「我が名はフラニーウ・エジランカ。ついては今般、汝らに知恵を授けるべく天上より降り立った」
ここで、ルシルが噛み砕いて目的を伝える。
「お前らの戦いを昔からずっと見てきたけど下手すぎ。吐き気がするからフラッと指導しにきたぜ。よろ~」
「威厳もへったくれもなくなったわ……」
白色降臨の理由が明らかになると、中間色たちは好意を持ってエジランカの前に集まった。一足先に力を手に入れ天樹を上り、大地へ戻らなかった白の民。それが今になって姿を現したので、地上の人々は一様に喜色を浮かべた。
敬重のまなざしにさらされ、エジランカが身をすくめる。
「ウッ、ものすんごく居心地が悪いし胸が痛む」
「心を強くもって最悪のクソッタレになりきってください。貴方は白色の王女様。しっかり演じるのです」
「それはそれでエジランカさんに対する罪悪感がヤバ――、おや? あそこにいるのは……」
エジランカが群衆の先に意識を向ける。そこにいたのは騒ぎを聞きつけたナーヴェだった。群れる仲間たちの中にエジランカの姿を見つけ、少年は喜び勇んで駆け寄る。
「エジ! 本当にまた来てくれたんだな。ナベは口だけかと思って、た……、ぞ」
ナーヴェを目にした中間色たちが警戒心を露わにする。純朴な少年はそれを察し、畏縮して立ち止まってしまった。
エジランカは彼に指先を向け、自らへと招く。
「ナーヴェ、底抜けのナベ。わたくしは貴方が天樹の下で生まれたと確信しているわ。出で立ちが異色でも、貴方もまた我ら白色の庇護にある一人なのだから、気後れせずに胸を張りなさい」
自信たっぷりのエジランカにつられて、ナーヴェも臆せずに歩き出す。エジランカは彼を横に置いて、仁王立ちになって意気込んだ。
「さて、難しい口上はここまでにしましょう」
ちらりとルシルに視線を送ってから、少女は中間色の皆に目を移す。
「彼女が言ったとおり、わたくしは貴方たちの戦いを見かねて地上へ下りてきました」
「はぁ。それで白の貴方さんが、俺らに何か教えるとか?」
「そうよ」
大げさな仕草でうなずくエジランカに中間色たちは嫌な顔こそしなかったが、代わりに質問の嵐になった。
「つっても、うちらも山の奴らも頭なり腹なりを叩き潰せば死ぬじゃねえか」
「ほかにやり方なんてないだろ?」
「あら。無闇に襲いかかるのではなく、頭や腹を確実に潰すためどう行動するべきか考えるのも、身を守るためには大切なことよ」
「身を守る……、自分を守るって?」
「お嬢ちゃんは妙なこと言うのね。自分を守ってちゃ相手を叩きのめせないじゃない」
「自分を守るなんて無駄よ、無駄。その間に一人でも多く殺さなきゃもったいないわ」
「アンタさんには分からんかもだが、こっちは命がけで戦ってんだ。のんびり斧振ってる暇なんてねえのよ」
中間色は突撃して首級を挙げることしか知らないらしい。これにはエジランカも眉間を押さえて目を伏せた。
ルシルにいたっては口をひん曲げて幻滅の言葉を吐いた。
「初撃をかわせば相手が次の一手へ移行するまでの間にこちらが致命傷をブチ込めるだろうが。お前たちのやり方は自分と相手でどっちが先に急所を突けるか競ってるだけなんだよ。上手くいったとしても次で死ぬ。というか今すぐ死ね」
ルシルの言いぐさはあまりに乱暴だった。エジランカは大きく手を振り、皆の注目をかき集めて説き直す。
「よ、要するに! 考えなしに猛進することこそ、弱者の振る舞いと心得なさい。と言いたいの」
「……ずっと昔に天樹を登ったアンタらが言うなら、そうなのかもしれんが。だったら俺らはどうすりゃいいんだ」
「相手より早く一撃ブッ込むしかやってこなかったのを、いまさら敵を前に避けるだの屈むだの考えて動けるもんかい」
「相手が武器を振り上げたらこっちも振り上げる。もう刷り込まれてんのよ」
「戦ってる最中にンな難しいこと考えてる暇なんてねぇぜ」
口々に不満九割の疑問をぶつける彼らに、ルシルがついに殺気を飛ばし始めた。
「ねえ、お嬢様。コイツらにはやっぱ無理ですよ。できないことしか言わないおバカさんの集まりには何を教えても無駄ですって」
ルシルが見限るのも分かるが、エジランカがここで手を引くわけには行かない。
白色の王女は傍らの少年を一瞥し、腹をくくる。
「では、武器を振り上げる相手の動作が少しでも遅れれば、貴方たちは獲物を確実に仕留められるとでも?」
「そりゃそうよ!」
「相手より先に頭を叩き割れるんだからな」
「あっちの方が先に死んでたら負けるワケねぇさ!」
「……分かった。それならなお、今回の作戦にはこの子が必要不可欠だわ」
ナーヴェの肩を抱き、エジランカが一歩前へ進み出る。
本来なら彼にここまで危険な役目を負わせることはなかった。相手陣営の近くで「あっちに敵がいる」などと明後日の方向に注意をそらす程度と考えていたが、先鋒が突撃一貫となると、それだけでは揺さぶりが足りない。ナーヴェには敵陣のより深いところまで潜り込んで、様々な空言を叫んでもらう必要がある。
「ごめんなさい、ナーヴェ」
「いいぞ。エジの作戦にはナベがいるんだろ?」
「前線で戦うのと同じくらい危ないかもしれないのよ?」
「平気だ! 親父もお袋も死んじまってからは、みんなに怪しまれるから合戦にも入れなかった。おかげでナベは弱っちいままだ。でも、ナベもこれで強くなれる! ナベはそれが嬉しいんだ!」
「この黒ブチが一番まとも~。いいもの見つけましたね、お嬢様」
ルシルはナーヴェの度胸を認めたようで、目にわずかな愛着を浮かべてそう言った。このメイドは弱者の強がる仕草が大好きなのである。
だが、瞳の青だけでは少年の出自を十分に払拭できないのか、周囲の中間色は未だ猜疑の目でナーヴェを見ていた。
エジランカはその疑いを晴らしたくて、ルシルから黒曜石のナイフを借りる。指先を刺して血が染み出るのを待ち、青い水玉がぷくりと膨らんだところでナイフを抜いた。
それをナーヴェの眉間に押しつけて鼻筋に伸ばし、白色の庇護を受けた印とする。
「底抜けのナベ、未知の可能性を秘める異色の子。貴方には貴方の強さがある。決して死なず、それを証明なさい」
血は子孫を成すために重要な役割を持つ。ナーヴェは天樹の青を授かったのだから、中間色の皆はついに少年を受け入れた。どこからともなく拍手が起き、ナーヴェが仲間に加えられる。
他方、ルシルはヒャーッと青くなっていた。
「お嬢様、あの。今やったの、樹上だと求婚に相当する行為です」
「へぁ……?」
「地上じゃそんな感じはないですけど、これ上にバレたらヤバいやつじゃないかな」
「この年でナーヴェみたいな子供に求婚とかガチの犯罪者じゃん。無知は罪、私はクソボケ」
「いや貴方も十歳の子供」
「中身はとっくに成人してるのよ」
「とにかく内緒です。そして二度としないように」
「肝に銘じるわ……」
常識に差異がありすぎて、何を聞き漏らしているのか分からない。これから先、特別な行動を取る際は逐一ルシルに確かめることを誓うエジランカであった。




